第3話 回収
食堂に入ると、長いテーブルを囲むようにして人々が座っていた。
窓の外には青い海が広がり、白いカーテンが風に揺れている。内装も家具も上等なもので、いかにも金持ちの別荘といった雰囲気だ。
だが、そこに集まっている人々の表情は、リゾート地での休暇を楽しんでいるようには見えなかった。
テーブルの上には人数分の食器やお菓子が並んでいるものの、誰も手をつける気配はない。談笑している者もいたが、どこかぎこちない空気が流れていた。
「おお、来たか! ガハハッ!」
その空気を豪快な笑い声で吹き飛ばしたのは、フン・バルトだった。
がっしりとした体格に、丸太のような腕。元横綱という肩書きに違わぬ迫力がある。本人は愛想よく笑っているが、あの大きな手で肩でも叩かれたら、俺は一週間くらい首を痛めそうだ。
「改めて紹介しておこう。こっちが三男のブルト、四男のベルトだ」
「よろしくな!」
ブルトは気さくに手を上げた。スーツ姿のビルトと対照的に、ジーパンに白いTシャツというラフな格好をしている。
「俺はフン・ブルト。一人親方だ。新しい家を建てる時は俺を呼べよな! 耐震性能はまあまあだぜ!」
「まあまあって……」
思わず口に出してしまった。
建築の仕事をしているらしいが、自分を売り込む言葉として、それでいいのだろうか。
「おう! 地震が来ても、まあまあ耐える!」
「いや、そこは自信を持ってくださいよ!?」
「ハハハッ! 冗談だよ! 俺にかかればマグニチュード100でも相手にならねーよ!」
耐えきれずに突っ込むと、ブルトが笑いながら自身の発言を訂正する。
この人は、少なくとも表面上は付き合いやすそうだ。
問題は、その近くにいる髪が長い小太りの男だった。両隣には、メイド服の年配の女性が2名座っており、こちらへと会釈をする。ボルトによると、ベルトが自分の世話をさせるためにドルトの屋敷で働いていたメイドを連れてきたとのことだ。
「……はぁ!? スカーフ持ちかよ!? ……まあいい。積みの起点にしてやるぜ……」
ベルトは俺たちのことなど眼中にない様子で、携帯ゲーム機に熱中していた。俺たちが食堂に入ってきたことにも、ほとんど反応を示さない。いや――前言撤回だ。よく見ると合間合間でその視線が俺の隣にいるジェミニさんの方へと向けられていた。
「さっきも言った通りベルト兄さんはプロゲーマーです。世界ランキングで一位になったこともあるんですよ」
ボルトが小声で耳打ちしてきた。
世界ランキング一位ともなれば、ゲームに懸ける情熱も相当なものなのだろう。とはいえ、家族が集まる大事な話し合いの場でまでゲームとは、なかなかの筋金入りだ。
「お2人さん! ちょっといいかな? こっちがジャス・アデリー。俺とビルトの母親だ」
「初めまして。よろしくお願いします」
バルトに紹介された女性は、上品な微笑みを浮かべて軽く頭を下げた。俺も慌てて礼を返す。
(バルトさんとビルトさんの……?)
「そして、こちらがミセス・ガラパゴス。ブルトとベルトの母親だ!」
「よろしくお願いしますね」
こちらの女性も穏やかな笑顔を浮かべている。
先ほどから、さらっと聞き流せない情報が混じっている。
「あの、ボルトさん。差し支えなければでいいんだけど、アデリーさんとガラパゴスさんは……?」
「察しの通りですよ。どちらも、ドルト父さんとは離婚しています」
ボルトは、まるで天気の話でもするようにあっけらかんと答えた。
「なるほど……」
つまり、この二人はドルトの元妻というわけか。
それなら、なぜ遺産相続の話し合いに参加しているんだ?
顎に手を当てて考える俺を見て、ボルトは苦笑しながら口を開いた。
「相続権はなくても、実の息子たちが損をしないように付き添っているんだと思いますよ」
「……なるほど」
母親として、息子の取り分が気になるということか。
理屈は分かる。分かるのだが、わざわざ離婚した元夫の遺産分割に関する話にまで顔を出すとは、なかなか熱心なことだ。
……ところで。
「ボルトくんのお母さんは……?」
俺が気になっていたことをジェミニさんが口にした。
五人兄弟のうち、四人の母親については分かった。ならば、残る一人の母親はどこにいるのだろう。
ボルトは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を戻す。
「まあまあ、僕のことはいいじゃないですか」
にこやかな笑顔。軽い口調。
あまりにも自然にはぐらかされたせいで、かえって気になった。
少なくとも、気軽に聞いていい話ではなかったらしい。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
バルトが大きく手を叩くと、食堂の視線が一斉に集まった。
「こちらは、今回の話し合いのために来てもらった弁護士の小鳥遊佐助先生だ」
「よ、よろしくお願いします……」
紹介された男性は、頭のてっぺんが少し寂しくなった中年の男だった。髪の薄さ勝負ならうちの所長とデッドヒートを繰り広げるだろう。小柄で痩せ型。バルトと並ぶと酷くアンバランスに映る。緊張しているのか、その声がわずかに上ずっていた。
「バルト兄さんが個人的に雇った弁護士らしいですが。中立性は担保されるのでしょうか?」
冷ややかな声を上げたのは、次男のビルトだった。
眼鏡の奥の眼光は獲物を発見したマヌルネコのように鋭い。その少し後ろには、先ほどもいた屈強な黒服の男が2人、椅子にも座らずに常に周囲を警戒していた。
「わ、私はあくまで話し合いを円滑に進めるための補助役です。法律に則って進めることに変わりはありません」
小鳥遊弁護士はたじろぎながらも、ハッキリと告げる。
「小鳥遊先生は完全に中立の立場だ。何か気に入らないことがあれば、遠慮なく声を上げてくれればいい」
「……まあいいでしょう」
バルトが間に入ると、ビルトはそれ以上追及しなかった。
「それじゃあ、始める前に一つ頼みがある」
バルトが改めて全員を見回した。
「この場での話が外に漏れるのは避けたい。全員、携帯電話やタブレットなどの通信機器を預けてくれないか?」
「ゲーム機はセーフだよな?」
ずっとゲーム画面と格闘していたベルトが、ようやく顔を上げた。
「アウトだ。通信できるものは全部だ」
「はぁ!? 俺はオンライン対戦以外しねーよ!」
「駄目だ。お前がやらなくても他のやつがやる可能性がある」
「クソガンモ!!」
「言っている意味はわからんが、とにかく駄目だ。それにいい機会じゃねーか? たまには家族と会話をしろ!」
「ちっ!! さっさと終わらせろよ! ……元々俺はこんなとこ来たくなかったんだ……」
悪態をつくベルトだが、バルトには敵わないことを本能で察しているのか、観念してゲーム機を差し出した。
「私の『マヌクロー手帳』はセーフかな……?」
ジェミニさんが、ベレー帽を被ったマヌルネコの形をした灰色の小さいメモ帳を持ってバルトに尋ねる。
「ん? 通信機能がないなら構わないぜ! それにこっちでも議事録は取るしな! ただ、最後に中身はチェックさせてもらうぜ?」
「問題ないよ……。ね? クロードくん……」
「俺に聞くんですか!? ……俺も特に異論はないですよ」
(文句言ったところで無駄だろうし……)
「よし! それじゃあ後は……」
バルトの視線の先では、小鳥遊弁護士が困った顔でスマートフォンを握りしめていた。
「仕事の連絡もあるのですが……」
「小鳥遊先生にもお願いします!」
バルトは笑っていたが、虎も怯みそうな圧を放っている。
「……分かりました」
小鳥遊弁護士はしぶしぶ端末を差し出した。
ビルトの後ろに控えていた黒服の男たちも、主人の許可を得て通信機器を預ける。
最後に、バルト自身も自分の端末を箱に入れた。
「これで全員だな」
バルトは集めた端末を箱ごと持ち上げ、壁際に置かれた金庫を開けた。
中に箱を収め、扉を閉じる。
ガチャン、と重い音が食堂に響いた。
「暗証番号を知っているのは俺だけだ。まあ、そんなやつはいねーと思うが、壊そうとしても無駄だぜ? 特注製だからな? ガハハッ!」
バルトは満足そうに笑った。最後の言葉は恨めしげに金庫の方を見ているベルトへと向けられていた。
情報漏洩を防ぐため。理由としては理解できる。
けれど、わざわざ全員の通信手段を取り上げ、金庫に閉じ込める必要まであるのだろうか。
この島には、今この場にいる俺たち以外には誰もいない。バルトがこの話し合いのために、わざわざそうしたとのことだ。
ふと隣を見ると、ボルトも金庫に目を向けていた。
「では、遺産分割の話し合いを始めましょう」
小鳥遊弁護士が机の上に置いてあった資料を広げる。
それまで各々好き勝手に振る舞っていた面々も、ようやくテーブルへと意識を向けた。
父親の死をめぐって、疑いを抱いている依頼人。相続権のない元妻たち。互いを警戒する兄弟。そして、全員の通信手段を預かった長男。
この場にいる誰もが、何かしらの思惑を抱えているように見えた。
そして、この金庫が単なる情報漏洩対策では済まなくなることを、俺たちはまだ知らなかった。




