忌まわしい記憶
二十年前にビスキで起こった殺人事件の概要を聞かされて、レキは動揺していた。
「大体、今は関係ないじゃないですか! もう二十年も前のことだし、相手だって、悪いことやってたんじゃないですか! じゃあ殺されて当然ですよ!」
間接的に殺人事件の犯人だと認めるようなことをレキは叫んだ。
「でも、人を殺していいということはない。もちろん奴隷売買も、誘拐もなにひとつ良くない。その子供は何らかの暴力をふるわれていた可能性も高い。それでも、やはり人を殺したらいけないのが世の決まりだ」
ゼノスが諭すと、再びレキは泣き始めた。
「そんなの嘘だ! だって、誰も助けてくれなかったじゃないか! 僕が、いや、その子がどんなに辛い目にあっていたか、誰も想像しない! いないも同然の、可哀想な子供が、どんなに苦しい思いをしているかなんて、誰も、誰も……」
しゃくり上げるレキを前に、ゼノスは途方に暮れた。
ゼノスはフォルスの「ティロ探し」において彼がエディア出身である可能性が浮上したことで「何故捕獲された時にビスキにいたのか」というフォルスが辿り着けなかった答えの検討がついていた。ゼノスも執行部時代にビスキで似たような事件の摘発を経験していたことから「人身売買」の可能性がすぐに思い浮かんだ。そこで元特務などとも連携を取り、二十年ほど前にビスキで起こった人身売買絡みの事件を片っ端から当たってみたところ、この殺人事件に辿り着いていた。
「悪いな。別に犯人探しがしたいわけでも、お前を追い詰めたいわけでもない。ただ、殿下が何故お前がビスキに流れてきたのかを知りたがっていたので俺自身も思い当たるところから動いてみただけだ」
「でも、だからって、今更酷いです……ずっと、ずっと忘れていたのに」
「忘れていた?」
「思い出せないんです。いえ、思い出さないようにしているんです。もう嫌で嫌で……」
泣きながら自身の肩を抱いて息を荒げるレキを見て、ゼノスはこれ以上この話をレキから引き出すのは酷であると判断した。
「そうか、わかった。余計なことを聞いてしまったな。もう今日はおしまいにしよう。だから、落ち着け」
ゼノスは資料をしまうと、レキの背中をさすった。レキの呼吸が落ち着くまで、しばらく時間がかかった。
「隊長、ごめんなさい。こんなに僕がどうしようもないから、隊長にまで負担をかけてしまって……」
「いや、謝るのはこちらの方だ。元はといえば、俺がお前を無理矢理リィアに引き戻してしまったのが悪かった。お前の気も知らずに、こんなことに……」
ゼノスもレキに謝罪した。それを聞いて、それまで震えていたレキは急に真顔になってゼノスを見つめた。
「何を言ってるんですか、隊長?」
「お前の事情など考えず、俺の理想を押しつけたかもしれない。コール村で静かに暮らしていた方がお前のためだったのではないかと、お前に言われてから随分と考えた。あの時、お前に断るなんて選択肢はなかったのだから、やはり俺が傲慢だったのが悪かったんだ。恨まれても、仕方あるまい」
胸のつかえを取るようにゼノスが吐露すると、レキは更に真面目な顔になった。
「僕がいつ、そんなことを言ったんですか?」
「お前が本部に火をつけた日の夜、そう言っただろう?」
レキは真面目な顔のまま、考え込むように首を傾げた。
「そんなこと、僕言いましたか……?」
「まさか、覚えていないのか?」
ゼノスは取り乱したレキに「気まぐれで上級騎士に取り立てたくせに」と言われたことを、今まで酷く気にしていた。しかし、当人から「覚えていない」と言われるとそれまでの罪悪感が一気に霧消していくように感じられた。それどころか、無責任なことを言い放ったレキに対しての怒りも湧いてきた。
「ごめんなさい。あの日のことは、本当に忘れてください……ただ隊長に見つかってしまったのが恥ずかしくて、取り乱していたんです。それに、もう僕は死ぬだけだったからこれ以上関わってほしくなくて。全然本心じゃないんです。ただもう、僕のこと嫌いになって欲しいなって思っただけで……本当にもう、僕がいけないんです。ずっと隊長に誤解させるようなことを言ってしまって。やっぱり……何でもないです」
ゼノスはレキとの一件をシェールに打ち明けたところ、「そこまで頭に血が上ってる相手には何を言ってもどうしようもなかったのでは」と突き放すようなことを言われたのを思い出した。それと同時に、このやりとりだけでレキの心理を理解したシェールは一体何者であったのかも気になった。
「そうか、それならいいんだ」
腹を立てても仕方ないことであることはゼノスも承知していた。しかし、目の前のしょぼくれた男に対してどう気持ちの整理をつけていいものかと考えていると、レキがおそるおそる話しかけてきた。
「あの……よかったら、僕の話を聞いてもらってもいいでしょうか? そうしたら、その、隊長の気分も変わるかな、と思いまして」
ゼノスは目を丸くした。レキが自分から自身の話をすると言い出したのは、ゼノスにとって初めてのような気がした。
「一体何の話だ?」
「昔の話です。僕も、隊長と同じだって思ったんです」
ゼノスはレキが「自分と同じ」と言うのは、一体どういうことなのかと疑問に思った。レキはそれまで怯えていたとは思えない真っ直ぐな瞳でゼノスを見据えていた。それはゼノスの見たことのない「ジェイド」の表情なのだとゼノスは感じた。
「ええと……上手く話せなかったらごめんなさい。子供の頃の話なんです。僕、父みたいになりたくて。誰かを守るっていうのに憧れてました。本当は、守りたかったんです。だから、隊長のことも好きなんです。本当です」
レキは懸命に言葉を選びながら、辿々しく語り始めた。
「でも、僕は守れなかったんです。僕の従兄弟の、アルセイド・エディア・ルクスって言うんですけど。僕はすごく大好きで、絶対守ってあげたいって思っていたんです。大人になっても、ずっとずっと側にいるって思っていたんです。でも、僕が彼を殺してしまったんです」
レキの「殺してしまった」という言葉に、ゼノスははっとした。それが彼にとっての「忌まわしい記憶」であり、それを敢えて語ろうとしている姿勢に相当勇気を振り絞っていることがゼノスには見て取れた。




