#85 廃墟に潜む幽霊の真相
「「オーディー!!」」
縛られ転がっていたオーディーに、ニナとコリウスが駆け寄る。
傍に放置されたままのハサミで頑強な糸を切り、なんとか助け出すと胸を撫で下ろした。
「――ぷはぁぁぁっ! 死ぬかと思ったよぉ〜!」
「無事で良かった……。
もうっ、一人でどこかにいかないでよっ。
記録係がいなくなったら、私の検証の証明が大変になるんだから」
「結局何だったんだ、あれはっ!?
うじゃうじゃと迫ってきたかと思えば、糸で取り殺されるところだった!」
服や髪に纏わりついた糸をパッパッパっと気味悪そうに払いながら、コリウスは気を逆立てたこの子猫のように威嚇する。
正体不明のナニカから、まだ逃れられたわけではない。
しかもそれは開けっ放しのドアの向こうに健在で、空間を閉じる事すらできていない状況だった。
「殺されるってのは大袈裟じゃないかな……ウチで雇ってる、ただの用心棒たちだよ。
ちょっと顔、見せてあげてくれませんー?」
店主の呼び声に応え、カウンターの奥から――、天井の梁の暗がりから――、ゾロゾロと数匹の巨大な蜘蛛が姿を現した。
『でかっ!?』
その姿は大人の両手よりも大きく、背中は頑強な甲羅の如く硬質な見た目は装甲車を連想させる。
手足はモフモフとした毛に覆われているが、何故だろう――哺乳類と昆虫という違いだけでこうもそそられ方が異なると言うのも不思議な話だ。
「まさか――タートルスパイダー?」
「知り合い?」と、シヨウは緊迫感が崩れて脱力してしまう。
本来なら飛びつくぐらいに魅力的なはずの毛に忌避感を抱きつつも、床に座り込んだまま誰よりも多く被った糸をちまちま取り除きながら蜘蛛の数を数えていた。
「そんなわけないでしょ。
亀みたいに頑丈で長生きすることから、『タートル』の二つ名がついたクモよ。
墓地や廃墟みたいな廃れた場所を好むから、昔は人の魂とか生気を食べて生き長らえているんじゃないかって迷信もあったらしいわ。
見た目からして普通じゃないから、スポイラーだって言い張って無理矢理駆除された結果、数を減らしたって聞いたけど……」
男はカウンターにひょいと肘をつき、キラリと光るハンターバッチを流れるように確認する。
「へぇ、流石――栗毛のハンターさんはよくご存知で。
ついでに補足すると、彼らの紡ぐ糸って一本一本は風みたいに軽くて、気付いたときにはグルグルに縛られちゃってるわけ。
それが束になると、今度は一転して鋼鉄みたいに硬くなる。
そんな都合のいい糸のせいで昔は貴族の高級ドレスとか、騎士の防具にも重宝されちゃって。
……欲深い人間達に乱獲されて生き残りは元々少なかったけど、今じゃさらに輪をかけて絶滅の危機。
どうにかこうにか遣り繰りしながら生きてる、いじらしい種なのよ、これでも」
「絶滅危惧種にしたって、虫が人の言うことなんて聞くのか……?
いったいどうやって手懐けた?」
眉間に皺を寄せつつ引き気味に蜘蛛から距離を取るコリウスに「手懐ける? そんなわけないでしょ」と、苦笑交じりに肩をすくめた。
「彼らが僕の言うことを聞いてるんじゃなくて、僕が彼らに聞いてもらってるの。
ご飯をご馳走するかわりにね。
こんな街外れの寂れた場所で酒場なんてやってると時々、質の悪い人間が迷い込んでくることがあるから。
ただ……君達はちょーっといつもとは違う顔ぶれだったからさ、彼らも毛色の違う不審者だと思ってつい張り切っちゃったみたいで……」
そこで言葉を区切ると、派手に吹き飛ばたシヨウに気まずそうに声を掛ける。
「悪いね、驚かせて。
……そっちのお嬢さんは、怪我平気そう?」
彼女は緩く手を振りながら「大丈夫です」と立ち上がり、一通り取り除いた糸の束をポケットに突っ込みながら、倒れたりズレてしまったソファやテーブルを直していった。
ガガ……ガッ、ガガガッ
未だにうろつくクモを尻目に、さり気無く自分の立ち位置を整える。
蜘蛛は6匹。
開けっぱなしの扉から通じる逃走経路は、使えるかどうかは分からない。
しかし、ドア付近に陣取るのはあからさま過ぎて、経路を潰されるかも可能性がある。
他にも蜘蛛がいると考えるなら、今は余計なことをしない方が良いだろう。
せめて子供達の背後を守れるように立ち位置を決めると、そもそもとしての疑問を店主に聞いてみた。
「あの……ここはとっくに閉店した廃墟だと伺っていたのですが?」
「ああ、昼間はね。
けど、夜になるとこうしてバーとして営業中。
僕としても、あまり繁盛させずにほどほどにやりたいからさ。
下手に綺麗にして、お客さんがたくさん来られても困っちゃうんだよね。
何よりこのままの方が、余計な改装費用もかからなくてお財布にも優しいし」
飄々と語られる経営者の本音に、サキは納得がいかなかったらしい。
「改装費用をケチってる割には、ずいぶん常連が居るみたいだけど?」
カウンターの奥のボトル棚やカウンターデスクの端には、数え切れないほどのキープボトルと括り付けられたネームタグがズラリ。
「お陰様でね」
客のプライベートに関わることだからなのか多くは語らず、ボトルのタグに積もった薄い埃を指で拭う。
詳細は煮詰めた砂糖色の瞳の中に、上手く濁してしまった。
「――じゃあ、あの間取りは何だったの?
外から見たときと、中の構造が全然違ってた」
「まるで迷路だ。
いくら走っても建物の端に辿り着かないなんて、あるわけがない」
「ああ、それね、僕のColor能力。
一つの空間内にいる相手の五感を意図的に狂わせる。
……まるで強いお酒にでも酔ったみたいにね」
頭の横でくるくると人差し指を回す様は、どこか色気が含む。
蝋燭の灯に似た毛先が首筋に流れ、暖色のライトで淡く照らされると火の粉のように妖しく煌めく。
「一応聞いておくけど――、営業の届けはちゃんと市に提出してあるんでしょうね?」
この場の空気を緩く溶かしてかき回されても、サキの立ち姿は凛としていた。
寧ろ惑わされるどころか、珍しくお堅い監査の手順を踏む。
まだこの世界に不慣れな相棒には不向きである行政手続き関連を代わりに確認すると「もちろん」と、キッチン奥の隙間からラミネートされた一枚の許可証を差し出した。
「……五年前からここで営業してるの?
なのに、まだ近隣から『幽霊が出る』なんて通報されるってどういうことよ……」
「これでも減った方だよ?
だけど……まさか子供達がこんなに大勢押しかけてくるとは思わなかったけどね」
「店として正式に開店してるのは分かったけど、まさか店主がCloverだったなんて。
カートリッジもなしに、あんな規模で能力を展開するなんて普通は難しいはずだけど……」
渡された許可証をチェックして返す。
続けて先程体験した不可思議な現象の疑問に移るが、そこでシヨウは静かに首を振って規模の点について訂正を入れた。
「走り回ったせいで広いと感じたけど、その子の言う通り外観と内観の大きさにはズレがある。
能力の一般的な効果範囲が、どの程度かは知らないけど」
「……あー、同じ場所をぐるぐる走り回されたのね。
全体効果なのか個々が対象なのかは分からないけど、無差別なら細かいコントロールは必要ないし」
結局、街外れの幽霊騒動は、この店の存在を知らない近隣住民のただの勘違い。
不審な物音の正体は十中八九、客や店主、あるいは用心棒である蜘蛛が出していた生活音だろうと結論付けた。




