#10 映画公開まであと ⑤ ~絡繰り仕掛けの秘密兵器~
「「――漂白剤ッ!?」」
――――地下3階 スポイラー工学応用展開・技術開発研究室 【通称:ロマ研】
昨日、センジに支部へ連行された時には、既に時計の針が最終ラップに差し掛かかろうとしていた。
疲労と怪我のこともあり、翌日に改めて集合という形に話が落ち着いて今に至る。
未だに足を踏み入れていない地下1階の『特初』の部屋を通り過ぎ、彼とラボに直接話を聞きに来たわけだが――――。
自動ドアが開いた瞬間、メインモニター前で団子になったロマン野郎どもの祭囃子が耳に飛び込んできた。
モニター前の回転チェアに座っている音響職人の【SE】が「おっ、サキ氏! ついに引き篭もり仲間ですな!」と、ぐるっと半回転しながらニヤニヤ言ってきたもんだから、「直ぐに脱出して前線に返り咲いてやるわよ!」と軽口を叩き返したばかりだったというのに。
まさか、ウルトラCも目じゃない衝撃の結果を突き付けられるとは、二人して思ってもいなかった。
「レベル4のスポイラーを強制退色させていた成分ですがな、黒雨やColor能力による上書きの痕跡が、文字通り一切検出されなかったのでござるよ! 弾のベースが黒雨そのものでござるから多少の色彩汚染は見られるものの、この退色現象とは1ミリも関係がない! じゃあ一体何なのか! なんとびっくり工業用漂白剤! 化学的に色そのものを抜いたのでござるよ!
ピンチに陥ったヒロインの元へ突如現れた謎の人物が、チープなアイテムで強敵から華麗に救い出し、何も言わずに去っていく…………。
か――――ッ! 非合法ヒーローの如きあまりのカッコよさに、拙者、本気で感動ものでござる!」
一気に早口でまくし立てるSEの熱量は凄まじく、静電気でも散っているんじゃないかってくらいに、エレクトリックグリーンの目はバチバチに輝いていた。
私は引き気味になりながらも即座に言い返す。
「ちょっと、誰がピンチのお姫様?
別にあのままでも、カメレオン野郎の顔面に華麗な右ストレート叩き込んで完封勝利してたわよ」
「おっと、それは『お約束』というやつでござりますですかァ? 姫?」
「デゥフフフ」と悪びれもせずに笑う声を聞き流しながら、私の頭の中ではまだ漂白剤という事実が上手く飲み込めていなかった。
「それで? なんでそんなのでレベル4の――――ソリッド級のスポイラーが退色するのよ。意味がわからないわ」
思わず身を乗り出して、モニターの波形を指差した。
「私のColor能力でも出来ないことが、ただの洗剤にはできたっていうの?
そんなテレビの豆知識みたいなのに負けたの私は!?」
あり得ない。そんな必死の訴えも、このオタクたちの前では新しいオモチャを与えられた子供の刺激でしかなかった。
すると理知的な眼鏡の奥で、ミッドナイトの瞳をゆっくり細めながら、静かに、しかしどこか喜びを孕んだ声で答える人物がいた。
「心中お察しします、サキ様。
……しかし、お言葉ですが、我々を含めて誰もが”色には色”をと、カートリッジの出力やColorの干渉だけで問題を解決しようと頭が凝り固まっておりました。
そこに最大の盲点があったのです」
【ソムリエ】は画面を切り替え、部分脱色されたスポイラーの資料を大きく映し出す。
「お二人が昨夜持ち帰ってくださったスポイラーの分析を極限まで行いました。
薬品を使って化学的に色を抜く――。そんな単純な『漂白』というアプローチに、我々を含めた誰一人として気付けなかった。
――実に素晴らしい」
「特別な能力による退色じゃなくて、文字通りのお洗濯ってこと? 冗談きついわね。
じゃあ、あの新型兵器みたいな銃は何なのよ? ――――まさかあれも……」
いやな予感がして思わず顔をしかめると、今度はSEがキーボードを激しく叩きだし、別の資料をモニターに割り込ませてきた。
「フォカヌボウ! まさにその『まさか』でござるサキ氏!
あの謎のヒーローX氏が持っていた銃でござるが……あれ、別のオモチャ同士を無理やりツギハギした『電動水鉄砲』でござるよ。少々古い型ではござりますが」
「水鉄砲ッ!!??
嘘でしょ、あの威力が『おもちゃ』なわけないじゃない!?
私のラッシュでも、びくともしなかったのよっ!?」
これには、隣で静かに聞いていたセンジまでもが絶句した。
あの時見た銃は、ネオンブルーの流体ラインが走る、どこかの最先端企業が作った試作型に見えた。
あの威力が市販の玩具のツギハギだなんて、誰が信じる。
「バカな……。
PALLETが我々に支給している正規の兵装でもない、子供の玩具と洗剤でソリッド級のスポイラーが手玉に取られたというのですか?」
「ええ、センジ様。
ですが、スポイラー関連の技術は様々な分野に渡り転用されております。もちろん、ホビー業界も例外ではありません。
そうでなくとも、純粋に年月が経って、成型技術やプラスチックのクオリティが上がっていますので、たかが玩具と侮るのは早計かと。
――――近年の玩具市場は、決して子供の為だけのものではございません。昨今では『大人向け』と称し、ハイエンドなホビーが主流になっているのですよ」
「とても信じられない」と僅かに馬鹿にするような空気を感じ取ったのか、ソムリエは彼に対して真正面に身体を向け、物腰の柔らかい丁寧な口調で語った。
ニーズとそれに合わせた供給、スポイラー技術の現状を理性的に、現実的に、
――――そして、ソムリエのように。
「――装備を整えるにはいつの時代、いかなる場所においても金がかかる。
まだ幼き頃、数多の伝説を耳にしながら俺も憧れた。
何人もの勇者が受け繋いだ火継の鍛剣、強大な力を制御する宝珠が嵌め込まれた封魔の鉄杖、いわくつきの謎の首飾り。
……だが、当時の俺はあまりにも無知で無力だった。
選ばれし子にしか与えられぬ力と知り、絶望した」
王者の風格? を出す【キングロード】は、淡々と評価する。
男らしいパーツが美しく配置された顔は、どこぞの王侯貴族と何ら遜色がない。落ち着いた品の良いの金髪から覗かせる、レッドゴールドの瞳が真っすぐ遠くを見据える。
「キングロード氏の言う通りでござる……。
欲しくても買ってもらえず、指をくわえて耐えるしかなかった毎日…………。
――――だがしかし! 時は来た! 今の拙者たちはあの頃とは違う!
成長した我々には自由に使える資金力というパワーがあるっ!
――だからこそ、メーカー側も当時の子供――、つまり今の我々大人の財布を本気でむしり取るために、スポイラー転用技術も含めたガチのハイテクパーツをこれでもかとぶち込んでくる仕様に進化したんですな」
「SE……」
「キングロード氏……」
ガシッ! ギュッギュ! と、生き別れた仲間の再開シーンみたいに、二人は力強く抱擁を交わした。
互いにまだ出会えておらず、一人寂しく耐えるしかなかったあの日々を慰め合い、今、共にいることに感謝する――――
なんだコイツら、とセンジはエイリアンでも見るかのような、何とも言えない表情で彼らの熱い抱擁を眺めていた。
「おもちゃなんて子供の時以来、全然追えてなかったけど……。
私の知らない間に随分進化してるのね……」
モニターに映る銃の、もはや精密機器と呼ぶべき複雑なパーツ構造を見つめながら、ぽつりと呟いた。
驚きと、大人の執念に感心するような気持が混ざり合う。
「ねえ、まさかとは思うけど……これからは私たちハンターも、インクじゃなくて洗剤で戦うことになるの?」
「――否。
工業用とは言え、生活感あふれる洗剤を抱えて戦うなど、俺のポリシーが許さん。色彩による力こそ我が王道に通ずる。そんな地味な絵面、断固として拒否する。
戦いには守るべき美学があるのだからな」
およそ研究職に就いている人間とは思えないほどの威厳に満ちた声で言い放つ。その佇まいには妙な風格があった。
黙ってさえいれば酒池肉林も夢ではないだろうに、口を開けばしっかり拗らせたオタクなのだから面白い。
「……やれやれ、相変わらず大げさな人ですね。
ですがサキ様、キングロードの言う通り、それは全く現実的ではございません」
私の突飛な疑問に、ソムリエは微笑みながら頭を振った。
「基本的にスポイラーは染色率が進み狂暴化する前に速やかに倒し、回収することが推奨されております。できるなら無色が望ましいですが……。
なんにせよ、ある程度『色』が蓄積されてからでなければ、この漂白戦法はまともに機能しないのです」
彼は画面をスクロールさせ、さらに重大な懸念点を付け加えた。
「何より、多少なら兎も角、このような強力な薬品を現場で大量に使用すれば、単純に人間への毒になりえますし、周辺の環境にも甚大な被害を及ぼします。
ハンターの兵装としてはあまりにもデメリットが大きすぎるのです」
「……なるほど、組織的な戦闘を前提にした、基本兵装としてのデメリットは理解した。
ハンターでもない一個人が戦うにあたっての、例外中の例外の手段ということも」
隣で腕を組んでいたセンジが、鋭い視線をモニターに向けて言った。
「だが……、それなら最初から漂白剤だけで良かったはずだ。
スポイラーは黒雨を吸収して強くなるのは常識だろう。何故あえて『黒雨』を混ぜる必要があった?」
現場の解析データから核心ををつく疑問を投げかける。
スポイラーは周囲の物や生物から色を吸収し、染色率を上げて己を強化する。さらに黒雨を取り込むと元々乗っていた色の濃淡や輪郭が際立つ。
だからこそ、黒雨を特別な方法で濃縮させてインク化したものを使用する。Collar能力と同じように局所的な濃い色の上塗りという形でダメージを与えることができるのだ。
さらに彼はふと思い出したのか、続けて静かに追及する。
「……そもそも、あの路地裏には警察の街頭カメラも数えるほどしかなかったはずだ。どうやってあの不審者の映像やデータを拾ってきた?」




