#81 幽霊の正体?
「ほらね。
やっぱり、ただの劣化だったじゃない」
車内を刺し貫く斜陽に邪魔されながら、シヨウはタブレットに報告を書き込んでいく。
「はいはい、花丸あげよう。
植木鉢の移動はお隣さんのリフォームによる境界線の勘違い。
シーツのねじ切りはカラスの資材調達。
期待はしていなかったとはいえ、ここまでしょうもない内容が続くと逆に疲れる……」
お昼ご飯を平らげた二人は片っ端から通報現場を回って、その正体をひとつずつ明らかにしていった。
ブランコを揺らしていたビル風には突風防止用ネットを張るよう近くの管理組合に連絡を入れ、モニュメントの破裂音や自販機の呻き声に対しては、専門の修理業者にすぐ通達するように支援部に報告してお願いした。
「でもこれで粗方片付いたし、初動室も暫く静かになる」
「だといいけど。
……あ゛ーーッ! やっと終わったー。
もうランチで入れたカロリーが空っ穴」
「嘘でしょっ!?
あんな悪魔飯とパフェ食べて置いて?」
サキの頼んだ日替わりランチは丼ものだった。
荒めに砕いた天ぷらやかき揚げをつゆや青のりと一緒に混ぜられ、頂点を飾るは真っ赤な卵黄様。
別添えの小皿にはこんもり盛られたマヨネーズ。
汁物と口直しの漬物が申し訳程度に盆を埋めるセットだった。
卓上調味料のラー油のようなものを時折かけながら炭水化物をかきこむ様は、器に頭を喰われているのではないかと思う程。
〆を飾ったチョコミントパフェは、馴染み深いミントブルーが前面に押し出された一品。
薄いチョコがグラスの中で螺旋を描き、パリパリと砕きながら青いアイスと青いクリームを削っていく。
机を挟んでも香る程の清涼感に、興味を示し食べてみたが……。
――ミント好きには堪らない味とだけ、言っておく。
「あんなの序の口に決まってるでしょ。寧ろあんたはあれで足りたの?
薬味の半分は私が食べちゃったじゃない」
「その節は、大変お世話になりました……」
シヨウが頼んだ冷やし茶漬けは、サキと同じ温かい汁物と漬物。
そして、荒く砕かれた質のいい透明な氷がこんもり乗せられた冷や飯の茶碗が真ん中に置かれていた。
冷たい出汁が入った陶器のポットの横にはネギ、ミョウガ、塩もみのキュウリ、梅、昆布、魚のほぐし身……。
――前半三種、全滅。
「ランチの値段を考えれば妥当な薬味ではあるのは分かるけどさ、それならいっそ薬味を無くして価格を抑えてくれた方がまだ良い……」
「漬物のキュウリは食べれてたじゃない」
「あそこまで調味液に漬かってちっちゃくひしゃげたやつならいいよ。
キュウリの味なんてほとんどしないもん。
けどまぁ……この世界の東洋が私の国の文化と近いっていうのは確認できた。
良くも悪くも素材を生かす料理文化っていうのも」
苦々しく反省するシヨウに「あんたは野菜を食べる時、徹底的にテコ入れするものね」と笑いながら、サキはブレーキを踏む。
夕日を浴びて佇む、古びた店舗――。
周囲の建物もまばらで、閑散としていた。
年月とともに生きてきた『春夏冬』とは異なり、時間の流れに置いていかれてしまった看板の文字は、完全に錆び付いている。
割れた窓ガラスの奥では、暗闇がぽっかりといくつも口を開けていた。
「思っていたより大きいな。
ちょっとした家ぐらいはある」
「どうせここも、ネズミが奥の木箱でもひっくり返してるだけでしょ。
さっさと『異常なし』のスタンプを押して、帰るわよ」
車の扉を閉じると、音がやけに響く。
愛銃が納まったホルダーを軽く確かめながら重い木製の開き戸に手をかけた。
すると――、
「――早く済ませろ、ニイナ」
「静かに、ゴーストに気づかれるでしょ」
暗闇の奥の部屋から聞こえてきたのは、あきらかに人間の――、それも幼い子供の声。
シヨウはチラリと相棒を見ながら、こそっと言う。
「――こちらの世界のネズミさんは、随分とお喋りがお上手で」
「はぁ……終業間際に一番面倒くさいネタを引き当てちゃったってわけね……」
「今日のくじ運、悪過ぎ……」と、形だけ#000000を構えた。
キーィィィ……
静かに開くと、扉は小さく悲鳴を上げる。
夕暮れ時とはいえ、まだ日は十分に働いているはず。
なのに、中では一足早く夜を迎えようとしていた。
僅かに外界から漏れるオレンジの光が、埃に散乱してカーテンのようにたなびく。
ザラザラとした床を極力鳴らさないように忍び足で歩いていくと、いくつか間仕切りがされており、奥まった場所からコソコソ物音が聞こえてきた。
こっそり覗いてみると、10代前半ぐらいの子供達が……一、二、三。
使い込まれたリュックを床に放り出し、妙に不格好な機械の周りで頭を突き合わせている。
サキが呆れたような顔で顔を振ると、シヨウに目配せして顎で話しかけろと促す。
彼女は敢えてフードを被ってから、低め声を意識して告げた。
「――みーつけた」
『わ゛ぁーーッ!』
小さな体が一斉に飛び上がって、こちらを振り返る。
暗がりから突然現れた黒いシルエット。
色味が少しも無い人型のそれを見て何を思ったのか、眼鏡の女の子が箱型の機械から伸びるライトをシヨウにすかさず向ける。
「――っ」
突然瞳に飛び込んできた光に堪らず腕でガードすると、機械のメーターの針は右側に振りきるだけだった。
「な、何だ――、ただの人じゃない。
……って、何? その髪と目」
癖のあるスレートブルーのショートボブ。
丸眼鏡越しに、琥珀の瞳が訝し気に睨みつける。
「く、黒ぉぉ!?
もしかして新種のスポイラーっ!?」
ガチャガチャと撮影機材らしきものを抱えるぽっちゃりとした男の子が、もう一人の男の子の服を掴んで揺さぶった。
あまりの慌てようにキャラメルブラウンの髪が、ヘッドフォンに絡まって微妙に痛そうである。
「落ち着けっ、そんな訳ないだろ。
よく見ろ、ハンターだ。バッチが付いてる」
体格負けしている男の子は、ウザったそうに彼を振り払った。
シヨウは自分の髪の毛を摘まむと、後ろに控えていたサキに助言を求める。
「こういう時、どう反応を返すのが正解だと思う?」
「そんなの『私こそ世界を滅ぼす大魔王よ』とか言って、泣かせて家に帰せばいいのよ」
「『なまはげ』じゃあるまいし」
どうしたものかと相談するも、どちらも女性だとみて侮ったのか、鼻で笑いながら一歩前に出る少年。
「……大体、その黒、本物か?
どうせ染めてるだけだろ。
目立ちたがりの女にしては、趣味が悪いな」
グリーンのメッシュが葉脈のように映える、暗い紫みの青髪。
どこか陰りのある海色が値踏みをして、馬鹿にした物言いでつっかかる。
年頃の男子の皮肉を久々に聞いたシヨウは、構うだけ図に乗ると分かっていた。
「――触ってみる?」と、その顔の前に頭をぐいっと近づける。
すると声にする暇もなかったのか、彼は勢いよく後ろへ飛び退いた。
「うおおおぉぉぉッッッ!!!!
ぼ、ボク、触っても良いですか!? 良いんですかっっ!?」
おっかなびっくりしている二人をよそに、ぽっちゃりの子はライム色の目をキラキラさせて黒髪を一心不乱にわしゃわしゃと触り始める。
「ストップ、ストップ!
人の相棒を珍獣の毛並みみたいに好き勝手に撫でないの!
シヨウもサービスは程ほどにしときなさい。毛を毟り取られるわよ」
相棒から強引に子供を引き剥がしながら、サキは眼鏡の女の子が抱えた不格好な機械へと視線を送る。
「で――?
深夜の不審な物音の正体は、この機械をガタガタ組み立てていたあんた達ってことでいいのね?」
「……違います。
私達は今日、ゴースト騒ぎの噂を聞いて初めてここに来ました。
マシンを組み立て始めたのは、貴方達が来る前」
眼鏡の位置を直しながら、不満げな態度を隠しもせず無実を主張する女の子。
あまり歓迎している様子でないのが見てとれる。
「つまり幽霊探しの為に、わざわざこんな所まで来たと?」
「幽霊じゃない、ゴースト。
私は科学的にゴーストを立証するために来たんです。
分かったら放っといてもらえますか?
学生の自由研究の権利に口出しする権限が、ハンターにあれば話は別ですけど」
「何が科学的立証だ。
ただのオカルト本に感化されただけだろ。
何回言わせれば分かる、デモレンズ。
この世にゴーストなんて100%存在しない」
「100%なんて言葉は、実際に証明してみせてから言ってくれる?」
片やゴーストを科学の力で証明しようとし、片や科学の観点からそんなものはいないと全否定している。
存在しないものを証明しなければならない難しさを考えれば、女の子に分があるように思えた。
「まぁまぁ二人とも、喧嘩はよくないよぉ。
ボク的には、お化けが本当にいてもいなくても、この後の展開がどっちかでド派手に盛り上がって、動画の再生数が伸びてくれれば、それで大満足なんだけどね。
ところでお姉さん、今度ゲストとして出演してくれませんかっ!?」
超エンタメ重視のスタンスのメンツも加わり、いよいよ場がカオス化しそうになった時だった。
「はいはい、そこの天才科学者もリアリストの野次馬も、ついでに配信者のボクもそこまでよ。
大人も子供も、もう帰りの時間はとっくに過ぎてんの。
さっさと荷物をまとめて家に帰りなさい」
「まだ何も観測してないのに帰れるわけない」
「断る。
俺だって、ゴーストなんていないと証明するために、わざわざどうしようもない二人のお守りをやってやってるんだ。
ここで検証を終わらせられたら、向こう1ヶ月はゴーストはいるんだと煩く騒ぎ続けるに決まってる」
「ボクの動画撮影だってまだ始まってすらないよぉ」
サキの帰宅命令に動じず、三者三葉の言い分で拒み続ける。
そんな彼らを見て、シヨウが諭すように言葉を重ねた。
「――私達は通報を受けて、ここに来た。
今回は『子供の悪戯、異常なし』として報告を入れておく。
だけど、もし君達がこのままここに残ってまた物音を立てれば、今度は警察あたりが不良の溜まり場になっていると判断して補導しに来るかもしれない」
『――っ』
「あんまり手間を掛けさせるなら、私達が直々に警察にエスコートしてもいいのよ」
瞳のプリズムをギラリと光らせる。
ハンターの本気の凄みに何も言えなくなったのか、眼鏡の子は溜息を吐きながら探査機を片付け、苛立たしげに帰っていく。
残りの二人も彼女を追って帰っていった。
燃えるような夕日で出来上がった影に、彼らが消えていく。
「これにてしまい……かな」
終業の言の葉が、ひらり――――
虫のさざめきの中に、落ちた。




