#5 首輪を外された猟犬
「クビ!? まさか冗談でしょう!?」
あまりの事に思わず目を見開いた。ガラスを挟んだ後方でざわつく気配を感じる。
「そのまさかだ、――――と言いたいところだが、残念ながらさっきも言ったようにウチはクリーンな組織なんでね。お前みたいな辺り一面をゴミ山にする危険物を無責任に放り出す訳にはいかないんだ。たとえ給料を払ってでもな!」
どっかりと椅子に座り直すと、再び電子タバコを口に咥える。長い時間を掛けて嘘っぱちのニコチンを吸い込み、ゆっくりと白い蒸気を吐き出した。
冷めた目でこちらを見据えてくるボスに対し、こちらも椅子に座ってポーズを決めつつ、一切の怯みもなくジト目で返す。
「……ずいぶんな言い草ですね。トップスコアの私をクビにしたら、市やスポンサーに言い訳が立たないからでしょ?」
「黙れッ!! お前が叩き出した撃破スコアは確かにトップだ。だがな、表立って解雇しろと言わないだけで、毎日怒髪天のクレームが届いてるんだよ! お偉い方からすれば成果なんぞ出して当たり前、現場を破壊する度に擦り減っていく修繕費の方がよっぽど大ごとなんだ! それどころか……」
図星を差されたのがさらに気に食わなかったのか、ダンッとデスクを叩き睨みつけると、傍にある端末をいじり始めた。
いくつかの有名企業のロゴが入った電子書簡をこちらに飛ばして表示させる。
「PD社にヒューリンク社……ああ、クロマ社なんかからも、お前が現場をハチャメチャにするせいでサンプルの回収が遅れてると遠回しに苦情が来てるんだ。
あの手のスポンサーや民間企業を怒らせてみろ。中央の本部から『提携先と問題を起こすな』と予算をゴリっと削られ、ウチの支部に支給される最新機材やカートリッジのラインだって次の日には一発でストップだ!」
「回収できるものはちゃんと回収してます。だけど、大勢の市民の命が危険にさらされているのに悠長に化け物を捕まえてなんていられないでしょう!」
「あ゛ぁあうるさい、そこまでだ!
今回出た死骸の山でどうにか連中をなだめすかすが、お前の面倒を見るのはもうたくさんなんだよ。これ以上人の管轄を引っ搔き回されて、上の連中に目を付けられるのは御免被る。俺のキャリアにまで傷がつきかねないんでね。
――――お前は明日から死んだ英雄たちの墓守に転職だ、特殊事案初動室に行け」
久しく聞いてなかった単語にはて? 何だったか、と脳内のストレージを慌てて漁った。一瞬固まりはしたものの、すぐに思い出すことができた。日常会話に登場しないだけで、ある意味有名ではある部署だからだ。
「特初? …………確か、初期の英雄たちが所属していた最前線部署ですよね?」
「今じゃ探査機にも無視されるゴミ反応を追うだけの【お払い箱】だがな」
――――特殊事案初動室、通称『特初』
それはまだ黒い雨の性質も、スポイラーの生態も完全に解明されていなかった頃、未曽有の脅威に対抗すべく組織された広域非実体脅威・分析対策機構【PALETTE】最初期における最前線部隊である。
当時は最新鋭だった兵装や研究資料を抱え、文字通り命を賭して街を守り続けた英雄たちの巣窟だった。だが、時代の流れと共に技術も組織も洗練されていくにつれ、その役割は風化していった。
いまや探査機にもそっぽを向かれる幽霊のような微弱な反応の調査、不要不急と判断され回された通報を仕分けといった埃を被った仕事が転がっているだけ。
誰もいないPALETTE後任の『お払い箱』。それが特初の現在の姿だった。
「それは知っています。あそこはもう、スポイラーの仕業かどうかも分からない幽霊もどきの通報を、右から左へ並べるだけの部署でしょう。そもそもあれは本部が管轄する部署じゃ......」
「それは、なん十年前の話をしてるんだ。当時は最新だったスポイラー関連の資料も機材も、今じゃただの骨董品だ。とはいえ、捨てるのは惜しいというお優しい本部様のご意向で、部署の名前ごとウチに押し付けやがった。
『是非お役立てください』だと、お有難い話だよ全く!」
「まさか、私にデスクワークをしろと? そんなのやってるより現場であいつら狩る方がよっぽど貢献でき――『いやいやいや、もう十分だ!』」
前のめりになりながらボスは大声で遮り、反論の隙も与えまいと怒鳴りつけた。
激しい体重移動に、重厚で高価な椅子も流石に耐えきれなかったのか、僅かながら文句の声を上げた。
「部屋は地下の備品倉庫の隣にある。あそこならお前がどれだけ暴れようが、ネズミが数匹犠牲になるだけで済む。精々そこで、オバケ探しでもしていろ」
「なるほど。私をクビにできないから、地下に軟禁しようって魂胆ですか」
「勘違いするな。働き詰めだったお前への有給休暇みたいなものだ。欲しがってたろボーナス。『現代の英雄様』は暇なぐらいが丁度いいんだ。
どうしても元の部署に戻りたいのなら条件はただ一つ。お前の暴走を止められる、新しいバディを連れてこい。それまでは大人しく掃除でもしているんだな。
――――上層部は『一匹狼の暴走』を一番嫌うんだ。少しは人間らしい振舞いを覚えろ」
そう言うと、椅子の具合を確かめながら資料に目を通し始めた。
ボス、と声を掛けようと口を開ける。しかし、音にする前に「話は以上だ」と言い切られてしまう。納得なんて当然できないこの苛立ちを少しでもぶつけてやろうと大きな溜息を吐いた。
そして、立ち上がり指を突き付けて――――
「分かりました、ボスのセンスにはもう任せておけません。その辺で適当に頑丈なヤツを拾ってくればいいんでしょう!? 後で文句を言わないでくださいよ!」
「ああ、勝手にしろ。この際、人間なら何でも構わん。間違っても野良犬なんか拾ってくるなよ、これ以上犬の面倒は見きれないからな」
床を踏み抜く勢いで足音を立てながらドアの取っ手を握った。重量のあるガラス扉を無理やり開けて外に出る為の一歩を踏み出すと、振り向きざまに言い放ってやった。
「私がいない間、寂しくなっても呼ばないでくださいねっ!!」
空気抵抗なんて構わず力任せに閉めようとすれば「おい、忘れ物だ」とデスクの引き出しから取り出したそれを、にやついた表情でチャラチャラさせてきた。
支部とは言え設備が整ったこの建物では珍しい錆び付いた真鍮製の古い鍵。
いくつかキーリングに纏められているので、一つが部屋用。他は防犯用のダミーか別用途のものなのだろうか?
首を振りながら嫌々デスクまで行って受け取るが、ボスの手は鍵を握んだまま放そうとしない。
「銃とバッチは置いていけ」
「はい?」
「墓守をするのにそんな物騒なものいらんだろ。置いてけ」
ハンターが所持する武装は対スポイラーに特化しているが、人を傷つけることもできる。故に身分証であり携帯・使用許可証でもあるバッチの装着がハンターには義務付けられている。
(どこまで嫌がれせすれば気が済むのよ、このくそハゲジジイ!)
一度ガキから手を放し、内心で激しく毒付きながら愛用の銃をホルスターごと取りさリ、バッチを乱暴に外した。
デスクに置くと同時に鍵を投げ渡される。
部屋から出ると、ギャラリーは増えに増えていた。つまらない野次を無視し、その場を後にする。
* * *
オフィスから柔らかい茶の髪が尾のようにするりと視界から消えると、ボス――――タッカーは、深く椅子にしなだれがかり、舌打ちをする。直後、けたたましく鳴り響いた電話。鋭く睨みつけると、受話器をひったくった。
「後にしろ。――何? あぁ分かった、繋げ。
――――はい、PALETTE彩流市部のタッカーです。ええ、御社からのご要望の件ですが、誠に遺憾ながら……」
――――――――デスクに置き去りにされたバッチ。
嵌め込まれた小さなニブは登録者のCollar――――ホログラムが、幾何学的な七色のグリット線となって瞬いていた。
* * *
ボスの前では大見栄を張ってみせていたが、私の身体はとっくに限界を迎えていた。
三日三晩の不眠不休は何もバトルジャンキーゆえの強行じゃない。現場の被害状況があまりにも拡大しそうだったからだ。
店の予約日まで余裕があったとはいえ、収拾がつかなくなれば必然的に出動命令が下る。中々予定が合わず、歯がゆい思いをして見送った限定パフェの予約をおじゃんにされては泣く。
支部庁舎の外に出ると、先程までパラパラと降っていた黒雨が止んでいた。重たい夜の帳が下りて、冷たい夜風が頬を撫でる。
「――――はぁぁぁぁ……。パフェの糖分が消えていく……」
もはや甘酸っぱい苺の存在など消え失せた。ヘロヘロの足取りで支部から少し離れた区画にある、PALETTEの職員宿舎へ這うようにして帰り着く。
灰色のコンクリートで作られた、味もそっけもない古い10階建てマンションの3階角部屋。そこが私の家。
最新の宿舎には健康管理AIだのインテリア変更機能だの余計なものがついて、その分給料から容赦なく家賃が天引きされる。そんなものに一ミリも興味がないので、迷わず家賃が最安値のこのボロ宿舎(旧棟)を選んだ。浮いた予算は私の人生の楽しみである食に回しているのだ。
一世代前のカードキーを眠気眼で端末にかざし、最後の力を振り絞ってドアを開け、玄関にゴールイン。靴を脱ぐ気力すら惜しい。
フローリングの冷たさを感じながら、私はベッドまで辿り着くことを諦め、泥のように深い眠りに落ちていった。
ご一読ありがとうございました。
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