謝罪
自分の出自から何から全てをこれからゼノスに話すために用具室に閉じ込められ、レキの顔色は蒼白になっていた。明らかに怯えているレキを前に、ゼノスはレキが閉所恐怖症であったことを思い出した。
「狭いところが怖いなら、上の方に明かり取りの窓がある。どうしても無理になったら、そこで息をするといい」
「いや、そうじゃないんですけど……あの、えーと……」
そこでレキははっと思い出したように椅子から降りて、地面に額をつけた。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
「何の話だ?」
「あの、失せろとか、余計なお世話だとか言いましたが、本当にそんなことは思ってません! あの時はどうかしていたんです! 本当の本当の本心で、そんなことは思ってないんです!」
ゼノスは床に頭を擦りつけているレキを見下ろした。反乱決行予定日の前夜、ゼノスはクラドを殺すことばかり考えて気が立っているレキと遭遇して暴言を吐かれていた。
「じゃあ、どういうつもりだったんだ?」
「それは、その……隊長のことは、それはもうひどくいたく海より深く山より高く尊敬しています。決してあんな酷いことは思ってないんです、本当です感謝してもし尽くせなくて困ってるくらいです」
「では、アレは何だったのだ?」
そう問われても、レキにはすぐに答えられそうになかった。
「どうしても、答えないとダメですか?」
「そのための場所だ。もう一度聞くぞ。アレは、一体何の真似だったんだ?」
レキは何とかゼノスにわかるように説明しようと試みた。
「あれは、その……自分でもよくわからないんです……」
「わからない?」
「今思うと、どうしてあんなことを言ってしまったのか、全然わからないんです……」
後から冷静になって考えれば、直接の原因はシャイアに冷たくあしらわれた直後の八つ当たりであった。しかし、そんな恥ずかしいことはゼノスにも言えなかった。
「まあいい。あの日、俺もシャイア殿に『正気とは思えない上級騎士が来た』という話を聞いたからお前見つけることができた。そして訳のわからない言いがかりをつけられたのだが……そのことの是非は問うまい。俺もそう思ったが、あの日のお前はどう見てもおかしかった。自分が一体何をしたのか、わかっているか?」
思いのほか優しいゼノスの言葉に、レキは涙を堪えた。
「はい……わかってるつもりです。ずっとどうにもならなくて、どんどん自分がおかしくなっていっているのもわかりました。でも、止められなかったんです。どうしても、ザミテスとクラドは俺の手で地獄へ送るって決めて、後のことは、もう何にも考えられなくて……」
床の上で泣き始めたレキを、ゼノスは椅子に座らせた。
「わかった、いっぺんに考えるな。少しずつ話を聞かせてくれ……いや、こちらが質問をするから、出来ればお前が何を思っていたのかを教えてくれ。話せなさそうなら、無理に話さなくていい」
想像以上に難航しそうな聴取を前に、ゼノスは方針を変えた。レキから何があったのかを聞き取るのではなく、ゼノスが提示する事実についてレキに確認することにした。レキはしゃくり上げながら、小さく頷いた。
「まず、お前の本名はジェイド・カラン・エディア。これは間違いないんだな?」
「はい……もう随分と昔のことなので、何だか夢みたいなんですけど」
ゼノスはひとまず、手元に用意しておいた彼の資料を見て経歴の確認をすることにした。
「そして、災禍の夜にクラド、ザミテス、ゾステロ三名に姉と共に襲われた。これも間違いないか?」
「相違ないです。今ならはっきり証言もできます」
「その後、時間が大分空いてビスキで警備兵に斬りつけて措置入院。これは何故斬りつけたか覚えているか?」
「それは……多分、腹が減っていたからだと思います」
早速理解が難しい返答が飛び出したので、ゼノスは首を傾げた。
「腹が減っていると、警備兵を刺すのか……?」
「あの……それまで俺警備兵見ると逃げ出してたんです。でもあの日は腹が減りすぎて動けなくて、もうダメだって思って刺してみたんです」
理屈が通っているようでまるで理解できない説明に、ゼノスは困惑した。
「そんなに腹が減っていたなら、何か食べ物をくれとか助けてくれとか、そっちのほうが自然だと思うのだが……」
ゼノスの質問に、レキは少し考え込んだ。
「……そう言われると、そっちのが普通ですね。どうして刺しちゃったのかな、俺」
当初はあくまでも軽い確認のつもりであったため、ゼノスはこの質問からレキの心の暗部がこれほどまでに露呈するとは思っていなかった。
「それでは、それまで強盗をしていたというのも腹が減っていたためか?」
「それはそうです。だって、食べないと死んじゃうじゃないですか。俺、死にたくはなかったので」
「いや……他に方法は思いつかなかったのか? 強盗する前にやることが他にいっぱいあるだろう? ビスキにいたのなら、お前の正体など誰も気にしないことくらいわかっていなかったのか?」
「そうなんですけど……何でですかね。俺、誰かに見つかったら絶対死ぬって思ってたんで、なるべく人のいないところに隠れてただけです。そうしたら盗むしかないじゃないですか。それで見つかりたくないんで、見つかる前に他の街へ行ったりして……」
「待て待て。だからその発想がおかしいって、気がつかなかったのか?」
「わかってますよ。だから俺、更生の余地なしってことで予備隊に行ったんですけど」
ゼノスは内心頭を抱えた。この事情聴取は難航することは目に見えていたが、当事者視点であっても何が起こっていたのかを正確に把握していないことが少し恐ろしくなった。
「そうか、この辺のことはまた後で聞こう。もう少し答えやすそうな話題を中心に話をしようか……ザミテスとのことについて、詳しく聞きたいんだが」
ザミテスの名前を聞くと、レキの顔色が変わった。
「これはどちらかというと、俺が聞いておきたい話だ。俺が気付かないところで、一体何があったんだ?」
ゼノスとしては、自分の目から見て二人の関係は「困った部下を嫌う上司と、嫌われているのがわかっているので及び腰になっている部下」であった。自分がレキを上級騎士に引き上げたばかりに、ザミテスだけでなくその家族にまで危害が及んでしまったことがゼノスには悔やまれて仕方なかった。
だからこそ、二人の間に一体何があったのかをゼノスは知りたかった。ただ、それをレキが素直に供述できるかと言うと、本人の様子を見る限り不安の方が大きかった。




