#78 稼働! 特殊事案初動室
「――『足音がする』だの『変な猫みたいなのがうろついてる』だの……。
お払い箱の名前の通り、本当にゴミみたいな通報ばっかりね。
ひとの部署を何だと思ってんのよ」
反応のないデバイスを不満げにいじりながら、心底詰まらなそうに口を尖らせる。
魚人と化した社長と世界の闇に向き合った決戦が終わり、センジとシヨウの三人で一週間みっちり大掃除をした結果、仕事場兼シヨウの寝床は見違えるように綺麗に。
棚に収まりきらない年季の入った資料や機材の山々はいくつか残したものの、二人が働く分には十分すぎる環境が整った。
特殊事案初動室。通称、【特初】。
スポイラーという存在がまだ今ほど明確ではなかった頃に設立された部署。
手探りでデータを集めながら奇々怪々とされていた事件に命懸けの対処にあたっていた、伝説的部署にしてPALLETの原点にあたる。
とはいえ現在ではとうに廃れた窓際――、否、埋め立て地となっているが。
アトレスへの二人の経過報告も行うと同時にシヨウ自身の検査もワクチンも無事に済んだ。
そしてセンジとはここで別れ、【特殊事案初動室】は正式な部署として本格的に稼働。
それに伴い支部の他部署が『緊急性ゼロ、スポイラーの可能性ほぼナシ』と判断して放置していた、とりとめもない通報が全て此処に回ってくるようになったのだ。
「だから言ったじゃんか……大したやつじゃないって」
隣を歩くシヨウの胸元を、ハンター補佐官のバッジが飾っている。
支給されたタブレット端末に淡々と報告を打ち込むバディに、サキは夏休みに暇を持て余した子供のように不満を溢す。
「足音は木の枝が風に煽られて階段を鳴らしてて、猫は頭だけ真っ黒な柄ってだけ。
見事にスポイラーのスの字にもかすらないなんて、つまんないって思わない?」
「この前みたいな大型イベントがポンポン起きたら、それはそれでこの街の治安環境を疑うけどな。
――別に私だって、事件に大きいも小さいもないって真面目にやってる訳じゃない。
ある程度目的があった方が、マッピングするのに散策し易いってだけだ」
クロム社を追ってフィールドワークを熟していたとはいえ、周りの目を気にして堂々と街中を歩くことができなかった。
これから彩流市で働く以上、ある程度どこに何があるかぐらいは把握しておいた方がいいと思った次第で、半分観光気分でやっていた通報処理だったが……。
警備部であちこち走り回ってスポイラーを狩りまくっていたサキには刺激が足りず、やはりつまらなかったらしい。
「それにこういう取り留めのない通報の中に、とんでもない厄ネタが紛れてたりするんだよ。
火種は小さい内に処理するに越したことはない。
ついでに元の世界に帰るための取っ掛かりにでもなれば上々……まあ、宝くじレベルでありえないかもしれないけど。
ほら次、次」
盛大に溜息を吐く彼女を尻目に、シヨウは頭の中のマップをアップデートしていった。
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この通報処理の仕事は、シヨウにとって慣れない街を少しでも把握するための散策と同時に、ちょっとした挨拶回りも兼ねていた。
先日訪れた港町では、裏路地の陰にスポイラーが居座っているという通報に対処。
実際は白い外壁に描かれた落書きと、ゴミ山のシルエットだったが……。
あの辺りを溜まり場にしていた不良共が、女二人とみてちょっかいをかけたのが運の尽き。
サキが一人残らず蹴りと拳骨を入れ、落書きと一緒に綺麗に落としてしまった。【※気絶した彼らに掃除させました】
シヨウはどうせここまで来たのだから、と海岸の漁師町に赴くと目当ての人物を見つけて声を掛ける。
嘗て、センジとの一色触発の現場を目撃してしまった漁師。
警察に通報されないように一芝居打った不倫劇のせいで、彼にかけられてしまった酷い風評被害。
未だに激しい誤解をしているだろうおじさんと運よく再会し、『あれは社内の演劇クラブの助っ人で練習をしていた』とデタラメを上塗りして誤解を解くことにした。
「なんでえ、あんなに盛り上がってたってぇのに勿体ねぇ」と祝勝会の写真を見ながら笑い、二人を小突いた彼は土産に持っていけと、発泡スチロールの箱を豪快に寄越す。
「ちょッ! 重い重い!」
サキが何時ぞやのヘリの操縦桿よろしく、バタバタと跳ねる箱を必死に抱えて叫ぶ。
なんと聞けば、あの浜焼き屋に食材を下ろしている漁師の一人だと言う。
美味しかったと伝えれば「おう! ありがとな!」と、浅黒い肌に映える真っ白な歯を剥き出しにして快活に笑った。




