心の準備
セラスにゼノスと対面させられて、レキは一切の思考が停止していた。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう)
常々ゼノスには反乱前夜に働いた無礼への謝罪と、ゴミのように捨て置かれていた自分を拾い上げてくれたことへの感謝を伝えたいとは思っていた。それでも、いざその時が来ると頭が一切働かなくなってしまった。
「あの、ちょっと、待ってください……ちょっと、本当に、ごめんなさい……悪いとは思ってるんで……その……」
「安心しろ。お前のことをどうこう言うのは後だ。まずは、本来の実力を見せてもらおうか」
「本来……?」
恐慌状態のレキは、ゼノスの言葉がよく理解できなかった。
「話はだいたい聞いている。何故お前が本気を出さなかったのかも、よくわかった。ここではもう遠慮はいらないから、まずは俺と本気で手合わせをしろ。いいな?」
セラスが模擬刀を持ってきて、地面に手をついているレキに渡した。
「その次は私の番ですよ? 今度は、エディアの型を教えてくださいね!」
「ええ、でも、俺なんかと試合したって……」
「何言ってるんですか! こんな言い方したくないですけど、あなたから剣を取ったら何が残るって言うんですか!!」
それは今のレキには様々な方面で痛い言葉であった。
「いいですか!? あなたの腕前は人類の宝! 後世に残すべき財産! 本来であれば剣豪列伝に名を残すべきものなのです! それが、こんなことで失われていいと思ってるんですか!?」
セラスの叱咤激励を浴びて、レキはゼノスを見上げた。
「その通りだ。いろいろ苦労もあったと思うが、まずお前は剣を持たなくては話にならない。そろそろ立ち上がってくれ」
ゼノスに促されて、レキはようやく模擬刀を手に立ち上がった。
「あの……何で隊長がここにいるんですか? あと、いつの間にこことここが繋がったんですか……?」
レキはおそるおそるセラスとゼノスを交互に見比べた。レキからすれば、クライオで反リィア組織に所属していたセラスがリィア上級騎士隊長であったゼノスと肩を並べているのは訳のわからない状況であった。
「誰が繋げたと思ってるんですか、元はと言えばあなたのせいですよ」
「ええ、俺……?」
それからレキは、フォルスの「ティロ探し」においてゼノスが召集され、そこでセラスと出会った経緯を聞いた。例のゼノスへの事情聴取の後、もう少し亡命後のティロの様子を知りたいというゼノスに、シェールはセラスを紹介していた。セラスは元上級騎士隊長というゼノスに惚れ惚れし、ゼノスもセラスの実力を知って意気投合したそうであった。
「でも、なんか、それでもやりにくいって言うか……最近全然鍛錬出来てないんで、鈍ってるし……」
なかなかはっきりしないレキに、ゼノスが尋ねた。
「何故、それほど自分に自信がないのだ?」
直接心を抉るような問いに、レキは冷や汗をかきながら答えた。
「……だって、俺なんて本当は生きていていいはずない人間なんですよ。本当に、本当は、すごく嬉しいんです。でも、やっぱり無理です。帰ります。ごめんなさい」
そう早口で言い捨てて、レキは模擬刀をセラスに投げつけると修練場の出口に向かおうとした。ところが、その前にラディオが立ちはだかった。
「ティロ……いや、敢えてティロ・キアンと呼ばせてもらおうか。貴様は自分が何をしたのか、わかっているのか?」
「わかってますよ! ザミテスを殺したのは俺です! あとクラドも、リストロも、全部俺が悪いんです! だからもう俺には剣を持つ資格なんかないんです!!」
レキのやけくそな告白にゼノスとラディオは一瞬顔を歪めたが、ラディオはすぐに気を取り直してレキに向かい合った。
「まあ、落ち着け。確かにお前に擁護の余地は一切ない。しかし、我々にとってはそれ以上の功績もあるのだ」
「そんなものないです、何言ってるんですか」
「いいかよく聞け。どんな形であれ、お前がフォルス殿下の命をお救いしたことには変わりない」
レキがはっとしてゼノスの方を振り向くと、ゼノスも深く頷いた。ラディオは更に続けた。
「本来なら我々が反リィア勢力をいち早く取り押さえるべきだったのだが……全ては手遅れだった。それもこれも様々な情報が漏洩していたことが原因だったのだが、その辺りはおそらくお前だけの責任ではないだろう」
ラディオは深いため息をついた。
「クラドも反リィア組織が活発になっていることは突き止めていた。しかし、その要因がお前だったことまでは我々も気付くことができなかった……いや、もっと前に気がついているべきだったのだろう。キアン姓と侮っての数々の無礼、誠に申し訳なかった」
「そんな、代理のせいじゃないですよ……全部悪いのは僕じゃないですか」
レキが恐縮していると、ゼノスが続けた。
「そんなことはない。部下の不始末は上官の責任だ。我々の管理が行き届いていなかった。それはお前がエディアで辛い目にあったのも、一緒のことだ。奴らと同じリィア軍として席を並べていたのが、今となっては恥ずかしいくらいだ」
「ちょっと待ってください。あの、どこまで僕の話を知ってるんですか?」
「フォルス殿下がお調べになられた範囲のことしか知らん。とりあえず、その話は後だ」
ゼノスはレキに詰め寄った。
「ここまで来て、逃げ帰れると思うな。本当の自分と向き合うんだろう?」
レキは更にセラスとラディオの顔を交互に見て、本当の本当に逃げ道がないことを悟った。
「わかった、わかりました! 手合わせすればいいんですよね!!」
レキが叫んだことで、ゼノスたちの顔が緩んだ。
「……でも、少しだけひとりにしてください。ちょっと、その……心の準備をしたくて……」
「本当に大丈夫ですか?」
セラスが不信感を露わにしたが、ゼノスがそれを制した。
「ああ、行ってこい」
レキは頷くと、修練場の用具室にひとりで籠もってしまった。その背中をセラスは不安そうに見送り、ゼノスはセラスに声をかけた。
「男ってのは、どうしても人に見せられない顔があるんだ。昔、俺は踏み込みすぎてしまった。何とかしてやりたいと思ったが、おそらく空回っていたんだろう。でも、もう大丈夫だ」
「そうだ。以前より露骨に怯えているが、隠している物がなくなったせいか顔が清々している。ひとつ、リードに勝った腕前と手合わせしたいものだ」
ラディオもゼノスに続いた。セラスは自分の知らない「ティロ・キアン」がそれなりに信頼を得ていたことに驚くのと同時に、極限状態にあってもこれだけの人の心を掴んでいた彼の底の知れなさを感じた。
それからしばらく、レキは用具室から出てこなかった。一時間近く経って、ようやく恥ずかしそうに姿を現したレキは泣きはらした目を輝かせていた。
「お待たせしました。さあ、始めましょう」
そう言って、彼は右手で剣を構えて見せた。その様子を見て、ゼノスとラディオはとても安心した。




