罪悪感
レキからリニアを殺害したことを仄めかされて、激昂しかけたゼノスはなんとか気持ちを押しとどめてレキに再度向かい合った。
「わかった。それでは翌朝ノチア君を連れて行ったのも、お前なんだな?」
「はい。母親が死んで息子がしっかりしなくてはいけないのに、あいつは借金と寄付金の横領でおろおろしているだけでした。ザミテスを一緒に迎えに行こうと誘ったら、何も考えず着いてきました。それで人気のないところへ連れ出して、殺しました」
レキはようやく、自分から犯行当時のことを語り始めた。
「それじゃあ、ノチア君の遺体はそこにあるのか?」
「いいえ、乗ってきた馬車に隠して潜伏先に帰りました。そこでザミテスと娘と一緒にいます」
「そうだ、娘さんだ。レリミアさんはお前が誘拐したんだな?」
「はい、旅行に行くと言って発起人ライラに協力してもらって、連れ出しました。最初は彼女だけでも助けようかと思いましたが、謹慎処分を受けたのでじゃあ僕が誘拐しようかな、と」
再び理解が難しい供述になってきたため、ゼノスはレキの話を一度止めることにした。
「ちょっと待て。つまり、もし謹慎処分がなかったらレリミアさんは誘拐しなかったということか?」
「ええと……そうなりますね。元々、彼女が旅行に行っている間にもっと家の中をめちゃくちゃにして、それで査察旅行から帰ってきたザミテスを上手い具合にどうにかしようと思っていたので……」
「それはわかった。彼女を連れ出した辺りから、起こった出来事を順を追って話せるか?」
殺害計画を最初から聞くのは、ゼノスとしても心苦しかった。ゼノスはひとまず起こった事実だけでも確認したかった。
「やってみます……あの日、僕は彼女をビスキへ行くと誘い出してクライオへ向かいました。そこで彼女を拘束して、手筈通りに反リィア組織に行きました」
「拘束した彼女を連れてか?」
「ええ。変な顔されましたけど、何とかなりました」
ゼノスは先日面談したシェールの話を思い出した。話で聞くだけでも異様な光景が目に浮かぶが、それを目の当たりにしたシェールの困惑はどれだけだったのかということも容易に想像が出来た。
「……それで、彼女をザミテスが帰ってくるまでずっと匿ってたのか?」
「いいえ。いつまでも面倒見れないので、地元の娼館に売り飛ばしました」
急に想定外の答えが返ってきたので、ゼノスの頭は一度真っ白になった。
「……その売った金はどうしたんだ?」
「どうしたかなあ。ええと、確かぱーっと使っちゃったんだったかな」
レキは淡々と答えていくが、ゼノスはどこか他人事のような彼の口調と会話の内容が一切噛み合っていないように感じられた。
「しかし、だからと言ってそんな何もしてない女性に惨いことを……」
「それを言うなら、僕も姉さんも何もしていません。おまけに姉さんは殺されたんですよ。何もしていないのに」
レキの機嫌が少し悪くなったのを感じて、ゼノスは話を戻すことにした。
「そうだな。何があっても、奴らは許されないことをした。それは相違ない。それで、その後どうしたんだ?」
「その後は、ザミテスが戻ってくるまで反リィア組織にいました。そして彼らと一緒に潜伏先の村に向かいました。そこにザミテスが戻ってくる予定だったので、そこで待ち伏せすることにしたんです」
ゼノスは、当時ザミテスの査察旅行に同行していた上級騎士とも話をしていた。彼は突然ティロ・キアンが現れて「隊長は急用が出来たから迎えに来た」と引き剥がされたことを告げていた。その後リィアに戻った彼がトライト家の惨状を見て、そのせいでザミテスは行方を眩ませたのではないかと考えていた。ゼノスは真相を告げることはせず、ただ「査察旅行、大義であった」と何も知らない彼を労うことしかできなかった。
「それで、ザミテスは捕まったのか?」
「普段から懐かない僕がすり寄ってきたと思って上機嫌でしたよ。酒でも飲ませてこれから女の子でもどうですか、って言ったら、そりゃもう簡単に」
ゼノスから見ても、ザミテスは「クラドの腰巾着」以上の印象はなかった。そして、ザミテスの周囲にはやはりクラド・フレビスの威光のおこぼれに肖りたい者が多く見られた。そんな彼が「キアン姓」であるだけで毛嫌いしていたティロ・キアンから接待を受ければ悪い気にならないのは容易に想像が出来た。
「まさか、女の子まで用意したのか」
「だから捕まえてきたんですよ。彼女に頼んで、クライオから再度運んできてもらったんですけど」
レキの言う「彼女」は発起人ライラを指すことは理解できた。しかし、どうしてもゼノスには実の娘であるレリミアをザミテスに抱かせようとしたレキの心境は理解できなかった。
「お前は……自分が、何をしたのかわかっているのか?」
「わかってますよ。最高でした。あの時の奴の顔、もう忘れられないんです」
それまで淡々としていたレキの言葉に、感情が入り始めた。
「どうせ奴らは罪を認めるはずがないのですから、だったらどうすれば自分から認めるかって考えたんですよ。娘を人質に取れば話すかな、って思ったんですけどせっかくだからそれ以上のこともしてもらって、いやあ本当に最高でした。泣きながら娘の命だけは助けてくれ、ですからね。自分は人を殺しておいて、よくそういうことが言えるなって思って!」
先ほどまでの何かを目撃したような口調から変わって、レキは生き生きと語り始めた。そして再び殺意と憎悪が剥き出しになったレキを見て、ゼノスは路地裏で暴言を吐いたレキの姿が重なった。
「落ち着け。聞いた俺が悪かったが、今のお前はどうかしている。もう一度冷静になれないか?」
しかし、レキの口は止まらなかった。
「だって、先に話せって言ったのは隊長ですよ。それに、よく考えたら全部話すって約束したのは僕なんですから、全部話さないといけないんです。聞いてくれますよね、隊長?」
「ずっとひとりだったんですよ。もうひとりは嫌だから死のうと思っていたとき、彼女が助けてくれたんです。でも僕は死ぬしかなかったから、全部出来るだけ壊してから死のうって思ったんです。そうしたら、とても元気になりました。それから、ずっと奴らを不幸にしてぶっ殺すことだけを考えて、他のことは余り考えないできました」
「だって、いつも死ぬか生きるかばっかり考えていたら疲れるじゃないですか。疲れても休めないし、僕は眠れないし、眠ったら姉さんの夢を見るし、どこにも逃げ場がなかったんです。じゃあ、僕はどうすればよかったんですか。勝手にどこかで死んでいればよかったんですよね。そうすれば、こんなことにならなかったのに。今からでも死んだ方がいいですか?」
だんだんレキの供述が怪しくなってきたため、ゼノスはひとまず目の焦点が合っていないレキの肩を叩いた。
「死ぬな。まずは、お前は自分がやったことを正直に話せ。そうは言っても、限界に近そうだな。だから、今日はこれを最後の質問にするぞ……何故、ザミテス以外の家族も殺す必要があったんだ?」
ゼノスの問いかけで、レキは一度静かになった。それは、ゼノスが一番レキに問いたいことであった。




