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オーダー・メイト(Order-Mate)~兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ~  作者: 湖陽 照
第1章 彩流市 編 ~交わる二人の愛食者~
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#9 波乱な有給は怒号と共に

「はぁ……。有給休暇を申請したと聞いていたのですがね。どうしてこんな場所で遊んでいるのですか、サキ」


 ブレードを鞘に納めながら、センジは溜息交じりに皮肉を口にする。じろりとこちらを睨みつける目は、完全に先生のお説教モードだ。


「遊んでませんよ、私だってせっかくの有給をのんびり過ごしたかったんです。

……センジ()()がバディになってくれれば、こんな無茶しなくて済んだのに」


 私が淡い期待を込めて口を尖らせると、センジさんは呆れたように首を振り、一秒の迷いもなく即答した。


「お断りします。これ以上、君の無鉄砲に付き合っていたら私の胃に穴が空きます」


 冷たい。この人は支部内でも群を抜くオールラウンダーな実力者ゆえに、特定の相棒を持たず、常に欠員補充要員として穴埋めをこなす腹積もりらしい。

 センジはそのまま私の前に歩み寄ると、黄色の瞳で私の全身を値踏みするように素早く見やった。


「腕のその打撲痕は……、骨は?」


「あー……大丈夫大丈夫、ちょっと掠っただけ。レディの身体をじろじろ見るのはデリカシーに欠けますよ」


 強がって見せる私に、それ以上追求せず、ただ無言でスッと右手を差し伸べてきた。

 アスファルトにへたり込んだままの私を立たせるための、ぶっきらぼうだけど、確かな気遣い。


「……どうも」


 普段なら「これぐらい一人で立てる」と跳ねのけるところだけど、有給休暇の初日早々に死にかけたダメージは流石に堪えていた。少し気恥ずかしさを覚えながらも、その手を掴んでおとなしく引っ張り上げてもらう。


「……それよりも、夜勤の同僚たちを片っ端からナンパして、全員にフラれたという話はすでに耳に届いていますが? それで胃薬が手放せない私を本気で口説き落とせるとでも?」


「うっ……誰? お喋りなやつは?」


 夜勤の職員たちにことごとく断られた苦々しい記憶を容赦なく突かれ、決まり悪げに視線を逸らした。

 彼はスポイラーに顔を向け、怪訝そうに眉をひそめる。


「君から応援要請が来たと支援部から伺った時は耳を疑いましたが、まさかこれだけ染まったスポイラーが、今の今まで野放しになっていたとは……。

見たところ、カメレオンの性質で潜伏しながら色を吸収し続けたのが原因なのでしょうが、まさか丸腰で相手をするなんて自殺行為にも程があります」


「ちょっと、私の奮闘ぶりはこのボロボロな身体で分かるでしょ。これ以上叩かれたらボロ雑巾になっちゃう」


「そこまでヤワではないでしょう。

ところで、さっき君のアシストをしていた方はどちらに? 貴方と組める人間がまだいたとは驚きです」


「え……?」


 センジの言葉にハッとして、私は周囲を慌てて見回した。

 さっきまであの非常階段の上で薄黒い水弾を放ったフードとマスクの、黒の人。


 ――いない。

 影も形もなく、何処にもいなくなっていた。彼が乱入してド派手なColor能力で敵を切り飛ばした、ほんのわずかな一瞬の隙に、まるで忽然と姿を消してしまっていたのだ。


「嘘、どこ行ったの……? 確かにさっきまで、見たことない新兵器を持った、黒髪黒目の不審者がそこにいたのに!」


「黒髪、黒目……?」


 センジは私の言葉をそのまま呟くと、形の良い眉を怪訝そうにひそめた。


「サキ、冗談はよしてください。その組み合わせの色がどれほど少ないか、君も知っているでしょう。そんな目立つ暗色を宿した人間など、ハンターだって数えるほどしかいませんよ」


「だから不審者だって言ってるの! 幻覚なんかじゃないわよ、現にコイツの身体を見てみなさいよ!」


 私は路地の奥で絶命したスポイラーを指差した。

 最後の斬撃によって真っすぐに染められた純黄色と黒の切り傷。それとは別に目玉の周辺と体のあちこちに白く色抜けした跡が、不自然に滲んだ色ボケと共に点在していた。


「ほら! わたしの減色中和(フェードアウト)とも違う、もっと強引にコイツの色を抜いたのよ。あの黒髪黒目が!」


 必死にまくしたてる私を見て、センジはスポイラーの漂白された跡を見つめ、ふむ、と顎に手を当てる。


「なるほど、確かに君のフェードアウトとは違いますね。わかりました。この妙な白点に関しては支部に戻り次第、開発研究部に詳しく調べて貰いましょう。

――――ですが、その不審人物とやらの追跡に関しては期待できませんよ、ここはオフィス街のはずれですし、この暗さでは街頭カメラにもまともに映ってないでしょうからね」


「そんな……。でも、本当にいたんですって!」


 冷静に考察を述べるセンジさんを余所に、私はあの不審者が立っていた、誰もいない非常階段の踊り場を凝視する。


 あいつは一体、何者だったんだろう。

 そして、あの極彩色から色を消した妙な力は何だったのか、今はまだ知る由もなかった――――




「……あ」


 疲労からぼんやりと虚空を見つめたまま、私はポツリと声を漏らした。

 あまりの戦闘の激しさと不審者のインパクトですっかり頭から抜け落ちていた。

 

 一番重要な事件の存在を――――


「そういえばセンジ、ここで誘拐事件がありまして、複数人の男たちが男性一人を黒いバンに押し込んで行っちゃいました。

――あと、誘拐グループの一人が妙な黒いパッチを首に貼り付けてあのスポイラーに命令していたんです。何言ってるのかよくわからなかったけど、多分私を襲うようにって。だから丸腰でも応戦するしかなかったんですよ」


「――は?」


 隣にいた彼の動きが、ピキリと凍りついた。

 ブラウンの眉が、未だ嘗てないほど恐ろしい角度で引き上げられていく。


「……サキ。君は丸腰で犯罪現場に介入した挙句、目の前で誘拐の現行犯を見逃し、スポイラーを人為的に使役する術を持つ犯罪グループの存在と接触していながら、今の今まで黙っていたと?」


「いや、忘れてたわけじゃなくて! ほら、いろいろと情報量が多すぎたというか、新キャラが次から次に出てきたせいで頭が追い付かなかっていうか……」


「それを、早く言いなさいッ!!!!」


 静けさを取り戻しつつあったオフィス街の外れに、怒号が響き渡った。

 私の襟首をガシッと掴み、もの凄い形相でメイン通りへと引っ張っていく。


「拉致誘拐だけなら兎も角、スポイラーの使役なんて前例がありません。今すぐ警察へ緊急連絡を入れて広域手配を回させます! 君は支部に強制捜査のバックアップを要請しなさい。急ぎますよ!」


「わ、分かったから引っ張らないで! 有給初日から私の扱い雑過ぎない!?」


 怒り狂うセンジに引きずられながら、私の波乱に満ちた有給休暇は、最悪の形で本格的に幕を開けるのだった。







「っていうか、私のバディはどうなるのっ!?」

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