何も殺すことなかった
用具室でレキが寝ている間、ゼノスはセラスとラディオから聴取の進み具合を問われていた。
「一体どんなお話をされたのですか!?」
「人と話している途中で寝るなんて……いや、あいつならあり得るのか」
勝手を言うセラスとラディオを前に、ゼノスは先ほどレキから聞いた内容を思い出していた。「どうすればよかったのか」とレキに問われて、ゼノスは何も言えなかった。そのことがとても悔しく、ゼノスはレキに対して不甲斐なさしか感じられなかった。
「それが……今は何も言葉にできそうにない。少し時間をくれないか。それに、まだ話をしなければならないことがたくさんある」
セラスとラディオは顔を見合わせた。一体どのような会話が繰り広げられたのか二人が想像していると、用具室から短い悲鳴と、次いで何か物音が聞こえた。
「起きたみたいだな、また行ってくる」
ゼノスが用具室に駆けつけると、レキが床の上に座り込んで震えていた。当初は椅子から落ちて目が覚めたのかとゼノスは思ったが、悲鳴の方が先に聞こえてきたことから悪夢に飛び起きた拍子に椅子から落ちたのだろうと推測できた。
「安心しろ、ここでは誰もお前を傷つけない。ほら、俺がわかるか?」
ゼノスはレキを刺激しないようにそっと声をかけたつもりだったが、ゼノスの顔を見たレキは飛び上がった後に地面に額を擦りつけた。
「隊長!! あの時は本当に申し訳ありませんでした!!」
「わかった、謝るのはもういいから座って話そう」
ゼノスはレキが寝起きで混乱しているのだと判断して、ひとまず落ち着かせることにした。
「あの、本当に悪かったと思ってるんです!! すみませんでした!!」
「謝らなくていいから、息を吸って吐け」
「でも、僕なんか死んだ方がいいですよね!」
「いいから息を吸って吐け。それから今何をしていたのか、よく考えろ」
それからようやく状況を思い出してレキが椅子に座り直すまで、少しの時間がかかった。
「……ごめんなさい。もう僕死んだ方がいいんです」
「もうその台詞は百回くらい聞いた。いい加減なんとかしろ」
「はい……」
そう言うと、レキは小さく俯いた。ゼノスはそっとため息をついて、またレキと向かい合った。
「その……眠れないというのは相変わらずなのか?」
「酷いときよりは少しマシになった気がするんですけど、まだ全然ダメです」
上級騎士時代、徹底して私物を持たなかったレキが睡眠薬だけは手放さなかったのをゼノスは覚えていた。そもそも、コール村でレキが喧嘩をふっかけてきたのも「三日寝れなくてイライラしていた」という理由だったので、ゼノスもレキの不眠改善には気を遣っていたつもりだった。
「そうか。ちなみにその、一番酷いときというのはどのくらい眠れなかったんだ?」
「どうだったかな……予備隊の頃は眠剤もらえるのが三日に一度だったんで、ほとんど二日は眠れない感じでしたね……薬なしで何もしなくても眠れるようになったのが、やっと最近ってくらいです」
ゼノスはよくその睡眠時間で激しく動き回れたものだ、と感心したがその分レキの精神が非常に疲弊しているのを感じた。
「随分辛い思いをしてきたんだな」
「辛い、ですかね……? もうずっとそんな感じなので、上手く眠れたら幸せって思いますけど」
「いや、お前は辛い状況にあった。まずはそれを認めろ」
「うーん……人よりは辛いと思ってますけど……でもこうして生きてるだけまだいい方だと思うし、やっぱり死んだほうが……何でもないです」
精神が安定しないレキを前に、ゼノスは早速話の続きをすることにした。
「それでは改めて聞きたいのだが、何故フォルス殿下を連れ去ったのだ? 聞いたところによると、王子の処刑は可哀想だという話をしていたとのことだが?」
ゼノスの問いにレキは俯いて、ぽつぽつと語り出した。
「最初は、連れて行く気なんか全然ありませんでした。クラドの息の根を止めて、どうせ自分も死ぬなら自分より強い人と勝負してから死にたいな、ってそう思っちゃったんです」
どことなく他人事のような不思議な言い回しについてゼノスは追求しようかと考えたが、それよりもレキに尋ねておかなければならないことがあることを思い出した。
「それは、リストロのことか?」
その名前を聞いて、レキははっと顔を上げた。レキと上級騎士の宿舎で同室であったリストロは、反乱の夜宿舎の裏で斬り殺されていた。その死に様が不審であったためリストロもティロ・キアンと同じく火事で死んだと公表されていたが、関係者は皆ティロ・キアンが斬り殺したのだろうと疑っていた。
「違います! あれは、その……仕方なかったんです。先に剣を向けたのは、向こうなんです」
「何故だ?」
「クラドとの会話を聞かれました。そして、リィアの国賊として僕を斬ると。彼は職務を全うしただけです」
レキが自白したことで疑いが確証に変わり、ゼノスは全身が震えた。
「その上で、何故斬った?」
「何ででしょうね……怖かったんです。一緒にいると息が詰まって、あまり顔を合わせたくなかったんです」
ゼノスはリストロのことを思い出していた。身寄りがなく予備隊で育った新人が来ると聞くと、ほとんどの隊員は顔を引きつらせるがゼノスにもわかった。その中で「最初は僕が面倒を見ます」と名乗りを挙げてくれたのがリストロであった。
外から見れば、リストロはよくティロ・キアンを気にかけていた。しかし、そんなリストロにも心を開かないティロ・キアンをどうしたらよいかと思案していたときにゼノスは辞任を迫られた。その後、何があったのかは不明であったがおおよそのことは何となくゼノスにもわかった。
「わかってたんです。僕のことを心配しているんだって。でも、無理なんです。もう僕はそっち側にはいけないのに、何事もなかったように普通にしてみろって言われて……何度か本気で殺してやろうかって思ったこともありました。だから、あの時はついカッとなって……」
レキは泣きじゃくり始めた。
「今なら、何も殺すことなかったって思います。もっと他にやり方があったはずなんです。でも、あの時は僕も死ぬつもりだったのでもうどうにでもなれって、ひとりでも多く僕みたいに不幸になればいい、って……」
ゼノスは泣くレキを眺めて、やはり子供のようだと思った。そして彼が憎悪の末に幾人も人を殺めてきたとは思えない、とも思った。




