シーン44 英雄気分は早すぎる
シーン44 英雄気分は早すぎる
セドックを一人にさせるわけにはいかない。
アタシ達は彼の後を追って走り始めた。
なだらかな丘を下り、柵が眼前に迫る。
黒い化物は一匹ではなかった。
目視できるだけでも、次々と融着をしては巨大なムカデ状に変化したのが三匹。うち一匹は既に柵の内側に侵入し、柵にへばりついた一匹と、まだ地面の上で胎動する一匹の姿が見えた。
近づくと、思った以上にそいつらは大きく見えた。
セドックは、目の前の大ムカデに、槍を突き立てた。
渾身の一撃で、槍はその肉体を軽々と貫いた。
やった!
と、一瞬喜んだ。
だが、それはアタシの早とちりだった。
体を貫かれても、ムカデは身じろぎ一つしなかった。
むしろ、痛みなど一切感じていないかのように身をくねらせ、それから、牙の生えた丸い口をセドックに向けた。
「危ないっ!!」
アタシが叫ぶより早く、コンラッドの矢がムカデの頭を撃ち抜いた。
勢いで、ムカデの首は微かに弾かれ、ギリギリのところでセドックから外れた。
これで、死んでくれればいい。
そんなアタシの望みは、すぐに潰えた。
ムカデは再び頭をもたげ、怒り狂ったように牙をむき出しにした。
エイダが間に合った。
再びセドックを狙ったムカデの頭を、エイダのロングソードが叩き斬る。
牙のついた頭がくるくると回転して、遠くの草むらにどさりと落ちた。
アタシは今度こそ、やっつけた、そう思った。
だけど、まだ甘かった。
草むらに落ちた首から、再び四肢が生えて、高速で走り始める。
「エイダさんっ!!」
アタシはシュミットキーの一閃で、その黒い化物が、背後からエイダを襲うのを阻止した。
アタシとエイダは、互いの背と背を守る形で、黒い化物に対峙した。
アタシが切り払った化物が、またしても再生するのが見えた。
「これじゃあキリが無いぞ」
珍しく焦ったように、エイダが言った。
だけど確かにキリが無い。
何か手は?
飛びかかってくる再生体を、アタシは再び切り払った。
咄嗟に、ホルスターに手を伸ばし、レイガンを抜く。
久しぶりに上手く抜けた!
レイガンが放つ光弾は、再生体に命中し、その肉体を焼いた。
黒い化物の体が、嫌なにおいを放ちながらも、溶けるように地面に落ちていった。
これは、効いた?
「エイダさん、こいつらを細切れにして下さい、レイガンで焼けば、再生しないかも!」
「そのようだね。あたしが前に出る、間違ってもあたしを撃つなよ」
さすがエイダだ、話が早い。
自分の敵を相手しながらも、アタシの事もちゃんと見てくれている。
彼女は、大ムカデに向かって斬り込んでいった。
そこからは、激しい戦いになった。
エイダが斬り、アタシが斬り飛ばされた肉片を銃で焼く。
正直いって、普通じゃ出来ない芸当だ。
まるで神業と言っても、過言ではない。
だけど。
なんだよ、息が合うじゃないか。
アタシは、いや、きっと彼女もそう思った。
エイダとアタシの連携を見て、コンラッドも武器を変え、腰に帯びたショートソードを手にした。
「火だ、火を放て!」
コンラッドの大声に、城壁の弓兵が、慌てて火矢を用意し始めた。
「セドック、柵に張り付いてる一匹を引き剥がせるか!」
「おうよっ!!」
セドックは得意の長槍を振るった。
柵を駆け上っていた一匹のわき腹を突き上げ、そのまま、渾身の力で引いた。
苦悶と怨嗟の声をあげて、大ムカデは体を翻し、セドックの方へと跳んだ。
セドックは間一髪で槍を離して逃げた。
ムカデの無理なダイブを受けて、セドックの槍は無残にも折れた。
それでも、セドックを追おうとするところへ、柵の上から矢の雨が注がれた。
火矢が間に合った。
次々と刺さる炎の矢は、大ムカデの肉体を焼いていった。
ムカデの肉体が溶けるように崩れていく。
その様は、まるで地獄の業火に焼かれる悪魔のようにさえ見えた。
「最後の一匹だ、こいつデカいぞ」
エイダが叫んだ。
怪物は、もう一匹いた。
地面が突然むくむくと盛り上がり、それが、突然弾けた。
そこから、大ムカデの更に親玉とでもいうべき怪物が姿を見せた。
その姿を見て、アタシは背筋の凍る思いがした。
こいつは、前の村を襲ったキメラと一緒だ。
姿は大ムカデだが、その頭部の上に、まるで人間としか思えない上半身が生えている。
そいつが、猛スピードでエイダを襲った。
エイダは、必死にその突進を躱しながら、ロングソードを振るった。
嫌な音がして、剣が真っ二つに折れた。
「くそ、固い!」
ムカデは体を器用に回転させて、再びエイダを襲う。
「うっ・・・!」
エイダの左手を怪物の爪が掠め、彼女は痛みに腕を抑えながら草むらに倒れこんだ。
これは、危ない。
アタシは、レイガンを放った。
全て命中だ。
だけど、微かに表面を焼いた程度で、致命傷には至らない。
ムカデの注意が、アタシに向いた。
そして、こんどはアタシを目がけて猛烈な突進を開始する。
「ラライ、シュミットキーだ。銃を!」
エイダの声が響いた。
アタシはその一言で、彼女の考えが読み取れた。
表面が固いなら、傷をつけてあげればいいってことでしょ。
アタシは瞬間的にレイガンを投げた。
ムカデのすぐ横をすり抜けるように飛んで、銃は、吸い込まれるようにエイダの右手におさまった。
アタシは短剣を両手で握りしめ、ムカデがアタシの体を飲み込もうと体を持ち上げた瞬間に、その腹部を狙って走り込んだ。
こうなれば、シュミットの剣を信じるしかない。
「切れろー!」
アタシが横薙ぎに振るった一撃は、ムカデの頑強な皮膚を、ざっくりと裂いた。
傷口を目がけ、エイダの銃が火を噴く。
間一髪だった。
ムカデの肉体が内側から溶けるようにめくれ上がる。
広がった傷口を目がけ、火矢が次々と撃ち込まれた。
この世の者とは思えない絶叫をあげながら、ムカデはその場に崩れ落ちていった。
アタシはその光景を間近に見て。
勝利したことに安堵を覚えると同時に、腰を抜かした。
どれほどそうしていたのだろう。
実際には、ほんの少しの間だったのかもしれない。
気付くと、隣には傷を押さえた格好でエイダが立っていて、痛みに顔を顰めつつも、アタシに手を伸ばした。
アタシはその手を握って、ふらふらと立ち上がった。
コンラッドとセドックが駆け寄ってくるのが見えた。
と、同時に、アタシの耳に歓声が飛び込んできた。
柵の上から、弓兵たちが大きく手を振りながら、アタシ達に最大限の感謝の意を示していた。
言葉は翻訳しきれなくても、さすがにその位はわかる。
この感じだと、中に侵入した一匹も、無事倒せたと思って良いだろう。
門が開かれ、アタシ達が中に足を踏み入れた瞬間。
アタシ達は興奮した村人たちに囲まれ、もみくちゃにされた。
感激のあまり、抱き付いてくる人もいれば、握手を求めてくる人もいる。
危うく見ず知らずの人にキスされそうになって、さすがにそれは逃げた。
それにしても、こんな英雄扱いを受けたのは生まれて初めてだ。
「ライ」の時も、英雄っては呼ばれたけど、あれは、独り歩きしたアタシの噂だけであって、実際に自分が英雄という目で見られたことはない。
なんだか、恥ずかしいようで、誇らしい気持ちになった。
すると、やはり歓待を受けていたエイダが、アタシの腕を引いた。
「コンラッドは?」
彼女は聞いてきた。
アタシが視線を巡らせると、彼もまた歓待を受けてはいたが、うまく群集の輪から抜け出して、村の要人と思われる男と話をしているのが見えた。
「出来れば手当をしたい。意外と、傷が深いようでね」
そうだ。
エイダは怪我をしたんだった。
こんな所で、英雄気分に浸っている場合では無かった。
「ちょっと、ごめんなさい!」
アタシは人をかき分けて、コンラッドの元へ走った。
それからすぐ、アタシ達は村の巫女が使うという社に通された。
こじんまりとしているが、数人が寝泊まりするには十分な大きさの部屋で、エイダはそこで村の女から手当てを受けた。
かぎ爪で受けた傷は、傷口が荒くて、本当なら縫わなければならないくらいだったが、ドゥの戦士である彼女はそういった外科治療を良しとしなかった。とにかく傷口を清潔にして、しっかりと縛り付けられた。
消毒をするたびに、苦し気な彼女の声が聞こえて、アタシはいたたまれなくなって外に出た。
セドックは故郷というだけに知己が多いらしく、友人に誘われて居なくなった。
コンラッドが、村長となにやら話を終えて、戻ってきた。
「エイダの様子は?」
「とりあえず止血して、後は様子見かな」
「大事にならなければいいが」
「心配だけど、大丈夫だと思う。彼女、すごく強いから」
「ラライも、強かった」
彼はアタシを見て、微笑した。
何だか胸が、ずきゅんときた。
いや。
駄目よアタシ。
アタシにはバロンという、心に決め・・・・たわけじゃないけど。
一応、好きな人が居るんだし。
いや、でも。
なんだか、今まで出会った男の人で、一番カッコいいんじゃないの、彼。
しかも。
まともそうだし。
「あ・・・」
と、彼は急に口を開いた。
アタシの何かが気になったようだ。
アタシはようやく、気付いて自分の格好を見た。
お飾りとはいえ、鎧が、かなりボロボロになっていた。
やっぱり、所詮はお祭り用のコスプレ衣装か。
さっきのムカデとの戦いで、両肩のアーマーは取れ、胸のブレストアーマーにも深く三本の傷がつき、それからもうあちこちが破けてしまっていた。
これじゃあ、英雄っていうより、浮浪者並みの格好ね。
「せっかく、見た目は気に入ってたんだけどな」
アタシが頭を掻いて笑って見せると、彼は難しい顔になって、社の中に入っていった。
しばらくして、彼はエイダの治療をしていた女の一人を連れて、アタシの前にやって来た。
「ああ、なるほどねえ」
すこしふっくらとした中年の女は、アタシを見て納得したように頷いた。
それから、アタシの服をじろじろと見始めて。
「二日くらい貰えるかね。まあ、あの女剣士さんも、傷が癒えるにはしばらくかかるとは思うけど」
「大丈夫だ。この先は更に険しい、万全で行きたい」
アタシのかわりにコンラッドが答えた。
「なら、正確に採寸しないとね、女戦士さん、ちょっとおいで」
アタシは女に手を引かれ、社の中に戻った。
女はアタシの服を、半ば無理やりに脱がせ、手やら足の長さやら、はてはスリーサイズまで丁寧に測りだした。
で。
「じゃあ、この服は借りていくよ。それまでは、あたし達の服でごめんねえ」
女はアタシの服を持ち去ってしまい、結局アタシは「村人の服」を装備する事になった。
茫然としていると。
「ラライ、そこに居るか」
クスリが効いて、眠ったと聞かされていたエイダから急に声をかけられて、アタシは振り向いた。




