#88 偽酒は美味なる菓子と共に
「お待たせしました」
カチ、コト――
小さなステージライトに照らされる中、それぞれのモクテルとティラミスが次々と舞台に上がる。
全員で長い木製のカウンター席へと一列に座り、目の前に置かれたそれらは普段口にする物と比べて、ドレスを纏っているかのように美しく誂えられていた。
アルコールと共に栗の風味が、サキの鼻腔にふわりと届く――。
廃墟の奥のさらに奥、少し肌寒さを感じる店内に一足早く秋の訪れが来たような一皿。
落ち葉色のティラミスに酒に付け込んだ大粒の栗が一つ、王のように座している。
傍に控えるのは、黄金の果汁をベースにしたアップルジンジャー。
シヨウの前に置かれたソレは白――。
新雪を思わせる真っ白なクリームに、オレンジの果肉がゴロッと残ったソースが掛けられている。
土台のクッキーにたっぷりと浸み込んだオレンジリキュールがほんのり香った。
飲み物は、果実の実りを支える木の幹を彷彿とさせる色のほうじ茶トニック。
そして、子供たちの前には――ニイナのピスタチオ、コリウスのキャラメル、オーディーのイチゴ。
それぞれの特製フレーバーと、好みに合わせて仕立て上げた色鮮やかなモクテルたちが、美しくグラスを染める。
アルコール不使用の一杯は本物の夜の社交場の味見と言わんばかりに、ささやかで甘く……ちょっぴりクセのある贅沢な香りがしていた。
「……凄い。
家で食べるお菓子とは、全然雰囲気が違う……」
「……まぁ、確かに飲み物は綺麗な層になっていて、ティラミスのデコレーションもかなり凝っている。
……こんな廃墟だからどんなものが出てくるかと思ったが、意外にまともな店だったらしいな」
「ポチャスコープでも、こんなの映したことがないよぉ〜。
なんだか食べるのが勿体なくなっちゃうね!」
子供達は一斉に小さなスプーンを握りしめ、真夜中のご褒美へと飛びつく。
ふと――、隣に視線を向けた。
真上から照らされるライトが、彼女達の顔にそっと陰影をつくる。
サキは長い栗毛を揺らし、ホログラムが瞬く瞳をさらに華やかに輝かせながら満足気に笑った。
「アルコールがしっかり効いてて美味しいわね、これ。
大抵のお店は万人受けを狙うから、お酒感をあまり強くしてくれなくて物足りないって思ってたの。
こんな街外れの飲み屋で、ここまでしっかり拘ってるなんてやるじゃない」
「そう言ってもらえると、リキュールをケチらずに放り込んだ甲斐があったよ」
黒い女はティラミスを、端から丁寧に削りながら口に運んでいた。
隣のハンターとは異なり、その瞳からは不思議な程Colorの主張を感じられない。
それどころか、奥を覗き込もうとすると忽ち呑み込まれそうな――、独特の恐ろしさを秘めていた。
けれど水鏡のように照明を反射させて生まれた小さなハイライトが、確かな生気を感じさせる。
「――白いのにこのクリーム……コーヒーの風味がする。
オレンジジャムも、酸味が強くて美味しい」
「おや、そいつはよかった。
……でも、出しておいてあれだけど、果物って糖度が高い方が女性は好みかと思ったんだけどね。
一般論だけど」
不思議そうに首を傾げる店主に、彼女は匙をいじりながら自分の国の果物事情を思い返していた。
「あぁ……故郷でも、品種改良で砂糖みたいに甘いフルーツがよく出回っていました。
私は、果物らしい本来の酸味がちゃんと立っている方が好みなんですが……」
「へぇ、故郷ね。
――もしかして東の出なのかい?」
「そんなところです。
最近引っ越して来まして」
軽く煙に巻くような答え方に、彼も深く追及する気はないらしい。
「そっか」と、使用した道具を片付ける音で間を埋める。
シヨウはそんな店主の気遣いを知ってか知らずか、特に言の葉を落とすこともしない。
グラスの中身をくるりと回し、色の濃淡をサッと楽しんでから少し口に含む。
「――ちゃんとほうじ茶だ」
少しだけ、けれども確かに嬉しそうに飲む彼女を見て、サキが横から手を出した。
「そんなに美味しいわけ?
私にもちょっと飲ませて」
「そっちのと交換」
グラスを半分ずつ交換し、お互いのモクテルを一口ずつ味わう。
「……うん。
辛過ぎず、けどジンジャーが効いてる」
甘酸っぱいリンゴの味を邪魔しないようにしつつ、存在をはっきり主張する生姜の塩梅に舌鼓を打った。
「サキ。
オレンジのあげるからそっちのやつ、食べさせて」
「あら、おねだり? いいわよ。
ほら、あーんしなさい」
互いに頼んだ品を共有する横では、オーディーの撮影が行われていた。
「コル~、もっと何か言ってよ~!
男子中学生がただ黙って食べる画面なんて、誰も求めてないって~」
「うるさいぞっ。
俺に食レポなんて求めるな、自分でやれ。
大体、何の為にその腹を膨らませてるんだ?
お前が食ってコメントした方が、よっぽど信憑性があるだろ!」
「溜めた脂肪の量が、必ずしも食レポの信頼度に直結する訳じゃないと思うけど……。
悪い味じゃないのは認める」
深夜のバーにしては、場違いな賑やかさではある。
が――、存外悪い雰囲気ではないことはこの店の主である男の、どこか気怠げで優しい微笑みが証明していた。




