#83 襲撃 ~エスケープ&ディスタンス~
子供達を庇うように押し下げ、一人で先行したサキの背は瞬く間に消えた。
「……私達は外に出るよ」
まともな説明もなく放置された状況に、シヨウは気を引き締める。
単独になってでもいなくなった子供を捜索しに行った時点で、良からぬナニカを察知したという証左だろう。
相棒の後顧の憂いを失くすべく、シヨウは任された役目を果たすことにした。
二人の背を押し、外に停めてある車に誘導しようとする。
しかし、ニイナは断固としてそこを動こうとはしなかった。
「待って、オーディーを置いていけない!」
「熱くなるなよ、ニイナ。
あいつの回収はあのハンターにやらせればいい。
自業自得の罰当たりで行方不明になる配信者擬きになる前に、どうにかするさ。
PALLETが無駄な給料を払ってなきゃな」
コリウスが暗いブルーの瞳を僅かに揺らしながらも手を伸ば――さず、明後日の方向を見ながら彼女を制止する。
しかし、ニイナは「オーディーを見捨てるの!?」と激しく怒り一歩も譲らなかった。
「プロだか何だか知らないけど、私の検証実験でオーディーが居なくなったの。
自分だけ先に逃げだすなんて、絶対にしない!」
「……責任感があるのは良い事だけど、それは別の形で果たせ。
人の心配をしたいなら、まずは自分の安全を確保できなきゃ話にならない」
ひとの手は借りない。
意地でも自分でどうにかしようとする物言いに何かを感じたのか、シヨウは『大丈夫』という曖昧な励ましを避ける。
手早く理屈を並べて優先順位を考えるように促してみたが、琥珀の瞳はそれでも諦めることを頑なに拒絶していた。
過度に子ども扱いしない手法は失敗に終わる。
もう強引に箒で飛んでいくしかないのか?
しかし――迷いは消えた。
胸ポケットから万年筆をパッと引き抜く。
「――え?」
暗がりでも分かる。
鋭く伸びたペン先からは、重々しい圧を感じた。
日常生活を送る中で目にする刃物の種類はそう多くない。
カッター、ハサミ、包丁……日々の暮らしをそっと支える何気ない刃物とは異なり、それは見た目もさることながら含まれる意味合いも一線を越えていた。
「――ッ!?
まさか、力ずくで脅す気かっ!?」
何てことない日々を生きる中で、一個人が手にするにはあまり長すぎる刃。
小さな女の子の問い掛けに、もう一人のハンターは何も答えない。
コリウスが咄嗟にニイナを庇おうと前に出るいじらしさに対しても、彼女は無言を貫く。
そのまま、ナニカを殺す為の武器を一閃させた。
――ヒュンッ!!
銀色のペン先が、虚空をりゅうりゅうと切り裂く。
パラパラ落ちるそれは、身構える二人の頭上から垂れ下がっていた。
あまりにも細い――、細過ぎる糸。
カサカサカサカサカサカサ――ッ!!!!!
糸が切れた瞬間――天井、壁。
あちこちから、何かが這い廻る音が鳴り響く。
ニイナは慌ててライトを照らし、音の発生源を探そうとする。
しかし、すばしっこい上に物影に隠れて反射光とCollar粒子による補足が出来ずにいた。
先程のけたたましい反応が嘘のように、何処を照らしても針は振り子のように右に左へと動くだけ。
つまりゴーストではない。
肉体を持った何かが、此方を狙っているということ。
「逃げろッ!!!!」
シヨウが鋭く指示を飛ばすと、二人は迷うことなく外に駆けだした。
けれどもあと一歩――、
バタンッッ!!!!
月明かりが冴える野の景色を無情にも扉が隠してしまう。
ニイナとコリウスはダンッ、と手をついてどうにかして押し開こうとした。
「コル! 押してッ!!」
「もうやってる!
ちっ、何で開かないんだ、この扉は!?」
「どけっ、二人とも!!」
直ぐに追いついたシヨウが、石突から穂を展開させる。
本来なら白インクによって白くなるところだが、人体に害のある化学インクということであの漂白カートリッジは没収されてしまった。
つまりこの穂は素の筆と同じ、ただ白いだけ。
しかし、飛行機能は健在。
寧ろシヨウ考案のカッコいい武器にキングロードだけでなく自分にも噛ませろと、開発部総出で手を加えられた。
一先ず、飛行だけでなく戦闘にも利用することを踏まえ、バッテリーの持久力を上げたらしい。
換えのバッテリーも、支給された装備帯に入れてある。
他にもあるが、今は割愛しておこう。
最高品質のバッテリーの推進力をのせた鋭い一刺しが、扉を突き破る。
長らく放置された扉なら、木端微塵に吹き飛ぶ――はずだった。
ガンッ!!
「な――っ!?」
とても木造とは思えぬ手応えと音。
明らかなイレギュラーの連続に、弾かれてたたらを踏んだ彼女が次にとるべき行動は一つしかなかった。
「奥に行けッ!
サ……ハンターの所へ!」
三人はサキが消えた通路の奥へと走り出した。
ニイナはライトの焦点を広げて先導する。
跳ねる機械をコリウスが邪魔にならないように持って並走する後方では、シヨウが刃だけを元のペン先に戻した。
そして、見えないなりに穂先を振り回して糸と何かに対し牽制しながら追従する。
ドタバタと瓦礫を避けながら駆け抜けると騒ぎが聞こえていたのか、チラチラと気にしながら廊下を進むサキの姿が照らし出された。
「シヨウ? 一体何の騒ぎ?」
「敵襲!! 複数!! 糸使う!! 開けた場所へ!!」
背後からは相も変わらず、カサカサと耳障りな音と無数の糸が迫る。
シヨウの端的な状況報告に、素早く手持ちのペンライトで穂を振り回す彼女の向こう側を確認。
銃口で狙いを定めようとするが、ターゲットが見つからない。
「チッ」
早々に見切りをつけた彼女は、ペンライトを銃に装着して先頭を走った。
扉を開けては走り――、曲がり――、開けて――、曲がって――、走り――、開けて――開けて走って走って走って走って――――。
何度繰り返しても、何処にも辿り着く気配がない。
「ねえ、この建物おかしいッ!!
外から見たときはこんなに広くなかった!!」
「そもそも、どう考えても中の構造……っ、無茶苦茶だ!
廊下の長さも部屋の大きさも、さっきからデタラメが過ぎる!!
それに、明らかに段々狭くなってきてるぞ!?」
「スポイラーの仕業ではないのは確かね! 反応がない!」
「じゃあ良かったねってなるかっ!! 余計に質が悪い!!」
細長い部屋、方眼升のような部屋、伸び縮みする廊下は幅が変わって瓦礫の配置がその都度変則的になり、全速力を出せずにいた。
あまりの奇妙な空間に疑問符を撒き散らしながら必死に足を回転させるも、天井が一層激しく波打つ。
「――このッ!!」
サキは走りながら黒弾を撃ち込んだ。
ダメもとで光源代わりに込めたCollarは、着弾と同時にキラキラと輝く。
しかし、サッと波が引くように躱すソレらには中々当たらない。
シヨウがカバーしているとはいえ、無数に飛び交う糸は先頭を行くサキにまで襲い掛かっていた。
一本、一本は大したことがなくとも、重なると途端に重くなる。
子供達も体力の限界なのか、荒い呼吸が目立ってきた。
かといって、銃弾で蹴散らすこともできない。
「銃じゃ話にならない……っ。
シヨウッ!! ノイズの対処はそっちに任せるわよ!!」
「了解ッ。リードは任せた!!」
銃がメイン武装のサキでは、この狭い通路で無数に放たれる糸を撃ち落とすのは難しく、刃が立たない。
改めて殿を任されたシヨウは、糸が絡みつき重くなってきた穂を仕舞った。
狭まる空間にまともに得物も振るえなくなった彼女は牽制を諦める。
代わりに柄を短くし、ペン先を再び鋭く伸ばした『刀剣形態』で糸の束を断ち切る専念をすることにした。
バンッ、バンッ、バンッ!
時折、斬りつけながら蠢く影に軸先から黒弾を撃ち込む。
サキの銃とは異なり弾としての素の威力が低い上、斬撃の妨げにならないようにさらに出力を弱めて射出されるそれは、一体どれほどの効果があるのか。
少なくとも律儀に躱すあたり、警戒しているらしい。
「あった!!
踏ん張りなさい、チビ達!!」
サキが通路の突き当たりに、何故か明かりが溢れるドアを発見した。
罠かどうか確認する暇は無い。
光のゴールラインに目掛けて揃って転がり込む。
ドタァァァンッッッ!!!
暗闇で慣れ切った目には眩し過ぎる光だった。
だが、思ったほどの光量ではなかったのか、すぐに慣れる。
「わっ!/きゃぁっ!」
「――っ」
急に立ち止まったサキの背に勢いよくぶつかった二人は、逞しすぎる彼女の体幹によって急停止した。
一方シヨウは、そのまま突っ込むわけにもいかなかったので、無理やり脇に逸れながら並べられていた小綺麗なテーブルにダイブする。
固定式ではなかったのかソファーまで滑り落ちた後、ぐらッと大きく傾いてからガタンッと元の位置に直った。
そして、床には――
「む、むぐぐぐぐぐぐぐ……っっ!!??」
全身を糸でぐるぐる巻きにされたオーディーと、それを解こうとしていた男の姿があった。
ご一読ありがとうございました。
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