#86 お帰り前にワンドリンクを
「ふん……これで気が済んだだろ、デモレンズ。
ゴーストなんて所詮、子供騙しのフィクションなんだよ。
もう曰くつきのスポットには、粗方付き合ってやっただろ?
いないものはいない。
これで少しは大人しくしてるんだな」
コリウスは腰に手を当て鼻で笑いながら、そう結論付けた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花――。
古今東西、不可思議な現象や謎の影には既知のナニカによる錯覚、思い違い、まやかしの類だと、相場は決まっている。
ただ今回の幽霊騒動は、そんなありふれた事例の中でもかなり斜め上の珍しい事例であるのは確か。
動画的には、美味しい展開になったことには違いない。
「誰も無理して付いてきてくれなんて言ってない。
それに聞いたでしょ?
確かにさっき、探査機に強い反応があったんだから!」
中央に針が振れたことによる、けたたましい音。
あの一瞬で起こったことは決して勘違いではないと、Collar粒子光に使用されて減ったカートリッジの残量が示していた。
数値は嘘をつかない。
この確かな事実が手元にある以上、ニイナの意思が揺らぐ道理はないのだ。
その実、仄暗い照明に照らされる彼女の瞳には一点の淀みも存在しない。
「ボク的にはクモに捕まった経験も含めて、最高のネタができたから満足なんだけどねっ!」
事実に基づく正反対の意見が険悪に交錯する空気に、オーディーのマイペースな感想が緩和剤となって致命的な衝突を防いだ。
当人にそのつもりはないのか、首のヘッドホンを揺らしながら満足げににっかり笑う。
結局、ゴーストのいるいない問題に決着がつかないまま。
彼だけが必要な成果をちゃっかり手に入れたことに対し、コリウスもニイナも溜息交じりに呆れと一周回って感心を覚えた。
複数の巨大なクモにいきなり糸で縛られ、どこぞに連れていかれたというのに大した胆力である。
「呑気なものね。
君一人を探して、こっちはとんだ目に遭ったっていうのに……」
サキは問題ないと判断したのか警戒を解き、ホルスターに銃をしまった。
「つまり私達は人の店に大勢で押しかけた上、ドタバタ走り回った挙句、発砲までした……と」
それを見たシヨウは、箒形態の万年筆を元に戻す。
胸ポケットに仕舞い、軽く乱れた格好を整えると頭を下げた。
「不審な物音の原因はこれで判明はした。
何はともあれ……お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「あ〜、そんなに気にしなくていいよ。
あんまりかしこまられても、手荒な真似しちゃったこっちが立つ瀬ないからさ。
お互いさまってことで。
でも……そこにいる用心棒たちに、キミらのことを『客』って紹介しちゃったでしょ?
うちのルールとしては何か一品でも頼んでいってもらわないと、帳簿が合わないんだよねぇ」
なんてことないようにへらへら笑ってみせる傍ら、動き回る蜘蛛たちを手で示す。
『だから、逃がさない』或いは『逃がせない』と言いたいのか。
――このままタダでは、帰してもらえそうにないらしい。
「……成る程。
因みに、ノンアルは置いてありますか?」
未成年の三人組をチラッと伺いながら、店の品揃えを確認する。
基本、この手の店はワンドリンクオーダー制が一般的だろう。
「もちろん、問題ないよ」
「なら私が奢る。
サキの分も、この間の浜焼き屋のお返し」
出先のジュースは割高である為、率先して頼むことをシヨウは親に許されていなかった。
ドリンクバーの割引券があった場合、若しくは他所ではあまり口にできない特別な付加価値がついた物でなければ買いでが無いと。
だが、”バーで飲む”という体験にお金を出すと考えれば、遊園地に遊びに行くよりかは安上がりである。
「あんた今月まだ給料日前でしょ?
そんなにお小遣いがあるの?」
「キングロードさんが、この間の件での給料を先払いしてくれた。
補佐とはいえ、結構給料いいんだねハンターって」
胸元の純黒のNibが嵌め込まれたバッジを弄る彼女の言葉に、サキは意外そうに目を丸くした。
「即席企業のくせに、ずいぶん気が利くわね……。
――なら遠慮なく、奢ってもらおうかしら」
「……ちょっと待って。
奢るって……そもそもあなた、お酒なんて飲めないでしょ?」
「……え?」と想定外の角度からの指摘に、シヨウはキョトンとフリーズする。
ニイナは腕を組み、淡々と事実――と思い込みながら指摘した。
「『え?』じゃなくて。
高校生がいくらなんでも、カッコつけ過ぎだと思うけど」
「……は?」
「自分も未成年のクセにでかい顔をするな。
大体、アンタに奢ってもらう筋合いはない。
自分の分の持ち合わせくらいある」
「――っ!! 【※盛大にツボに入る音】」
変な息の吸い方をしたのか、おかしな音が喉奥で鳴ってしまう。
その後、「アハハハハハハハッッッ!!!!」と腹を抱えて大爆笑するのを相棒がギロリと睨みつけた。
「……はぁぁぁ。
これと同レベルだと伝えなきゃいけないのが、私の人生で最ッ大ッの不名誉かもしれない」
「酷い言いようねぇ!
――おチビ達。
こいつ、私と同い年で24なのよ」
「「「――はあぁぁぁぁーーーーーっ!!??」」」
三者三様に驚くと、場も一気に盛り上がると言うもの。
本日一番の信じがたい事実に、バラバラのスタンスを見せていた一同は初めての解釈の一致を見せた。
「に、にじゅうよん……っ、嘘!?」
「 絶対にあり得ない!!
ゴーストの方がまだ現実味がある!!」
「謎の黒いハンターさんは、実は人間じゃなくて本物のエイリアンだったんだねッ!!!!
ねぇねぇ、お願いだからボクの『ポチャスコープ』の宇宙人特集にゲスト出演してください!!!!」
ライム色の瞳をキラキラと輝かせながら、マイクを突き出して叫ぶ配信者に使用はデジャブを感じる。
「そこまで言うッ!!??」
勝手な言いように流石に限界を覚え、抗議の姿勢をとった。
「だいたい私を高校生だと思ってたら、サキと一緒にいた私は一体何だと思ってたんだ!?」
すると、ニイナは先程までの強気な態度とは打って変わった。
背伸びしたがりの高校生を馬鹿にするつもりが、実は成人済みの社会人だとは……面倒な相手が増えたことに眉をしかめる。
そして、瞳をウロウロと泳がせながら、願望だった予測を口にした。
「学校の体験学習とか、ハンターのインターンシップか何かだと……」
「はぁ……。
……まぁ、老けて見られるよりはマシか……」
インターンというの回答に、がっくりと肩を落としてぼやく。
それを見てサキがさらに腹を抱えて笑う。
そんなやり取りを眺めていた店主は手慰みに弄っていたシェイカーを静かに置き、肩をすくめて苦笑した。
「あはは……24――ね。
まぁ、ティーンにしては立ち振る舞いがしっかりしていたから、僕としてもそこまで心配はしてなかったけど……」
「それ見たことか。
分かる人には、ちゃんと分かる」
真面な審美眼と観察力があれば当然の帰結だと、シヨウは自分達の常識の無さを攻める。
――が、涼やかな顔に滲んだ僅かな安堵の色と冷や汗を、サキは見逃さなかった。
「でも、マスター。
実の所はシヨウが吹っ飛ばされた時、『ヤバイ、子供に手出しちゃった?』って、内心めちゃくちゃ不安だったでしょ?」
「……まっさかー」
澄んだウィスキーの瞳が忽ち濁る。
感情の色が消え失せた、完璧な棒読みで誤魔化す男に睨みつけのタグが移った。
「マスター……?」
冷え切った声色と、同じく熱が失せた黒い眼に彼は冷や汗を流しながらヘラヘラと笑うのみ。
「……まあいいです。
ついでに何か食べるものはありますか?」
つっけんどんではあるものの、話を切り替える彼女の大人な対応に有難く店主は便乗した。
これ以上の藪蛇はつつくまいと、何も無かったかのように振舞う。
「ん゛っん――。
あー、ごめんね。
今日はご飯ものは切らしてて、デザートだけで。
フレーバーティラミスなら種類もあるし、すぐに出せるけど」
小さな黒板のメニュー表を差し出された彼女は、ざっと見ると子供達にスッと流した。
「ん。どれにする?」
「え、えーっ!?
ボク達もデザート食べていいの!?」
飲み物だけでなくお菓子までご馳走してくれる破格の対応に、オーディーは純粋に喜ぶ。
しかし、他二人はそこまでお気楽になれなかった。
「……何を考えている?
いい年したババアが菓子で媚び売ろうなんて、気色悪い――。
ガキじゃないんだ。
自分が飲み食いするものくらい、自分で払う」
「やだ」
「やだ――!?」
毛を逆立て、宝石を砕いた顔料のような濃密な青が威嚇する。
唐突のババア呼びにピキリと苛立ちを感じたが、数多のアニメや小説の展開では訂正を入れた分だけ相手が言葉のボールを撃ち返してくるのは目に見えていた。
彼の将来性を思って注意する選択もあるが、どうせこの場限りの関係。
そこまで面倒を見てやることは無い。
そう思い、吹っ掛けられた喧嘩の種を叩き落とす。
「子供じゃないと言うなら、素直に奢られる大人の余裕を見せてみろ」
「でも……早く帰らないと、親にバレるし……」
ニイナは非常識な展開に、目を白黒させる他無かった。
訳が分からないと人は安牌に常識を頼みの綱にしたくなるのか、今までのことを棚に上げ、模範生らしく深夜の帰宅時間を心配し始める。
「ハッ、何言ってんのよ。
この私が、一度見逃した子供の夜遊びに目を瞑って、すんなり帰す性格に見える?
……甘いわよ。
この後、しっかり親御さんの所に連れていって、直接引き渡してあげるから覚悟しなさい」
『……っ』
僅かに混じった怒気――。
若い女性と言えど、死線を潜り抜けてきたハンターの圧は軽くない。
冷徹に宣告を言い渡された子供達は、肩をピクリと跳ねさせる。
シヨウはその様子を見て感心した。
女性であれば、どうあっても舐められ易いというハンデを抱えてしまう。
だというのに、釘を刺すべき所でしっかり脅しが機能するというのは、自身の実力に対する確信から来るのか。
「ふん……そういうこと。
だから今更一時間早く帰ったところで、何の意味もない。
――これは同情込みの支援物資だよ。
私達のせいで怒られたなんて、筋違いの恨み辛みは御免被る。
精々、今の内に糖分でも入れて、お説教に耐えうるだけの英気を養っておくように」
「あははっ! 違いないわね!」
誰かさんを真似て鼻で笑い、恨んでくれるなと回復アイテムで予防する。
そんな女ハンター達の鮮やかな連携に、店主は感心したように目を細めた。
「なるほどね……。
ずいぶん飴と鞭の使い方が上手だこと」




