#80 秋なし 〜葡萄のソルベを添えて〜
お昼時の眩しい太陽が、走る車を見下ろしていた。
「さてと……。
で、お昼どうする?」
熱い日差しに湿り気を感じ、襟をパタパタさせながら尋ねる。
ガリゴリとタバコ菓子を噛み砕いている様子から、いい加減お腹が減って苛立ちそうな空気を察してのことだった。
不穏な陰りを見せ始めていた瞳が途端にキラッキラにさせてサキは、待ってましたと言わんばかりに吠える。
「それなら、前に言った私のイチオシに連れってってあげる」
意気揚々とアクセルを踏み込むと、裏路地から真新しいコンクリートジャングルに様変わり。
何百枚というガラスが真っ青に染まり、白い雲が点々と写っていった。
鋭い陽光はギラギラと反射して眩しい。
暫くすると、綺麗にならされた道路がガタつき始める。
「普段は歩きで行ってるから、此処に停めるの慣れないよねぇ」と、見つけるのに苦戦した離れのパーキングエリアに車を停めた。
ビジネス街からやや離れているせいか、繁華街にしては落ち着いている。
ゴツゴツした石畳を靴底越しに感じながら歩き続けると、目当ての店が現れた。
藍色の暖簾に白文字で――、
『春夏冬』
「『あきなし』か。
飽きがこない、と商売の商いをかけてるのか」
こっち世界の東洋文化に興味があったが、ここまで故郷に似通っていることに少しシヨウは驚く。
「初見でそこまで分かるなんて、やっぱりあんたのとこの国と似てるのかもね。
この文字も東洋のもので、スマホで調べないと読めないのに」
「私にはどれも同じ風にしか読めないけどね」
不慮の事故でインストールされた翻訳能力のおかげで、どんな文字でも形の違いは分かれど、母国語としてしか理解できなくなっていた。
彼女は妙な感覚に苦笑いしながらも、言語の学び直しという苦労をせずに済んだ幸運を素直に受けることにし、外観を改めて観察する。
二階に掲げられた木製の看板にも力強く三文字が刻まれており、長い年月で磨かれた飴色の木肌によく馴染んでいた。
蔦の葉がその縁と外壁を優しく彩っており、瓦屋根や格子窓など異国情緒に溢れた建物。
大きなガラス窓や鉄の街灯、洋館を思わせる白い漆喰壁が溶け合う不思議な佇まい。
店先には夏の花が咲いた鉢植えが所狭しと並び、店内から漏れてくるのは出汁の優しい香り。
昼時であることも相俟ってか、パンチ力のある焦げの香りが通りにまで流れ出し、気付けば誰もが暖簾をくぐってしまう。
一歩店内へと入れば、そこは外観どおりのモダンで美しい内装だった。
シックなカウンター席と洋風のテーブルと椅子が並んでいて、二階は小上がりの畳張りの席らしい。
窓際のテーブル席に座ると簾風の日差し避けの隙間から、店先の花が顔を覗かせる。
「私、日替わりランチセットの大盛り。
それと――」
何かを探しているのか、サキは首を伸ばす。
視線を辿ると、今月のパフェのイラストが張り紙に描かれていた。
「今月はチョコミントね。
『あなたはチョコ派? ミント派?』かですって。
シヨウはどっち派?」
「んー……どちらかと言えばミント派かな。
あんまりチョコミントは食べないけど。
だからこそ、食べる時はしっかりミントを感じたい」
「一理あるわね。
チョコ主体なのも捨てがたいけど……オッケー、ミント派パフェにするわ。
そっちは決まった?」
シヨウはメニューをざっと見てみる。
オムライス、ハンバーグ、魚や肉の焼き、煮つけ、グラタンに揚げ物……ちょっとしたファミレスレベルの取り揃えに悩んでしまう。
メニューの豊富さもそうだが、なにより自分は偏食持ち。
食べられない具材が入っているものは、極力避けなければ申し訳ない。
シンプルでなるべく食べられそうなものは――。
「冷やし茶漬けセットと……あっ、すみませーん」
「はーい」と女性の店員さんがお冷を持ってやって来る。
黒い髪に少し驚いた様子だったがそこは仕事人、気を取り直して笑顔を作り直した。
メニューを指差しながら「今月の水菓子って何ですか?」と尋ねる。
「今月はブドウです。
赤い小粒の品種で甘酸っぱいですよ」
「なら、冷やし茶漬けセットと水菓子の氷菓仕立てを。
それと、日替わりランチセットの大盛りとミント派パフェ――、でいいんだよね?」
サキに確認を取ると「ええ」と問題なしの合図を頂いたため、店員さんに「それでお願いします」と注文を入れた。
「かしこまりました。
デザートはお食事の後に致しますか?」
「あっ、先で大丈夫です」
「先でいいの?」と不思議そうにするサキに「順番はあんまり拘らない。ご飯待ってる間に食べてられるし」と返す。
彼女は納得したのか「パフェは後でお願いします」と要望を口にすると、軽くメモを取りつつ店員は了解の意を示し去っていった。
「畏まりました。少々お待ちください」
「ふう~」と人心地付いた様子のシヨウを可笑しそうに笑いながら、サキは揶揄う。
「な~に~。こんなところで緊張したの?」
「緊張するのは寧ろこれからだよ。
食べれないヤツが入ってなきゃいいんだけど……」
「……ああっ! あんた野菜嫌いだったわね。
偏食だとこういう外食でのメニュー選びに苦労するんだ?」
「オムライスとかハンバーグは特に危ない。
歯ごたえを意識して敢えて玉ねぎを大きく刻んでくる場合がある。
まあ……茶漬けならネギ類は出ないと思うけど……。
それより、またミント?
この前のパーティーでもミントパスタ食べたじゃんか」
汗をかいたグラスを傾け、水を飲む。
テーブルの上に支給されたばかりのタブレットを置いて、残りの通報を整理しだす相棒を見て嫌そうな顔で眺めた。
「もう夏だからでしょ。
ここは月ごとに変わるメニューがあって、特にパフェは外せないわ。
向こうの国の季節感に合わせるから面白いのよ。
――それで、残りのクレームは何?
ご飯が来るまでに、さっさと消化しちゃいましょう」
シヨウは画面をスライドさせながら、回ってきた退屈な通報の内容を順に読み上げていく。
「まずは北街区の住民から。
『裏庭の植木鉢がいつの間にか勝手に移動している』」
「泥棒が足場にでも使っただけでしょ。次」
「それはそれで問題あるだろ……。
次、中央広場。
『広場にある使われていないモニュメントの影から、たまに奇妙な破裂音が聞こえる』」
「ただの金属の熱膨張か何かよ。はい、次」
「西の住宅街。
『誰も乗っていない公園のブランコが、たまに激しく揺れている。
レベル0のスポイラーの可能性』」
「風の悪戯」
「商業地区の路地裏。
『ゴミ捨て場から、カサカサと音がする』」
「野良猫のゴミ漁り」
「南のクリーニング店。
『物干し竿に干していたシーツが、風もないのに不自然にねじ切られていた』」
「ただの悪戯か、カラスが巣作りの材料に千切っていっただけよ。
本当にどれもこれもゴミみたいな通報ね」
サキは心底つまらなそうに、グラスの氷をガリゴリ噛み砕いた。
「ラスト。
――『街外れの潰れた古い店舗の奥から、何やら不審な物音が聞こえる。
夜な夜な幽霊が出るという噂があり』」
「はぁ? 幽霊ぃ?
支援部もいよいよオカルト趣味に毒されたわけ? それともただの嫌がらせ?
どうせドブネズミの群れが住み着いてるだけでしょ」
「お待たせ致しました、ブドウの氷菓仕立てです」
「ありがとうございます」
「残りのお料理は、もう少々お待ちください」
――透明な硝子の器に盛られた鮮やかな赤紫のソルベ。
皮ごと凍らせた小さなブドウの実が散らされ、葉と蔓を模した緑の飴細工がキラリと彩る。
「可愛い」と感想を溢しながら、さっそくキンキンに冷えた銀の匙で掬い上げ、口に運んだ。
シャリ、シャリ、シャリ
氷の粒を嚙み砕く合間に感じる、異なる食感。
凍った果実が口内の熱でつるっとした舌触りと弾力に変わり、薄皮の渋みが甘いソルベの良いアクセントになっていた。
皮は軽く水をつければ剥けるが、あえて皮ごと出したのはこの為か?
話が切り上げられ暇を持て余していた向かいの彼女は、頬杖を突きながら〆にかかる。
「――いいわ、その最後の廃店舗だけサクッと見て、今日のお仕事は終わりにしましょ。
他のどうでもいい植木鉢だのブランコだのは、全部『異常なし』って報告しといて」
「しない。全部見て回る」
きっぱりと断ると、サキは「あん?」と怪訝そうに片眉を跳ね上げた。
「残り物には福――、いや、この場合は厄があるの方が正しいのか。
調べるだけ無駄だと決めつけられて、ウチに回ってきたネタなら訳アリが紛れている可能性が高い」
面倒事に首を突っ込むタイプではないが、元の世界に帰るための手がかりなんて、まともな通報の中には恐らくない。
あればそもそも騒ぎが起こる。
ならば、ある意味選別されたこのガラクタのような情報の中にこそ、掘り出し物のネタがあるかもしれない。
「あんたねぇ、こんな何の生産性もないお散歩に付き合わされる私の身にもなりなさいよ。
こっちは場所だって全部知り尽くしてるの、行くだけ時間の無駄」
「そりゃあ良かった、じゃあ道案内は任せた。
そもそもこの通報処理は半分、この辺の地理を全く知らない私自身のマッピングのためでもある。
丁度通報先もまばらだし、彩流市全体を見て回るのに丁度いいじゃんか」
がっ、と掬った匙をサキの口元に寄せた。
上下にプラプラと指先で動かしながら、真っ黒な瞳で見つめながらフッと笑って見せる。
「バディが担当の街を把握できていないっていうのも、心許ないだろ?
それに、新人の面倒を見るのは先輩のつ・と・め。
ということで、よろしく相棒」
「……あ゛ぁー、もうわかったわよ!
行けばいいんでしょ、行けば!」
サキは頭をガリガリとかきむしり、差し出されたソレに食いついた。
酸味と急な冷感に、顔をキュッとさせて。




