宥恕
レキはゼノスに、災禍で半身であると思っていたアルセイドを失ったことを話し始めた。
「災禍のとき、僕はアルと一緒に港にいました。爆風と、大火事と、避難する人で、この世のものとは思えない光景でした。僕は何とかアルを庇って、港から脱出することができました。でも、その後……」
そこでレキは少し言葉を止めた。ゼノスはレキが再び口を開くのを待っていると、何かを決断したようにレキは続きを語り始めた。
「僕は街が燃える中、城へ帰る決断をしました。街の避難所にいても、あちこちに燃え広がっていたのでいつ火が来るかわかりませんでした。でも城なら、街と少し離れたところにありますしすぐには火は回ってきません。だから、火の手が上がる街の中を僕は横切って城へ向かいました。それが安全だって思っていたんです。だから、城に着いた時は本当に嬉しかったんです」
ゼノスはその選択が何を意味するのかを悟った。そして、その後に訪れた悲劇を思うと胸が張り裂けそうな思いがした。
「それで……お前は城に残らなかったのか?」
「僕は姉と合流したくて、もう一度街に戻りました。途中で家族と会いましたが、『先に城に避難している』って走って行きました。だから、僕も絶対死なないようにしよう、って思ったんです……もう二十年も前の話なんですけど、今でも耳に残ってるんです。どうして僕に『死ぬな』って心配して声をかけた人が死んで、僕みたいなどうしようもないのが生き残ってるのか、わからないんです」
レキの声に涙が混ざり始めた。それでも、レキは俯きながら話し続けた。
「だから、僕はずっと自分が悪いんだって思ってきました。僕のせいでアルが死んだんだって。僕が城へ向かわなければ、もしかしたら街の避難所に向かっていれば、アルは死ななかったかもしれないんです。城に向かうって決めたのは僕なんですから」
「姉のこともそうです。もっと早く避難所を出ていれば、ザミテスたちに襲われることもなかったかもしれない。僕が疲れて休もうって言わなければ、こんなことにならなかったかもしれない。隊長のことだって、僕みたいなよくわからないのを取り立てたせいで隊長がいなくなったって思っていました。だから、全部僕が悪いんだって」
「でも、先ほどの隊長のお話を聞いて、少し違うかもしれないって思ったんです。隊長は僕を上級騎士にして悪かったって思ってらっしゃるようですけど、僕は本当に嬉しかったんです。やっと、僕のことを見てくれる人が来てくれたって、泣くほど嬉しかったんです。予備隊を出てから、本当に誰にも相手にされなかったので、本当ですよ?」
「上級騎士の任務だって、僕は本当は親衛隊になりたかったのだからしっかり勤めないと、って思ってました。うまく出来ないところは全部僕が悪かったところなので、隊長のせいなんかじゃありません。悪いのは僕なんですから」
「だから、何ですけど……僕、今までアルは僕のことを恨んでるって思ってたんです。結果的に僕が殺したようなものなので。でも、僕が隊長を恨んでるって言うのを聞いて、それは違うって思ったんです。僕は、隊長に認めてもらえて本当に嬉しかったし、感謝してもし尽くせないんです。確かにあの日は変なことを言ってしまいましたが……でも、本当の本当に、感謝しているんです」
「だから、アルが僕のことを恨んでるって考えるの、僕も止めようと思います。だって、結果はどうであれ助けてもらって嬉しかったのは本当なんですから! だから、隊長も、そんなに自分を責めないでください。僕が言えたことでは全然ないんですけど……隊長?」
語り終えたレキが顔を上げると、ゼノスは目頭を押さえて俯いていた。
「あの、隊長……なんかごめんなさい。僕、生意気なこと言いましたよね」
「いいや。すまん、少し時間をくれ」
ゼノスは何度もレキの言葉を反芻した。特に今まで自分を責め続けてきたレキから「自分を責めないで」と自然に言葉が出てきたことが強く心に残った。そして、ようやく顔を上げた時には、レキは不安そうにゼノスを見つめていた。
「お前は……本当に、とんでもない奴だ」
「え、あの、本当にごめんなさい」
「だから謝るな。今のは褒めたんだ」
「褒め……ええ?」
ゼノスは初めてコール村でレキを褒めたことを思い出した。その時も今と同じように、何故褒められたのかよくわからないという顔をしていた。
「その褒めてもすぐに理解しないところ、まさしくお前らしいな」
「何でしょうね……僕、あんまり褒められたことないっていうか、そう言えば父からはいつも怒られてました。調子に乗るな、もっと考えろって。だから何だか、また僕やっちゃったかな、って思う方が多いかもしれないです」
ゼノスは自信のないレキを見て、彼が順当に育っていれば彼がどんな大物になっていたのかと思うと勿体ないと感じずにはいられなかった。
「なるほど。それは一般的には謙虚と呼ばれる心持ちではないか?」
「謙虚……そうか、謙虚か。父さんはもっと謙虚になれって言っていたのか。そう言われてみると、そうだったのかもな……」
「素晴らしい父君であったのだな」
「ええ。ようやく胸を張って言えるんですけど、僕の自慢の父です」
レキは頬を緩めた。ゼノスはレキの笑顔を初めて見たような気がした。
「ところでティロ……いやレキ。これからどうするか考えているのか?」
「いえ、何も……」
レキには漠然とした不安しかなかった。前向きになろうとは思ったが、どうやって生きていけばいいのかさっぱり検討がつかなかった。
「よかったら、俺とリィアを出て旅をしないか?」
「え?」
ゼノスは以前から思っていたことを語り始めた。
「実は前から思っていたのだ。俺もお前と同様、特に何も持たない男だ。広い世界を見て自分の剣技の見識を高めるのも悪くないと思っているんだ。それで、もしお前がその気になれば一緒に世界を回るのも悪くない、と思ってな」
「そんな、それじゃあもう一緒に手合わせ出来ないんですか!?」
「そう焦るな。何も急ぐ旅ではないし、最初からお前の一件に蹴りがついてから出発しようと思っていた。どういう結果になっても、お前が今後のことを決めるまではリィアに残るつもりだ」
レキはゼノスと旅をする未来を想像した。それはそれで悪くないような気もしたが、ライラのことを思い出してその考えを一度頭の中から消した。
「それなら、僕が答えを出さなければ隊長とずっと手合わせできるってことですか?」
「それは困るな。でも、その代わりそれまでは相談に乗ってやるから、いつでも俺を訪ねてこい。いいか、もうひとりで悩むんじゃないぞ」
ゼノスはレキの顔を見た。今まで見てきたどの顔よりも血色が良くなったように感じられた。
「……はい!」
こうして、ゼノスの聴取は終わった。久しぶりに身体を動かして精神的に解放されたレキはライラに連れられて家に帰り、数日起き上がってこなかった。
後日、ゼノスはレキから聞き取ったことをそれとなく上手くまとめて編集したものをシャイアに提出した。彼のしたことは到底許されるものではなかったが、それと同じくらい彼が受けてきた仕打ちは酷いことのように思えた。そこで末尾に「彼に必要なのは報いではなく、救いではないか」と添えた。シャイアは「一考する」とだけ述べて、報告書をしまい込んだ。
これにてレキとゼノスのわだかまりはなくなりました。シャスタに続いて、ゼノスとも精神的に強く繋がれたことでレキの心も少し安定しましたが、果たしてそれでよいのでしょうか。
次話、相変わらずモダモダしているレキとライラ、そしていよいよフォルスが動き始めますがやはりモダモダとシェールに絡みつきます。特にフォルスも今後どうすればいいのかわからない組なので、彼の胸の内を聞いてやってください。
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