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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市編 ~二人の愛食者~

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#8 黒と黄色のクロスオーバー

 淡く七色に輝く有給休暇のゴミが、スポイラーの顔面目掛けて飛んでいく。


 少しでもあのスポイラーの染色率を落とそうと、Color能力をフルパワーに込めて投げつけた一撃。

 だが――――、全く手ごたえが無い。ジチジチと音を立てて光とインクが相殺し合うが、敵の濃過ぎる色彩は、私の光を強引にかき消す。


 誘拐犯たちのバンは、とっくに路地裏の向こうへ走り去っていた。厄介な足止めとして、この化け物を残して。


(車には逃げられた……! なら、せめてコイツだけでも片付ける!)


 当たったゴミなど気にせず、溜めに溜めたそれを吐き出す。弾丸のようなネットの塊が、容赦なく襲う。


 再び地面を転がり、間一髪で直撃を避けた。

 間髪入れずに立ち上がり、やけくそ気味に敵の懐へと踏み込む。武器が無い以上、この拳でカタをつけるしかない。


「この、カメレオン野郎ッ!」


 全体重を乗せ、能力を付与した白光の拳を叩きつける。続けて容赦なく脇腹へと前蹴りをかます。

 だが、レベル4の染色率となるとあまりにも頑強だった。


 存在値が高まりきったスポイラーは、頑丈さもさることながら、その個体の能力も強く発現する。カメレオンのような風貌をしていながら俊敏な獣の要素が加わったアレは、捕獲スキルだけでなく強引に狩りに行く獰猛さも有していた。とても物理攻撃では歯が立たない。

 ましてや、私のCollar能力は攻撃手段として期待できない。分が悪すぎる。


 カメレオンの頭から発せられたとは思えないような咆哮を上げ、巨大な爪を激しく振り回した。

 まともに食らえば骨ごと砕かれる。必死に上体を反らして避けたが、風圧だけで体がよろめく。

 この先はずっと道が続いている見通しのいい路地。息が上がり始めた私の隙を逃さず、無防備になった胸元へ向けて、爪を一気に振り下ろした


(――避けるのは無理、ならっ!)


 とっさに両腕を交差し、後方に飛ぶ。

 少しでも受け流して急所だけは絶対に外す――――その一点に意識を集中し、防御姿勢をとった。


 強烈な衝撃が両腕を襲い、ブルーシートが雑に被された資材置き場に激しく激突する。


「痛ッつぅ……! ちょっと、レディを粗大ゴミみたいに扱うのはマナー違反じゃないの!?」


 悪態をつきながら起き上がろうとするが、思ったよりもダメージが深く、体が思うように動かない。とどめを刺そうと、隠れ場所が無い私を正面から堂々と追い詰める。

 いよいよマズイと身構えた、その時――――――


 ――――――ヴィィィィン!!!


 低いモーター音が聞こえた。


 バシュゥゥゥゥッ、バシュゥゥゥゥッ!!!


 私の斜め上――――古びた非常階段の踊り場から、立て続けに水弾が放たれた。

 それはスポイラーの胴体に最短距離で着弾した。


(黒弾……!? いや、薄い?)


 暗くてよく分からなかったが、鮮やかな巨体を着弾した水で僅かに黒く汚れるのが見えた。ハンターが一般的に使用する黒雨から生成された黒インクかと思ったが、それにしては驚くほど薄い。


 水弾を受けたスポイラーにダメージが通っているようには全く見えなかった。僅かに動きを止めた後、ギョロギョロさせた目玉が射線を辿って狙撃手を捉える。


 釣られて踊り場を改めて確認すると、そこに立っていたのは一人の不審者だった。

 ディープ色のジレのフードを深くかぶり、黒いマスクで顔半分が完全に覆われている。男女の判別もつかないが、フードとマスクのわずかな隙間から、夜より深い黒髪と黒目が見えた。滅多に見かけない全ての色を飲み込み、支配する黒。


「ちょっとそこのアナタ! 主役気取りで割り込んでくるのはいいけど、そんな生ぬるい弾じゃ挨拶にもならないわよ!?」


 逃げろと言いたかったはずなのに、いつもの癖でつい軽口を叩く。急いで逃げるよう促そう――――としたはずだった。


『ギ、ギィイィィ、ァァァッ!?』


 平然としていたはずのスポイラーが、突如狂ったようにのたうち回り、苦しみだした。

 よく見ると、被弾した個所が――――ジワジワと、不自然に滲んで色ボケを起こしたかと思えば、徐々に白く色褪せていっている。


(嘘……当たったところが、白くなっていく……!?)


 驚くべき事態に固まるが、どこの誰かも分からない人間がこれ以上あそこに留まるのは危険すぎる。


「――っ、凄い。でも危ないから、あとは私に任せて逃げなさい!!」


 しかし、私の気遣いなど、不審者は意にも介さない。


 私のColorとは、また別の意味で色のない(カラーレス)の漆黒の瞳が、既に次の的を捉えていた。

 激高したスポイラーが近づいているにも拘わらず逃げるどころか、より長いモーターの駆動音を響かせる。

 溜めに溜めて――――


 ――――――――バッシュゥゥゥゥウ゛ッ!!!!


 先程より重い水弾を撃ち込む。

 大きいとはいえ、あの距離から目玉に吸い込まれていき、より激しくのた打ち回った。


『ギィィィィィィィィアァァァァァアァァッッッ!!!』


 凄まじい絶叫を上げて仰け反る。強制的に色が滲んで消えていく激痛と視界の遮断により、大きな隙が生まれた。


(――――上等。最高にクレイジーじゃんッ!!)


 私はもう、何も言わなかった。

 ブルーシートが捲れて顔を覗かせていた工事用の鉄パイプを力任せに引っ掴むと、無言のまま笑みを浮かべて地面を蹴り、素早く距離を詰めた。


「私を躍らせた代償は、高くつくわよッ!」


 ガギィィィン!!!


 捨て身の渾身のスイング。足の関節を狙った一撃に、完全に不意を突かれた巨体が大きくバランスを崩し、その場に崩れ落ちた。


 たが、染色レベル4の執念はすさまじかった。膝をつきながらも、白い斑点を広げた狂乱の腕を大きく振り上げ、フルスイングの代償で動けなくなった私に襲い掛かる。


 死線が交錯するコンマ数秒があまりに遅い。目の前に鋭い爪が迫る――――


「――――『拒絶刻む黄色の法線(キープアウト)』」


 混沌と化したこの場を、冷徹な声が支配する。

 私にそこから動くな、と伝える為の警告にして、救援の合図。路地に響いたその言葉と同時に、空間に対して細長い光のテープがいくつも引かれた。


 ガァァァァァン!!!


 虚空に奔る、目に刺さるほどの鮮烈な純黄色。光が駆け抜けるように現われたのは、端から端まで刻まれた『KEEP OUT』の文字。絶対不可侵の『規制線』だった。


 私ごと引き裂こうとする爪が線に触れた瞬間、激しい爆音と共に雷光が迸る。肉体は後方へ大きく吹き飛んだ。受け身を取ることも叶わず、倒れたままピクピクと痙攣を繰り返す。


 音もなく着地したのは、案の定、先輩ハンターの『センジ』だった。

 肩ほどの髪を後ろで結んだ、ふわふわのくせ毛――――その優し気で落ち着いたブラウンの毛先が、夜風にふわりと揺れる。


 彼の瞳は、Color能力に呼応するように、らんらんと『純黄色』の輝きを放っていた。彼は既にメイン兵装であるブレードに装填された黒インクのカートリッジの安全装置を解除していた。

 もう、私への意思伝達の必要はない。

 

 ――――とどめの一撃のためのモーションに入る。


 センジは何も言わず、ただブレードの切っ先を天へと向けた。

 黒のインクが、彼の固有色の『秩序課す危険色(イェロー・サイン)』に瞬時に強制同調を起こし、螺旋を描きながら刀身に纏わりつく。


 Collar能力の出力を爆発的に引き上げるメリットに対して、一歩間違えれば暴発を招く諸刃の剣――――黒インクとの混色技。



 制御する為の訓練を積み重ねた物だけが使用可能になる。

 彼の決め技――――『凶色奔る断絶条痕』即ち、ストライプ・シャッター


 ――――無言の一閃。


 それは、目が冴える明るい色に反して、まるでギロチンの如く無慈悲に、冷淡に、一直線の軌道を描いてスポイラーの首を刎ねた。

 駆け抜けた鋭利な黄色と黒の縞模様(ストライプ)は、一本の(ライン)となって主張の強い極彩色の体躯を一方的に染め上げる。

 

 必殺の斬撃を受けた首は、潔く胴体と別れを告げた――――

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