#7 バックストリートの七光
ギラつくネオンも届かないビルの狭間。闇が溜まったその場所に、勢いよく飛び込んだ。
「…………ッ?」
直ぐに足を止め、建物の影に身を潜める。目立つ空中マップを消して慎重に奧を覗いてみると――――
そこにいたのはスポイラー……ではなく、人目を忍ぶように暗色の格好をした数人の男達だった。何やら小声で言い争っている様子が窺える。
(……タチの悪いチンピラ? まさか、殴り込みとかじゃないわよね?)
腕の端末に目を落とす。画面の中では、変わらず赤いサインが点滅したままだ。
この付近に、確実にスポイラーがいる。
(おかしい。これだけ近くに反応があるのに、どこにも見当たらない……)
よく見ると集団の中に一人だけ倒れている男性がいた。この時間帯を考えれば泥酔も考えられる。介護の押し付け合いか? 何にしても、データと状況が噛み合っていない。
「おい、早くしろっ! もう車が来るぞ!」
気味の悪い感覚に困惑していると、ヘッドライトを消した一台の黒いバンが静かに滑り込んできた。
多少もたつきながらも手慣れた手つきで、気絶している男の身体を総出で担ぎ上げる。
(……一応、応援を呼んでから様子を見るべきね)
いよいよきな臭くなってきたところで、念のために端末から支援部へバックアップ要請を送る。久しぶりの操作で少し手間取った。
最後に要請したのはいつだったっけ……、私からだと知ればきっとオフィスは箱をひっくり返したような大騒ぎになるだろう。
そうこうしているうちに哀れな男性の身体が車内へ押し込まれようとしていた。荷物だってもう少し丁寧に扱うだろうに、あまりの乱暴で重々しい様子に考えるより先に身体が動いていた。
「はい、ちょーっと待って! ストップストップ!」
パチン、と指を鳴らし無理やり『場』の主導権を握ると、わざとらしい軽快なステップで男たちの前に躍り出た。
全くの予想外だったのか、全員ビクッと肩をこわばらせる。
掴みは上々。凄腕のベテラン刑事にでもなった気分で、おどけた調子で両手を広げてみせながら話し始めた。
「ちょっとそこのお兄さんたち、夜の重労働ご苦労様。
何をしてるのか聞いてもいいかしら? ああ、言わなくてもいいわよ、見れば分かるから。
酔いつぶれた同僚をみんなで家まで送り届ける、心温まる友情のワンシーン……ってところよね?」
「あぁ? なんだテメェは、引っ込んでろ!」
鋭い怒号が飛ぶが、怯むことなく一歩前に踏み込んだ。耳に引っ掛けているイヤホンをトントンと指先で叩いてみせる。
「そんなつれないこと言わないで。ちょっと迷子を探してるだけなの。
この辺りで『トカゲとコンドルを混ぜて、ペンキをぶち撒けたみたいな可愛いペット』が目撃されたって情報が入ったんだけど……誰か見てない? 見てないか。
けどほら、そこの車の下とかにいない?」
不自然にならないように少しづつ彼らとの距離を詰めていく。
大声を出せば逃げ出すと思ったのか、意に介さない私を見て向こうも分かりやすく焦り始めた。車に近づけさせまいと「んなのいねぇよ、近よんじゃねぇ!」と怒鳴りつけてくる。
「でもねそのかわい子ちゃん、かくれんぼがとっても上手らしいの。もしかしたらこの辺りにまだいるかもしれないし、よかったら探すのを手伝ってくれないかしら?」
全く引く様子を見せない私に、どうしたものかと男たちはお互いに目配せをする。そこに、一人の中年男性が懐に手を入れながら前に出てくる。
若い集団の中で目を引いていたこの男は突然の乱入者に多少動揺しながらも、いち早く態勢を整えて仕掛けてきた。
――――こいつがリーダーだ。
「……ハンターか、なら身分証を見せな。ハンターは常時携帯が義務のはずだろ?」
(ッチ、思ったよりできる)
今の私は業腹だけどハンターじゃない。愛用の銃もなければ、バッジもボスの部屋で泣き別れしてきた。つまり、完全な丸腰。
けれど、ここで退くわけにはいかない。
胸ポケットに指を突っ込む。ここに大事なハンターバッジが収まっているかのように。
「バッジ? ああ、これのこと? 出した方がいい? でもね……」
面倒くさそうに溜息をつき、肩をすくめてみせた。
「今、私『有給休暇中』なのよ。バカンス。わかる? もしここで私がバッジを出したら、貴方たち全員の調書を取って、報告書を回さなきゃいけなくなるの。
私にとってはせっかくの休日が台無し、貴方たちもそんな面倒くさいことをするのは嫌でしょ?」
ハッタリだ。中身は油が染みている丸めた包装紙。
藪蛇には会いたくない、だが急ぎたい焦りなのか「ならとっととお家に帰ってねんねしたらどうなんだ? お嬢ちゃん。俺らもそうする」と、話を切り上げにかかる。
「私もそうしたいのはやまやま何だけど、同僚が困ってるみたいで……。ほら、私って優しいから」
――――時間を稼ぐ。応援が来るまで、あと少し。
しかし、完璧に見えた私の即興劇は最悪のタイミングで瓦解した。
「――う……、うあぁぁッ! 放せ! 助けてくれ!!」
気絶していた男性が、目を覚ましたのだ。
狂ったように暴れ、必死に拘束を振り払おうと抵抗する。開かれたドアの淵に足をかけて、バンの車体を激しく揺らす。
「チッ、クソが!」
いよいよ誤魔化せないと悟ったのか、懐から怪しげな黒いパッチを取り出し、自分の喉元に貼り付けると「&q$#!!」と叫んだ。
不快なノイズのような声が路地裏に響き渡る。
――――その瞬間。
「――ッ!!」
目の前で、空間がぐにゃりと歪んだ。
何もいなかったはずの虚空から、ジワリと染み出すように、マゼンダとシアンの毒々しい色彩が浮かび上がる。
「行くぞ、急げッ!!」
「待ちなさい!!」
がむしゃらになった男性を周りの男たちが殴りつけ車体に放り込み、自分たちも乗り込んだ。パッチの男も車へと駆けていく。
ポケットから手を抜いて慌てて追いかけようとすると、いきなり何かを吐きかけられたのを横目で捉えた。
勢いのまま転がり、体勢を立て直すとそれがいた。
――――カメレオンと獣を掛け合わせたような大型のスポイラー。
大きな目玉をギョロギョロと動かしながらも、瞳孔はしっかりとこちらを向いている。立ち塞がった巨体は湿り気を帯びた皮膚を纏い、禍々しくマーブル状に混ざり合ったピンクと青で彩られていた。
(あの男、何か言ってた……。人の言うことを聞くスポイラー? そんなの聞いたことがないけど――――)
吐きかけられたものを確認すると、身体と同じ色のネットらしきものがたぐまって地面にべったりと張り付いている。
触れればどうなるか分からないが、どうせろくなことにならない。
車はとうに走り去り、残っているのは私とコイツ。
『警告。対象の染色閾値、突破。――――染色レベル4、完全顕現を確認。速やかに排除してください』
「はいはい――――あっ……」
いつも通り、腰から相棒を抜く――――が、手が空を切った。
(ヤバい、銃もないんだった!)
『警告。スポイラーの完全権限を確認。タイプ:生物種。速やかに排除してください』
こっちの事情など気にもせず、無情なシステム音声が耳小骨を通して脳に流し込まれる。
「ねぇ、ちょっとタンマ! 話せばわかるわ。私達ってすごく気が合うと思うの。
ほら、あなたの飼い主ってあんまり良い人じゃなさそうだし、私もあいつらには用があって。
不満があるなら代わりにガツンと蹴り飛ばしてあげるから、ここは一時休戦ってことにしない?」
ヘラヘラと両手を上げながら笑って一歩、二歩と後ずさりし、提案する。
しかし、事情を組んでくれないのはスポイラーも同じらしい。
距離を詰めながら、不気味なほど湾曲した鋭い爪でコンクリートを削り取る。再びネバネバを吐きかけるつもりか、徐々に喉元が大きく大きく膨らんでいく。
『警告。速やかに排除してく――――』
「ああもう、うるさいッ! 何度も言わなくてもわかってるわよ、やればいいんでしょっ、やれば!!」
上げた両手を勢いよく振り下ろし、腕の端末に意味もないのに怒鳴りつける。
はなから『退却』の文字はない。知的な時間稼ぎが物理で排除可能になったのなら話は早い。
さっさと仕留めて車を追う!
「今日の私は一味違うわよ。バッジも銃も置いてきちゃった。身軽な私はいつもより凶暴だってこと、教えてあげる」
ニヤリと、狂おしく不敵な笑みを浮かべた。
いつもなら愛銃『インカ―マン』で黒弾をブチ込むところだけど、あいにく今は完全な丸腰。
ならやることは一つ――――
むき出しの拳に色を持たない全波長の白光がキラキラと溢れ出す。
――染色レベル4の完全顕現。
頭の片隅で、開発部が書いたファイルがよぎる。
染色率の高い個体に私の力は効きにくい。なら、出力を上げるまで。
「――全部無色にしてあげる! フェードアウトよッ!」
重苦しい路地裏の空気を吹き飛ばすともりで、手に握りしめていた紙屑を投げつけた。
それは私の固有色――――『虚光幻象』を纏い、スポイラーに向かって真っすぐ飛んでいく。




