本当のところ
ザミテス以外の家族を復讐に巻き込んだ直接の理由を尋ねられて、レキは固まった。レキが必要以上に自身を下げるときは何かを誤魔化している時であると経験から悟ったゼノスは、今までの供述ではまだ事件の核心に至ってないと判断した。
「だ、だって……僕は目の前で姉さんを殺されたんですよ! だから、奴の家族だって僕が殺していいってことじゃないんですか!?」
「その理屈はそうかもしれないが、世間一般ではそうはならない。何か他に、理由があるんじゃないのか? お前が恨みのない、罪のない人をいたずらに殺すと俺は思えないんだ」
ゼノスに促されて、レキは渋々語り始めた。
「……あの女は、最初に僕のことを馬鹿にしました。キアン姓だから、可哀想な育ちのことを聞かせてくれって。冗談じゃない。僕はアレよりもずっといい暮らしをしてきたのに。あの息子だってそうだ。キアン姓なら家のこととか考えなくて気楽でいいな、って。家があるだけマシだろって、その時殴りそうになりましたけど、耐えました」
レキの淡々とした供述の中に、ゼノスはレキの「キアン姓」という立場の弱さから来る屈辱を垣間見た。
「それじゃあ、娘さん――レリミアさんはどうだったんだ? 彼女も、お前に何か悪いことを言ったのか?」
「いいえ。彼女は、僕と遊びたかったようです。今思えば、そんな母と兄と一緒に暮らしていたから、寂しかったのかもしれません。他に友達もいなかったようですし、友達がいない同士仲良く出来ると思われたのかもしれません」
「それなら、何故彼女も殺したんだ?」
ゼノスの問いにレキは黙っていたが、重苦しい沈黙に押し出されるようにぽつりと言葉を吐き出した。
「……彼女は、自害したんです」
そこからレキは、レリミアについて少しずつ言葉を絞り出した。
「自分の父親の所業に絶望して、僕のために死を選びました。最後は僕が手伝ったんですけど、自分で死ぬことを選んだのは彼女です。僕も、全部終わったら彼女に僕のことを殺してもらうつもりでいました。それが一番いい、って思ってたんですけどね。なんだか、こうなってます」
レキはまるで他人事のように語っていた。その態度から先ほどの激烈な憎悪は鳴りを潜め、心を閉ざしているようにゼノスは感じられた。
「本当に、彼女は死ぬ必要があったのか?」
「それは、彼女に聞いてみないとわかりません。でも、自分の父親があんなことをしたなんて聞いたら、隊長でも死にたくなるかもしれませんよ」
「……今更だが、お前は一体クラドたちに何をされたんだ?」
ゼノスの理解では、レキは左腕を折られて暴行を受けた後に生き埋めにされたことになっていた。その屈辱と憎悪に想像の余地はなかったが、ゼノスはこれも一応確認しておくべきだと思った。
「……言っていいんですか」
「全部話す、のだろう?」
レキは「そうでしたね」と付け加えて、それからしばらく黙り込んだ。ゼノスが根気強く待っていると、レキの口からぽつりと言葉が漏れた。
「僕は、どうしようもない男です」
その言葉をきっかけに、レキの感情が少しずつ外に出てきた。
「姉さんを守れなかったし、なにひとつ救えなかった。やっぱり、僕が死ぬべきだったんです。僕が死ねば、みんな何もなかった。本当は、僕に裁く権利なんてないんです。僕も、奴らと同じ最低の人殺しだから。だから、本当は彼女に殺して欲しかったんです。彼女に酷いことをして、それで裁いてほしかった。最低の人間だって罵って、それで終わりたかった」
ゼノスはレキが彼女――レリミアに対して抱いている感情が特殊なものであることに気がついた。しかし、何故レキがレリミアに救いを見いだしているのかはよくわからなかった。
「彼女に申し訳ないと思うか?」
「思ってます。ずっと思ってます。僕は生きていてはいけない人間だから、そんな僕の代わりに死んでくれた彼女のことを思って、生きていかないといけないんです」
「それなら何故、そのように酷いことをしたんだ?」
再びレキは黙った。そして、下を向いて絞り出すように言葉を吐き出した。
「僕の初めては……姉なんです」
そのひとことで、ゼノスはレキに何があったのかを悟った。そして、瞬時にクラドやザミテスに対する感情は怒りを通り越して呆れや軽蔑と言ったものになった。思わず力の入った握りこぶしを収めて、ゼノスは大きく息を吸った。
「だから、絶対、絶対許せないし、僕は自分が許せないんです。あの時、もう二度と真っ当に生きていてはいけないって思ったんです。だって、僕は結局あいつらと一緒なんですから。僕はそういう人間なんです。だから、どうすればいいのか、今でもわからないんです」
レキの頬に涙が伝っていた。再びゼノスは何か声をかけたほうがいいと思ったが、ひとまずレキを信じることにした。
「ごめんなさい。隊長にも、いろんな人にも、本当にたくさんの人に迷惑をかけてしまった。こんな形で今更死んでも、っていう気持ちもわかるしどちらかと言えば僕は死にたくない。またあんなに苦しい思いをしたくないから、でも苦しい思いをするのが僕のためになるっていうなら、僕はいくらでも罰を受けますし、もう逃げません。もう疲れたんです。生きてるのも、死のうと思うのも、全部……」
すると、ふっとレキの表情が変わった。張り詰めた糸が切れるように、レキの身体が一気に弛緩した。
「あれ……何だか急に本当に疲れて……すみません、少し横になっていいですか」
頭を押さえているレキに、ゼノスは自分の座っている椅子を差し出した。
「構わん。お前は眠れる時に少し寝た方がいい……よく話してくれた。後は任せておけ」
「すみません……」
横に椅子を並べたところに頭を乗せると、レキはすぐに寝入ってしまった。ゼノスは今までの恐ろしい供述内容と一転して、子供のような寝顔を浮かべるレキを見下ろした。そして、今まで彼に感じていた違和感が急に理解できたような気がした。
「そうか……今まで子供らしいとは思っていたが、お前の中ではまだ災禍が続いているのだな。二十年も、よくひとりで耐えていたものだ」
今までのやりとりも、十に満たない子供とのやりとりだと思うとゼノスは全て納得できる気がした。誰も信用できず精神的に孤立してきたレキにとって、悪夢の元を絶ちきるということはこれから先へ生き残るためには必要な段階であったのかもしれない、とゼノスは考えた。
おそらくレキはすぐ目を覚ますだろう、と思ったゼノスは一度用具室から出た。待機していたセラスとラディオが何かあったのかと飛んできたが、「疲れて眠ってしまった」と言うと拍子抜けした顔になった。そして、ゼノスも今聞き取ったトライト家の話をどこまで記録するか悩むことになった。
全容編での「謀略編・亡命編・復讐編」を一気に駆け抜けました。トライト家殺しに関して、実際に起こっていた最中とこうして振り返って供述されたものではまた違った見方が出来ると思います。
次話、ゼノスの事情聴取の後編になります。これ以外の出来事やゼノスの「後悔」に対するレキの見解、そしてレキの資料にない部分を埋める話になる予定です。
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