#82 消えた友人
午前一時を回った――。
キ、キィ……
住宅街の一角、静まり返った一軒家の二階の窓が少し……また少し開く。
使い慣れたバックパックを背負うと、彼女は外壁の配管を伝って静かに庭へと滑り降りる。
大きな眼鏡を指先でクイと直し、夜闇に身を溶かすように秘密の集合場所へと走ると、そこには二人の少年――コリウスとオーディーの姿が、月明かりに照らされていた。
「遅いぞ、ニイナ。
発案者が遅刻するんじゃ、先が思いやられる」
コリウスは腕を組みながら呆れている。
一方でふくよかな体型のオーディーは配信者として自撮り棒の他、音ズレ防止用のヘッドフォンなど、多数の機材を担いで鼻息荒く目をキラキラと輝かせていた。
「でも、ちゃんとその探査機を持ってきてくれたならポチャスコープの深夜スペシャル用のネタは撮り放題だね!」
「機材の再調整に手間取っただけ。
今度こそ、余計な邪魔が入る前に行こう」
話をそこそこで切り上げた三人は、前々から幽霊の噂があった潰れた古い廃墟に急ぎ足で向かう。
自転車やオートボードで向かう手もあったが、見回りの警察に補導・発見のリスクを考えると荷物は少なく、小回りが利く方が良い。
街外れにあるその場所までは、子供の足ではそれなりの距離があった。
けれど、各々の正しさを証明したいという執念と、動画の再生数を稼ぎたいという野心が、彼らの小さな足をぐんぐんと前へと進ませる。
* * *
子供達の強行軍を、月は咎めることなく見下ろしていた。
吹き抜ける夜風は肌寒く、物影がより際立った夜の景色は昼間のそれと比べて不気味さの度合いが異なってくる。
草木が擦れる音――
隙間風が通る音――
名も知らぬ虫の音――
重い木製の扉を開けた先は、放課後とはまるで別の場所だった。
視覚が使い物にならないせいか、小さな音が鉄砲のように耳を襲う。
窓から差し込んでいた痛々しい西日は月明かりに変わり、瓦礫の山を冷たく照らす。
暗く、白く……埃の舞う床を、ニイナは臆することなく足を踏み入れると、自作の探査機を構え直した。
長い肩紐の先に下がった仰々しいマシンを前に回し、側面に引っかかっているライトを手に取りスイッチを入れる。
すると、不思議なほどゆっくりと光が伸びていった。
「……フン、やっぱり何も映らないじゃないか」
小さなビデオモニターが廃墟を映し出す。
光に照らされた物の反射光をビジョン化させるのだが、画面に不審な色影は見られない。
「いいよいいよ、コル。
そういうフラグを予め立てて置くと、後半で凄く盛り上がるんだ!
ほら、カメラに向かってもっと怖そうな顔をしてっ。
その方が深夜帯っぽくて、絶対視聴者が喜ぶんだからさ!」
「静かにして二人とも! 波長が乱れる」
一体何の店を経営していたのか?
見た目の割に広い店内を見落としが無いように探索していく。
ニイナはライトをカチカチと弄りながら、光線をあちこちに照射する。
ライトの針は、物にあたると右にフラフラ。
外れると左にフラフラ傾いた。
――キシ、キシ……
「……よし、ライトの焦点を絞った。
範囲は狭くなるけど、解像度は上がるはず」
「本当にそんな物で幽霊が分かるのか?」
「これはただの光じゃない、Collar粒子を含ませてあるの。
何も無ければカートリッジの残量に変化は無いけど、物や人に当たると対象が必要とするCollarが吸収されて減る」
彼女の手元には、光の回収率を示す針とは別にカートリッジの残量が小さくデジタル表示されていた。
コリウスは100%という数字を見て、分かりやすく顔をしかめる。
「カートリッジを変えたのか?
さっきあの黒い女に光を当てていただろ。
何で少しも減っていないんだ」
「変えてない……少ししか当ててなかったから。
あのくらいじゃ減らない」
「故障してるんじゃないのか?」と嫌疑的な彼にムキになったニイナは「してないってば!」と強く否定し、説明を続けた。
「いい?
人は物体に当たった反射光で物を認識してるから、この探査機はその仕組みを利用してる。
このライトに元々搭載されている省エネモードを利用して、返ってくる光量の回収率から透過度を割り出せるようにした。
左側なら回収率はゼロだから、透過率の高いガラスや何もない場所。
右側で振れれば光が回収されるわけだから、実体のある何かってことになる。
つまり針が中間あたりで振れれば、そこにいるのは物としては曖昧だけど存在はしているゴーストってこと。
元々人だから、多少はCollarに反応してカートリッジの残量も減るはず」
モニターをコツコツと指の関節で叩いて強調しながら、今回の実験の予想を立てる。
「そして、反射光と吸収されず残ったCollarから、このモニターで対象物の色形を補足する。
何もなければ暗いまま、何かあればシルエットが出るはず」
「『はず』ばかりだな。
あてになるのか、それ?」
「分からなかったらまた改良するだけ」
「……お前、デモレンズのクセにその根性だけは本当に研究者向きだよな」
「デモレンズって言わないで、ちゃんと度は入ってるんだから」
「入っていたら、もう少し現実的な頭になるだろ」
お互いに皮肉と持論のうんちくを言い合いながら、奥に向かって慎重に歩いていく二人。
そう、二人――。
「――って、あれ? ちょっと待って。
オーディーはどこにいったの?」
ニイナはふと足を止め、瞳を丸くして周囲を見回した。
つい先程まで雰囲気に合わせてぼそぼそと台詞を入れていたはずの楽観的な声が、いつの間にか消え失せていたのだ。
「ハァ……あいつはまた勝手にふらふらと――。
どうせネタを探しにでも行ったんだろ。
何も無ければこっちの様子を見に戻ってくる」
コリウスが何時ものことだと首を振って、放任を決め込む。
彼女は「オーディー?」と探査機の画面を覗きながら、オーディーの姿を捉えようとしたその時だった。
――キシ、キシ……
何かが軋むような音が、自分達の鼓膜に届く。
どうせまた風の悪戯だ――、
ピッ、ピピピピピピピピッッッ!!!!!
「――嘘!? センターに引っ掛かったッ!!」
ライトの針が中央で触れると、音で知らせるようにしておいたのだ。
特売で買ってきた一般用カートリッジの残量が、今までとは比較にならに程に残量が目減りしていく。
「ひゃあああっ――」
奥から情けない悲鳴が小さく聞こえたかと思えば、不自然に途切れた。
そして、何も聞こえなくなる――。
「「オーディーッ!!」」
悲鳴を聞いた二人は驚きのあまりお互いに顔を見合わせ叫ぶと、咄嗟に駆け出そうとした――が。
ガシッ!
「「――ッ!?」」
同時に肩を強く掴まれた。
背後から音もなく伸びてきた何かによって、叫び声をあげる間も無く塞がれる。
「――静かにしなさい。本気で警察に通報されたいの?」
「全く、なんでまた来るのかな……」
小声で諌める謎の影の正体は――あのハンター達だった。
ニイナは驚愕の表情で固まったまま。
サキが静かに「騒がないわね?」と言って彼女がコクリと頷くのを確認してから手を離した。
聞き覚えのある声にすぐさま振り向いて数時間ぶりの姿を確認すると、またかと苦々しい顔つきになる。
「何……また?
ハンターって夜中に廃墟をうろつくほど暇なの?」
ツンケンと背伸びしたトーンで皮肉を言うが、コリウスを解放したシヨウは気にした様子もなくきっぱりと言い返した。
「心外にも程がある。
私だって好き好んでこんな時間帯に出歩いてる訳じゃない」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一時間前――。
シヨウは初動室のベッドでスヤスヤと安眠の真っ最中……
バァァァンッッッ!!!
「起っきーなさーーーーいッ!!!!」
……だった。
「――ッ!?」
熟睡していたとはいえ、いつ誰に襲われるか分からないホームレス生活の名残か。
堂々とやって来た侵入者によるモーニングコールで、跳ね起きた。
可哀想に。
驚きのあまり布団を盾にして体制を低く身構える彼女の心境など露知らず、ヅカヅカと奥に鎮座するベットまで近づくやいなや、シヨウの腕を強引に引っ張る。
「お化けと言ったら夜が本番でしょ?
あの廃店舗の通報。
もしかしたら夜中にスポイラーが現れていて、それが近隣住民に幽霊として騒がれているんだとしたら、早めに対処するに越したことはないわ!
現場に殴り込みに行くわよ!!」
「はあ――? ふぁああぁぁ……。
どうせネズミか――、何かぁって……言ってたじゃんか。
デバイスだって、何も反応しなかった……」
寝起きで怒る気力すら沸かない。
思わず出る欠伸でまともに言葉も紡げず、雑に宥めにかかった。
「わっ」
床にたぐまる布団に座り、サキの膝裏を両足で強引に寄せながら掴まれた腕を引っ張り返す。
意外な反撃に目を丸くする彼女の栗毛を、適当に撫でて寝かしつけようとするが――、
「だから今行くのっ。
ほら、早くしないと獲物が逃げちゃう!」
深夜に目覚めてしまった犬が、どうしてもと散歩をねだるようにグイグイと力を緩めることはなかった。
「いるかどうかも分かんないのに……その熱量、なんなの……?」
サキのその異常なまでの戦闘への熱量に心底呆れ果てる。
ここ最近はダストシュートされた通報の処理ばかりを押し付けられていたせいで、警備部上がりのハンター様は完全に実戦に飢えていた。
昼間のお散歩程度では体力が有り余ってしまい、全く寝付けなかったのでダメ元でゴーストにとってのゴールデンタイムに押し掛けることにしたのだ。
勿論――、相棒も携えて。
ある意味、手掛かりを欲していたシヨウよりも積極的に、空箱かもしれないミステリーボックスに嬉々として手を突っ込む気満々。
準備が終わるや否や、紐付き風船のようにサキは彼女を攫ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「というわけで……運動不足の相棒に叩き起こされて、こうして深夜のお散歩に付き合うことになったんだ」
眠気眼で事情を説明すると、逆に目をギラギラさせていた女ハンターは不謹慎にもガッカリの空気を隠そうともしない。
「結局居たのは、ちびっ子カップルだったけど」と愚痴を溢した。
「誰がカップルだ、くだらない。
そんなガキ臭いジョークで普段遊んでいるのか、アンタらは?」
「ジョークだって分かってるなら、真に受けるんじゃないの。
ほら、さっさと帰るわよ。
今度こそ確実に家に叩き帰してあげる」
「ダメっ、オーディーがッ!!
オーディーがまだ奥にいるのッ!!」
気怠げなサキの言葉を遮るように、ニイナは待ったを掛ける。
「オーディー? 誰よそれ」
「……動画がどうのと喚いていた、あのぽっちゃりの奴だ。
あのバカ、ネタ欲しさに面倒事に首突っ込んだんじゃないだろうな……?」
コリウスは眉間寄った皺を更に深くさせながら、苦々し気に悲鳴が聞こえた方向を睨みつけた。
連れ帰るなら全員拾っていかなければならない。
自分達が面倒事そのものだと気付いていないのかと、内心ぼやきながら迷子の男の子を探しに行こうとサキは相棒に声を掛けようとした。
チーーーーン……
その場の全員の動きがシンクロする。
建物の奥のさらに奥から、薄いガラスを弾くような音。
反射的に意識を向けた先。
闇色の空間がぐにゃりと揺らめくような気配に、サキの目は鋭く研ぎ直された。
「――嫌な気配ね。
シヨウ、その子たちを頼んだわよ」
ハンターとしての感が働いたのか、銃を構えながら子供達をシヨウに任せる。
そして、単身で件の音を追って先行していった。
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