#79 八国玩具店
海岸の漁師との回顧から、また数日。
二人は中心街の路地裏にひっそりと佇む八国玩具店へと足を運んでいた。
そこはかつて、シヨウが単身でクロム社を追いながらホームレス生活をしていた頃、お世話になった玩具店だった。
汚れた服を身に纏い怪我をしながらも、まともに治療もせずにふらふらと歩く若い少女を見て、ただ事ではないと思ったのだろう。
あっさりと店内に招き入れた人の良いお婆さんはシヨウの実年齢を聞いて驚きながらも、彼女の頼みを快く承諾した。
簡単な掃除や高所の整理の仕事を宛がい、給金代わりに型落ちの玩具の融通や店の奥の改造スペースを貸したのだ。
おまけだと言って握らせた駄菓子は彼女にとって弱っていた心を優しく励ます活力源となり、大変助けとなった場所である。
「ごめんくださーい。
イトさん、いらっしゃいますか?」
ガラガラと引き戸を開けて声をかけると、初老の女性がカウンターの奥から顔を出した。
「あらまぁ、よく来たねぇ、シヨウちゃん。
今日も何か面白いモノを作ってくのかい?」
温かい雰囲気をまとった店主――、イトさん。
彼女の姿を認めるなり、目元をくしゃりとさせながら笑う。
雪被りのライラックのような髪がアジサイの如くふんわりとまとめらており、眼鏡の奥で藤色の瞳が焦点を合わせようとしていた。
古代紫の着物を紫根の暗い半衿でキュッと色が締められ、小花柄が全体にあしらわれた田舎のお婆ちゃん服の襟や袖がチラリと見え隠れしている。
知らずとも懐かしいと理解できるキャラデザのピンバッチで飾られたデニム生地の作業用エプロンが、意外とマッチしているのが驚きだ。
「いえ、今日は今までのお礼とご挨拶に。
この度、派遣社員としてPALETTE支部で働かせて頂けることになりましたので」
「そう! 良かったわねぇ♪
やっと、落ち着いて腰を下ろせる場所ができたんだね?」
「はい、お陰様で。
その節は色々と助かりました。
これ、縁あって漁師の方からたくさん頂いた魚介を処理して冷凍したものです。
よければ召し上がってください」
貰い物を返礼の品にするのはどうなのだろうと思ったが、サキの部屋でスマホと睨めっこしながら下処理した魚を見て「あんたの手がちゃんと入ってるんだから大丈夫よ。店に卸してるくらいだし、良いモノには違いないんだから」と背中を叩かれた。
小さな発泡スチロールの箱に詰め直したものを差し出すと、「まぁ、ご丁寧にありがとう」と嬉しそうに受け取ってくれたので、シヨウの心配は杞憂だったらしい。
「へぇ……。
外見に似合わず中は大型店舗並みに揃ってるわねぇ、ここ。
古いものから新しめのものまで、時代が迷子になってるって感じ」
サキは初めて訪れる店内の光景に目を丸くする。
日焼けした紙箱や色褪せた籠の中にはコマやシャボンセット、プラスチックで出来た弓矢など、安っぽいビニールに入れられた玩具がごちゃっと放り込まれ、レジ前は古いポスターや値札、メモ書きなどで埋め尽くされていた。
穴ぼこが目立つスーパーボールの台紙が画鋲に引っ掛けられているかと思えば、ピンッと張った包装ビニールが光るプラモや大型の玩具がドンッドンッドンッと控えている。
壁の白いコルクボードにはサバゲー用なのか、ごついエアガンやナイフ、手榴弾、ハンガーラックにはミリタリーベストやコスプレ衣装などの類も引っ掛かっている。
「んふふ、面白いだろ?
古いモンも新しいモンも、ごちゃ混ぜが一番ワクワクするんだよ♪」
小さく揺れるグラスコードのビーズがきらり――、きらり――と妖しく瞬く。
二人は店内を物色することにした。
サキはシヨウが使っていた水鉄砲が気になっていたのか、夏季オススメのPOPが吊り下がったコーナで商品を取っては戻すを繰り返す。
イメージ通りの代物と気合の入った性能過多との値段の差に、恐れおののく姿を見て店主はにやにやする。
シヨウはハンドメイド用のパーツや、もはや間違い探しなのでは? と問いたいレベルの豊富な塗料、電池や工具等を興味深々に眺めていた。
多種多様な商品が置かれている関係なのか、改造・修理用品も取り扱っているらしい。
※ ※ ※
お試しスペースで小さな鉄球を弾くアドベンチャーゲームのテスターを見つけ、交互に遊んでみたりもした。
バネの弾き加減が案外難しく、サキの鉄球がゴール手前で無情にも転がり落ちる様を見て学習したシヨウが、見事ゴールに辿り着く。
しかし、「後攻は勝確よ、ズルいっ」と別コースで先に石橋を叩くようにせっつかれ、撃沈。
その後、見事ゴールを掻っ攫い喜ぶサキが「負けず嫌いめ」と呆れられるオチとなった。
※ ※ ※
棚の隅で叩き売られていたお菓子付きのカードパックを、運試しにと一パックずつ買って引いてみる。
シヨウが引いたのは表面が綺麗にコーティングされた、スペシャルアートのカードだった。
臙脂色の人魂が浮いた墓地をバックに、羊の角と悪魔? のような翼が生えたアニマルモンスターがはしゃぐ姿が描かれている。
「何が出たの?
……って、うわっ、それどう見ても当たりじゃない!
私なんてよく分かんない呪文カードよ」
「可愛いいけど、こっちの世界のサブカルは知らないし……。
サキ、いる?」
「要らないわよ、私だって知らないもの」
取り敢えず、小さなケースに入れられた無料スリーブに滑り込ませ、財布の中に仕舞った。
それから、おまけで付いていたウエハースチョコをサキと並んでサクサクと食べながら、シヨウは少しだけトーンを落とす。
「イトさん。
……もし今後、何かおかしな噂話や妙な事件があれば、私に教えてくれませんか?」
「おかしな話、かい?」
「はい。どんな些細なことでもいいので、何かあれば教えて欲しいんです。
あー……あれです。
私、今、このハンターであるサキのバディをしているんですが、特別事案初動室と言う所で管理人もしているんです。
基本的には誰も見向きもしないような通報を担当していて……それで、早め早めの対処をしていこうと思っていまして」
実際は元の世界に帰るための、手がかり探し――。
まともに探したところで見込みがない以上、街の古い歴史や子供達の間で囁かれる噂話は宝くじのような確率とはいえ、まだ可能性があるのだ。
仕事の都合と説明されたものの何か察したのか、彼女は電話番号が書かれた名刺を受け取りただ優しく、深く頷く。
「分かったよ、シヨウちゃん。
この店には色んなモノが流れ着くからね。
何かあったら教えるよ」
「ありがとうございます」
「よし。
それじゃあ、これで挨拶回りは終了ね。
お世話さまー」
サキは懐かしい駄菓子をいくつか買い込み、シガレット型の砂糖菓子を咥えながら車に向かった。
シヨウも「また来ます」と軽く頭を下げ、黒いジレの裾を翻しながらの助手席へと滑り込む。
内と外を分ける扉の境界を日差しが煌々と照らした。
そして光の帯は、次第に細い糸となって……断ち切れる。
カランコロンと鳴った鈴の音と共に――。
ご一読ありがとうございました。第2章の突入でございます。
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