#6 兼食の猟犬
「う゛ぅ……、痛い……」
当たり前だが、全身がバキバキに痛む。尺取り虫のように身体を折り曲げ、少しずつ身を起こす。
南側に位置するベランダからは日の光がさんさんと差し込んでいた。
もう昼時なのかと腕につけっぱなしの端末をチラッと見やれば、11時前だった。ボスに呼び出されて退勤時間が大きく遅れたとはいえ、大分寝てしまっていたらしい。
ぼんやりとした頭に遅刻の文字がよぎったが、支部から届いていた半休の連絡にいよいよ気が抜けてしまった。腕がだらりと落ち、爪がフローリングに当たって乾いた音を立てる……。
――――24歳。ハンターとしては働き盛りの年齢のはずだが、蓄積された疲労は半日寝た程度では当然抜けない。とはいえ、いつまでも行き倒れる訳にもいかない。
残念ながら、悪夢のような記憶は鮮明に覚えている。
パフェ、左遷、ジジイ、――――そして『相棒』
地下一階のお払い箱から前線に返り咲くためにはどうしてもこのアイテムが必要らしい。私のプレイスタイルについてこられる頑丈な相棒を調達せねばならない。
「物置仕事なんて1秒たりともやる訳ないでしょ、バカヤロー……」
狙うは、今まで働きに働いて貯まった『有給休暇』の欄だ。一切の躊躇なく、有給の全てを長期休暇として強引に一括申請した。送信を確認。
休暇をもぎ取った私が次にすべき事なのは――――
「お風呂」
のそりと立ち上がり、浴室へ向かった。ボタンを押し、浴槽に熱い湯が溜まるのをひとしきり眺めた後、とろとろと服を脱いでシャワーを浴びる。
何回か支部の簡易シャワーを借りたとはいえ、三日間の戦闘で染みついた汗や凝り固まった筋肉の痛みは、未だにこべりついたままだった。
「――――ふぅぅぅうぅ」
粗方洗い終わって湯船に浸かった瞬間、魂が抜けるようなため息が出る。
温まった身体に猛烈な眠気が襲う。
「だめだ、一回リセット……」
いよいよ限界を感じたので、早々に湯から上がる。髪も乾かさないままベッドに倒れ込み、再び深い深い眠りについたのだった。
* * *
――――――目を開けると太陽が帰り支度をはじめていた。鮮烈な西日が部屋に線を引く。
睡眠によって体力が回復したらしい。
グぅーと、次はエネルギーだといわんばかりに胃袋が訴える。
「……何か、食べよう」
冷蔵庫を漁る……程でもなかった。
三日前の貧相な中身を庫内灯がステージライトのように煌々と照らす。期限ぎりぎりの肉と生き残りの野菜たちを纏めて連れ出し、ついでにラス一の冷凍食パンをトースターに突っ込んで調理を始めた。
昔から凝った料理を作るのは苦手だ。
しかし、食材を切って、炒めて、焼いて、煮るだけの単純な料理なら一応作れる。余計な手を加えないのだから不味くなりようがない。現に、オールスパイスを振った野菜炒めは満点の仕上がりとなった。
あっ、ついでに卵も焼いておこう。
最新の宿舎に住んでいれば、過剰な健康管理AIが『起床直後のドカ食いは胃に負担を掛けます』などといらない通知を寄こすだろう。
だが、此処は私の城。何をどう食べようが私の自由である。家賃を浮かせて食費に振っているのは、まさにこの為である。
焼きあがったトーストを片手にフライパンから直接いただく。残り物を放り込んだ統一性の欠片もない野菜群だが、シャキシャキとした歯ごたえ、野菜特有の甘味。子供には分からない大人の味。
色々試してみたが、このスパイスが一番楽で美味しい。塩コショウに飽きたらこれで雰囲気を変えられるのがいい。
* * *
胃の癇癪が治まると、本格的なバディ探しの旅に繰り出した。手始めに、夜勤の職員たちがいるであろう支部庁舎へと向かった。
私のプレイスタイルに対して眉をしかめたり、苦言を呈する人たちは一定数いる。けれど、誰からも好かれる人なんていないのと同じで、常識の範囲内の数に収まっている…………ハズ。
仲のいい友達だってちゃんといるんだからっ。
だが、廊下やオフィスで片っ端から捕まえてバディに勧誘するも――――
『ムリムリムリッ! 悪い奴じゃないのは知ってるけど、あのワイルドプレイに付き合わされるのはマジで御免だ! 命が幾つあっても足りないからッ!』
概ねこんな感じで断られ、見事に全滅。フラれにフラれ続け、きっと昼に訪れてもこの調子だと悟った私は、諦めて支部庁舎を後にした。
* * *
「みんな揃いも揃って薄情なんだからっ。しかも『お払い箱より先にお祓いに行ってこい』って、わたしは疫病神って言いたいわけ!?」
支部庁舎の周辺は、洗練されたオフィス街。幾つもの有名企業のビルが立ち並ぶと同時に、働く人間の空腹を満たす数多の飲食店がひしめく激戦区でもある。
流石にオフィス街という立地もあってか、全体的に値は張る。だがしかし、最新のトレンドを意識した店や市外から腕試しにとやってきた出店が揃ったテーマパークと考えれば安い。
フラれ続けて疲弊した心と腹を満たす為、テレビで紹介されていたキッチンカーでおしゃれなフードを買った。気分はすっかり仕事終わりのOL。
雑な野菜炒めじゃ拝めない色どり豊かな具材が挟まったバケットには、肉肉しいゴロゴロ肉が転がっている。どう作るか見当もつかない旨味が詰まった茶色のソースをこぼさず味わいながら、夜のストリートをぼんやりと歩く。
さて、どうしたものかと物思いに耽っていた、その時――――
『警告。付近に迷彩反応を検知。カウント、1。ロケーション、共有します』
癖で身に付けていた骨伝導イヤホンから、冷徹なシステム音が割り込んだ。無機質なアラートにすっと背筋が凍り付く。
「……っ!? 嘘でしょ? こんな、オフィス街のど真ん中で!?」
残りのフードを一気に口にねじ込み、腕の端末からマップを空中にスワイプする。展開されたマップに不快なほど赤々としたサインが激しく明滅していた。
――――一瞬で『ハンター』の精神へ切り替わる。
銃も無ければバッチもない。自分が今どれだけ無防備なのか、頭の中では理解している。しかし、手の届かない遠い場所なら兎も角、目の前にいるスポイラーを見過ごすことは出来ない。
目指すはエリアの外れに位置する路地裏。
あの辺りパトロールは、確か害虫騒ぎのせいで甘くなっていた。洗浄が必要になる程、ステインも溜まっていたのかもしれない。おろした髪がたなびくのを感じつつ、現場に急ぐ。
ネオン輝くオフィス街を駆け出す私を止めるバディは――――――――――――――――いない。




