第2話 到着
船に揺られること、約二時間。
俺たちは今、海のど真ん中にいた。
「……本当に、こんなところにリゾート地があるんですか?」
「多分……?」
隣でジェミニさんが、口に手を当てて首を傾げながら答える。確かに、ジェミニさんに聞いたところでわかるはずもない質問だ。
「しかし、電波も入らないし、周りは海ばっかりだな……」
「カモメさんもいて癒されるね……いや、あの色合いはキャモメかもしれないね……」
どちらかというと薄く微笑むジェミニさんの方が癒し成分は高い気がする。
俺は改めてスマートフォンを確認した。
圏外。
何度見ても圏外。
空に向かって持ち上げて振ってみたが、当然ながら何も変わらなかった。
「クロードくん……意外と往生際が悪いね……」
「ぐっ……! まあいいや。島に着いたら繋がることを祈ってますよ」
「所長にも連絡取れないもんね……」
「まあ、あの人の場合繋がったところで、『俺は忙しいんだ!』とか言ってすぐ切られそうですけど……」
「ふふっ……。所長のこともわかってきたね……」
「あまり嬉しくないんですが……」
そんなやり取りをしているうちに、船の進行方向に小さな島が見えてきた。
島の中央には、海沿いの景色に似つかわしくないほど立派な建物が建っている。白を基調とした外壁に、大きな窓。周囲には整えられた庭園まであった。
なるほど。これが『元横綱』フン・バルトの所有するリゾート地か。
一般人が気軽に泊まれるような場所には見えない。
「すごいですね……」
「いくらかかってるんだろ……」
俺とジェミニさんは、揃って感嘆の声を漏らした。
船が桟橋に着くと、2人の男が出迎えに現れた。1人はボルト。俺たちをここに招待した依頼人だ。そしてもう1人はこちらへ向けて、その丸々とした巨大な手をブンブン振っている。
がっしりとした体格。堂々とした立ち姿。年齢は三十代半ばくらいだろうか。
男は俺たちを見るなり、豪快に笑った。
「おう! お前らがボルトの連れてきた知り合いか!」
俺たちが口を開く前に、ボルトがサッとこちら側に立って紹介をする。
「はい。チャッピー探偵事務所のクロードさんとジェミニさんです」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします……」
「おう、よろしくな! 俺がフンファミリーの長男、フン・バルトだ!」
フン・バルト。
事前に聞いていた情報だけでも、なかなか濃い人物である。
「元横綱なんですよね? すごいですね!」
「おう! 今は引退して悠々自適ってやつよ!」
「悠々自適というには、ずいぶん立派な施設ですね……」
「まあな! 金はあるに越したことはねえ! ガハハッ!」
あまりにも率直な返答だった。
俺が苦笑していると、バルトの背後から眼鏡を掛けた細身の男性が、屈強な黒服の男を2人引き連れて姿を現した。
「兄さん、客人をいつまで桟橋に立たせておくつもりですか?」
真ん中でキッチリ分けられた髪。眼鏡の奥に映る瞳がどこか人を見下したように見えるのは気のせいだろうか。
「おっと、そうだったな。こいつは次男のフン・ビルトだ。フンビルトグループの代表をやってる」
「ビルトです。名刺をどうぞ。以後お見知り置きを」
ビルトは名刺を渡し終えると、俺たちを値踏みするように上から下まで眺めた。
「……この方たちがボルトの連れてきた探偵ですか? こんな若い人間に、いったい何ができるんでしょうね」
「おい!」
バルトが即座にたしなめる。
「事実を言ったまでです。それに父の死は自殺で片はついています。ボルトも今さら探偵なんて連れてきてどういうつもりなのやら……」
父の死。
その言葉が出た瞬間、場の空気がほんの少しだけ変わった。
「それでは私はこれで。準備ができたら声をかけてください」
ビルトはそれだけ告げると、返事を聞くこともなく踵を返した。
「おいおい、相変わらず愛想がねえな……」
バルトは頭をかきながら、俺たちに向き直った。
「まあ、あいつは昔からああいう奴なんだ。気にしないでくれ」
「いえ……」
気にしないでくれと言われても、初対面であの態度を取られれば気になる。
もっとも、家族のひとりが亡くなった直後なのだ。気が立っていても不思議ではない。
俺はそう考えることにした。
建物の中へ案内されると、広々としたロビーが俺たちを迎えた。高級そうな調度品が並び、窓の向こうには青い海が広がっている。
こんな場所で3泊4日。
遊び目的で来ていたとすれば、最高の休暇だっただろう。
「クロードくん……」
「はい?」
「ここ、Wi-Fiあるみたいだよ……」
「あ! 本当ですね! これなら――」
「お2人さん。悪いが、通信機器は後で回収させてもらうよ」
喜びも束の間。バルトからの一言で水を差される。
「え!? なんでですか?」
「今から一族の重要な話し合いが行われる。外に漏れたくないんだ。録音なんかもってのほかだ。それにこれだけの人数に絞れば、もし何かあっても特定は容易いだろ? ガハハッ!」
「……わかりました」
バルトは大きく口を開けて笑っていたが、その目の奥は笑っていなかった。
そのとき、廊下の奥から何かを叩くような物音と共に大きな声が響いた。
「チッ! 何でそこで急所当たるんだよ! 絶対俺が勝ってたのに!! クソガンモ!!」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
バルトが、困ったようにため息をつく。
「ああ……四男のベルトだな。四六時中ゲームしてるんだよ。ゲームのことになると、あいつは周りが見えなくなるんだ」
「ゲーム……ですか?」
「そう。今も部屋で遊んでるんだろうよ」
「ベルト兄さんはプロゲーマーなんです。ゲームの腕前は本当に凄いんですよ」
ボルトがすかさずフォローを入れる。
「なるほど……」
「へー……凄いね……」
趣味のゲームで生計を立てているなら、相当のものだ。
そうこうしているうちに階段を上がって、扉が並んでいる廊下へとたどり着く。
「ここが君たちの部屋だ! 209号室と210号室。どっちにするかは2人で決めてくれ! まあどっちでも変わんねえがな! ガハハッ!」
その言葉と共に部屋の鍵を渡される。
「俺はこれから食堂に戻る。準備ができたら下に降りてきてくれ。その時には通信機器を回収するから、連絡なら今のうちにな。それじゃあまた後でな!」
返事をする暇もなく、バルトはさっさと元来た道を帰って行った。
「それじゃあ、僕も食堂で待ってますね。焦らず準備してください」
続いてボルトも会釈をして去って行った。
「……とりあえず、所長に連絡しときましょうか?」
「うん……よろしく……」
209号室に入って、荷物を置くとWi-Fiを繋ぎ、所長へと電話をかける。
しかし――
「おかけになった電話は電源が入っていないか電波の届かないところにあるため――」
繋がらない。
「はー……。まあ予想はしてましたけど。とりあえずチャットで現状を共有しておきましょう」
「うーん……私も送っておこ……。それじゃあ行こっか、クロードくん」
「はい。……何かあったら助けてくださいね」
「ふふっ……。それ私のセリフじゃないかな……? いいよ……先輩に任せて……」
開いた窓から心地いい風が流れてジェミニさんの前髪が左右に揺れる。
(……見惚れてる場合じゃない。気を引き締めないとな)
こうして俺たちは、フンファミリーの面々が待つ食堂へと向かった。
父親の死をめぐる、3泊4日の話し合い。
そして、その裏に潜む真実。
俺はまだ、この一家の誰が何を隠しているのか、何ひとつ知らなかった。




