面会謝絶
冷たい風が吹き始めて、もうすぐ本格的に寒くなる季節になるという時期のある日。シェール・アルフェッカは発起人ライラを名乗っていた女性のアパートを訪ねていた。ライラはアパートの階段の下で応対し、二人は並んで空を見上げた。夕方に向かう空はふんわりとした色合いで夜に変化していくところであった。
「それで、様子はどうなんだ?」
シェールがライラの元を訪ねてきたのは、彼女が世話をしているレキ・ラブル――一言では到底言い表せない複雑な事情を持った男に用があるからということであった。
「どうもこうも、まだ全然ダメよ。本人は力が入らないだけって言うんだけど、ずっと寝てるようにしか見えない。食欲もあんまりないみたいでほとんど食べないし、これから大丈夫なのかしら」
ライラは彼がまだ面会謝絶の状態であることを告げた。
「そうは言っても、あれからもう三週間だ。少しくらい起き上がれるんじゃないか?」
「でも、無理はさせたくないし。いろいろ説明するのだって、体力が必要でしょうし」
ライラの返答に、シェールはレキの具合が思いの他良くないのだろうと察した。
三週間前、リィアに帰還したレキはすぐさまフォンティーアとシャイアに面通しを行い、その後予備隊跡地に連れて行かれて一連の精算として懲罰房の刑に処されていた。死よりも凄惨と思われる拷問によって身も心も限界を超えたレキの身柄はライラが預かることになり、現在に至っている。
「そうか、君が言うならそうなんだろう。それじゃあ、会うのは次の機会にしてやる」
「他に何か用は?」
ライラが微笑むと、シェールは少し考えた後に告げた。
「……そうだ、もうずっとセラスが会いたがっている。伝手で小さな修練場を借りることが出来たらしいから、そこで極秘に手合わせを是非、と言っていると伝えてくれないか」
「手合わせなんて無理よ。まだ顔色も悪いって言うのに」
ライラは即座に却下した。その様子にシェールは不服な表情を浮かべた。
「……でも、こういうときに一番大切なのは気晴らしだ。少し身体を動かせば腹も減って食欲も出るだろうし、昼間しっかり運動すると夜に眠くなる。それに、ずっとひとりで籠もっているとよくないことばかり考える。心配なら付き添って来ればいい」
何とかレキを外へ連れ出そうと口実を並べるシェールに、ライラは引っかかるものを感じた。
「相変わらず正論ばっかり」
「何とでも言え。それに、まだ本決まりって訳じゃないんだからな」
「何が?」
ライラに問われて、シェールは辺りを見渡した。そして周囲に人がいないことを確認して、声を潜めて答えた。
「……ジェイド・カラン・エディアの処遇だよ」
「あら、この前はとりあえずはお咎めなしって結論が出たんじゃないの?」
「ひとまずは、な」
シェールはため息をついた。レキがリィアに戻ってきたことで、彼の今後についてフォンティーアとシャイアとでよく話し合った結果がそれであった。
「何にせよ、生かすも殺すもそのままにするのも全部面倒すぎる。それに、まだまだ奴から聞かなければいけないことがたくさんありすぎる。こちらとしてはさっさと元気になってもらわないと困るんだ」
「話を聞くために?」
「それ以外何があるんだ。それに、もうひとつ厄介な問題がある。あいつが何かの気の迷いでエディア王家を再興したい、なんて言い始めたら更にややこしい話になる」
実際に、ビスキやオルドでは王家縁者の中から王家を再興させる動きが見られた。そのために反乱後ロドンが何度かシェールの元を訪れていたが、シェールは断固としてオルドを名乗ることを拒み続けていた。
「そうよねえ、そこは確かにわからないわね。でも、そんなことあり得るかしら」
「わからないぞ。シャイア長官の話だと奴のやる気次第で実現は可能だろうって話だ」
ライラは頭の中でレキが立派な王様になっているところを思い浮かべた。しかし、その手には何度想像しても酒瓶と注射器が握られている気がしてならなかった。
「……嘘でしょう?」
「いいや、君も奴のトライト家殺しを見たならわかるだろう? あのくらいの情熱を持って行動すれば、王家再興くらい簡単だろう。そうでなくても、あのカラン家で育っているなら剣技で活気のあったエディアを取り戻したいと思うのではないか……これはシャイア長官の想像だが、見当外れのものでもないだろう」
ライラは考え込んでしまった。ライラの知っている「彼」は、力は強いが基本的に臆病で、勇気があるというより場当たり的な八つ当たりで行動をするようなどうしようもない男であった。
「……わかったわ。話だけ、してみるね」
そう言うと、ライラは背筋を伸ばして上の階を見上げた。暗に「帰れ」と言われているのだとシェールは思い、引き上げる頃合いだと踏んだ。
「そうだ、後は王子様が面会を希望している。それが終わったらリィアから出て行くって言っているから、一刻も早く出て行ってもらいたいんだ」
レキに用事があるのはセラスだけではなかった。容態が回復次第、フォルスはレキにじっくりと話をするとシェールに宣言していた。
「そんな、薄情よ。王子様同士みんな仲良くすればいいのに」
「嫌だね。俺は王子じゃないし、あいつも王家、というか親や爺さんに対しては滅んで当然って思ってるところは似ているけどな」
「あら、じゃあオルド王家も再興させる?」
「冗談は寄せ。潰れてよかったんだ、あんなクソみたいな家系」
オルドの名前を出すと、シェールの顔にこの上ない嫌悪感が滲み出る。ライラはそんなシェールを見ると、目の前の男が自分と同じ人間であることを思い出して親しみを感じた。
「それじゃあ、修練場の件伝えておいてくれ。また来る」
そう言い残して、シェールは不愉快な顔のまま帰って行った。ライラはアパートに戻ると、ベッドの上で呆然としていたレキにセラスが修練場で待っているという話をした。すると、レキは「行く」と二つ返事で答えた。無邪気で答えるその顔に、王家再興などという野望は似合わない、とライラはそう思った。




