苦悩
ゼノスに様々なことを打ち明け、また久しぶりに剣を握ったことでレキの様子は目に見えて元気になっていた。しかし今後の不安が払拭されたわけではないので、しょんぼりと小さくなっていることに変わりはなかった。
「悩んでも仕方ないわよ。今はまだ、休んでなきゃ」
相変わらずライラのアパートで養生を強いられながら、レキはどうするべきかばかり考えていた。
「休めば、よくなるかな」
「まずは薬なしで普通に眠れるようにならないと。それが出来たら『休む』が出来たって言えると思うよ」
ライラに諭されて、いまいち頭が回らないレキはその通りだと思った。いろいろなことをやり直す決心をしたところでライラから提示された目標は「人並みに夜眠ること」であった。復讐を終えてから昔に比べて不眠の状態は改善されていると言えたが、今でも数日起き続けた後に数日眠り込んでしまうなど質の悪い睡眠状態が続いていた。
そのため、まずはライラから「ベッドで横になる習慣をつける」という提案をされていた。これが非常にレキには難しく、結局ベッドを降りて床に寝転んでみたりどうしても眠れなくて窓を開けて外を見ていたりしてはライラからため息をつかれていた。
「本当にちゃんと眠る気あるの?」
ある夕方、どうしてもベッドの上にいたくなくて床に座り込んでいるとライラに苦言を呈されてしまった。
「あるよ、あるんだけどさ……」
言いたいことはレキの頭の中にたくさん湧いてきたが、上手に言葉にすることができなかった。
「本当にごめん。こんなダメな奴で……」
「もう、謝るの禁止って言ったでしょ」
ライラにとってはほんの些細な言葉であったが、自己嫌悪に陥っているレキの心には鋭利に突き刺さった。
(どうしよう。この前隊長にも呆れられたし、もう普通の人と話をすることができないのかもしれない)
否定的な考えが瞬時に頭を支配して、一般兵時代に周囲から散々陰口を叩かれた記憶が蘇ってきた。そうなると身体が固くなり、息が出来なくなるほど胸が痛くなった。今までは嫌なことを思い出す前に薬を使って無理矢理思い出さないようにしてきたが、薬を断つと決めてからはこの記憶との戦いに苦しめられてきた。
「大丈夫よ、大丈夫……」
見るからに調子が悪くなったレキをライラは慰め、背中をさすった。それが嬉しくて、レキはライラにしがみついて泣いた。最初は嬉しかったはずであったが、途中から強い殺意が沸き起こってきた。殺したいのはライラではなく、情けない自分自身であった。もし自分が自分でなければ、今すぐこの場で斬り殺すのに。訳のわからない感情に振り回されるようにレキは泣き続けた。ここ数日はそんなことばかりで『休む』にはほど遠い状態であった。
***
泣いていたレキが気がつくとベッドに座り込んでいた。隣にライラの姿はなく、時刻も既に朝になっていた。夜を明かした記憶は全くなかったが、寝て起きた感覚もなかったのでまた記憶が飛んでいるのだろうと悲しくなった。急に意識を失ったり記憶が飛んでいたりするのは以前もあったが、ライラのアパートで暮らすようになってからまた頻発するようになった気がした。
「やっぱり、隊長についていった方がいいのかな……」
レキはゼノスから「一緒に旅に出ないか」と誘われたことを真剣に検討することにした。ゼノスからの申し出は素直に嬉しかったし、ゼノスとずっと剣技の話だけをして旅をすることは楽しそうだとも思った。
(でも……昨日みたいなことになって、隊長に気を遣わせたくないしな……)
現実的なことを考えると、このままでは確実にゼノスに無理をさせることがレキにはわかっていた。そして、ゼノスが一緒に来いと誘っているのは半ば義務を負っているからであるということもわかっていた。
(隊長が必要としているのは僕自身じゃなくて、僕の剣の腕と僕への責任だからなあ……)
ゼノスはレキの剣の腕に惚れ込んで上級騎士へ昇格させたが、その結果レキにもザミテスにも報われない結果になってしまったことを誰よりも悔いているのがゼノス自身であった。それはゼノスとの面談でレキも十分に感じたことであり、これ以上後悔の元である自分をゼノスの前に晒し続けるわけにもいかないと思っていた。
(隊長がリィアを起つまで、あと何回か手合わせをさせてもらおう……別に死に別れるわけでもないし、僕は隊長が僕のことなんか忘れて幸せになればそれでいいと思う)
レキの中でゼノスに対する思いには決着が付いていた。ゼノスについていくつもりはなかったが、そうすると「じゃあこれからどうするのか」という問いの答えをまた考えなければならないため、余計に不安で眠れずにライラに注意されるという悪循環に陥っていた。
「具合はどう? ひとりになって、考え事できた?」
部屋の扉が開いて、ライラが朝食を手に入ってきた。自分が何を口走っていたのか覚えていなかったが、それをライラに正直に言えるはずもなかった。
「うん……」
考えても考えてもいい方向になど行くはずもないと思うと、途端にライラに対して申し訳なさが募ってきた。いつまで彼女に負担をかけなければならないのかと思うとまともに彼女の顔すら見れなくなる。ライラは朝食を台の上に置くと、レキの前にやってきた。
「ねえ。こっち見て」
俯いているとライラが顔を引き上げて、キスをしてきた。驚いてライラの顔を見ると、とても嬉しそうにレキを見つめていた。
「元気、出た?」
そう言ってライラはレキに頬を寄せる。それまで「自分なんか」と思っていた気持ちは一気にどこかに飛んでいき、目の前の女に求められていることだけがレキの中を駆け巡った。
「出た、かも。もうちょっと」
今度はレキがライラを抱き寄せてキスをした。これからどうなるかは思い浮かばないが、今自分が必要とされていることがレキにはたまらなく嬉しかった。
「いいよ」
よかった、嬉しい、ここにいてもいい。ライラを抱きながらレキはずっとそんなことを考えていた。彼女がいなければ今頃自分はとうに死んでいたのだ、とレキはライラの顔を見ながら思い出していた。それならば、彼女に報いることが今の自分にとって一番の優先事項なのではないか。彼女を抱く度にレキはそんなことをぼんやり思っていた。




