#75 パーティー in Another World
ドアは閉められた。
鍵が施錠される音に、絶望が笑い声を上げる。
「あ、あああっッ!!??
僕は食べても美味しくないですってーーーーッ!!!!」
涙目で怯えるルーキーを前に、三人はどっと冷や汗を流した。
シヨウが額を押さえながら、深く溜息を吐く。
「はぁ……。
この手の悪ノリはもうやめよう、あまりに危険過ぎる……」
「ちょっとっ、元はと言えばあんたが始めた小芝居でしょうがッ!!」
便乗した自分を棚に上げてニャーニャーッ! 噛みつくと、顔を真っ赤にしたセンジがついにキレた。
「いい加減にしなさいッッ!! お前達ッ!!」
先輩のマジもんの怒号に、部屋がシーンと静まり返る。
状況が全く掴めていないルーキーは、大量の菓子類が入ったビニール袋を抱えたまま、おずおずと自分を指差した。
「あの……差し入れ、食べないんですか……?」
「「食べない、食べない」」
女性陣は『ないない』と手を振る。
「センジさんは……もう――」
ルーキーが伺うようにセンジを見た後、悲し気に俯く。
二人の女性にガブッと――。
碌でもない勘違いが脳内を錯綜していることは、態度を見れば一目瞭然だった。
「まだ何も食べられていないッ!!!!」
何故かこの異世界人が現れてから、この手の茶番に巻き込まれる率が高くなっているようで気がしてならない。
これ以上、一人の男としてふしだらなイメージを抱かれるのは御免被る。
そんな思いで放った否定の声が、虚しく響き渡った。
焦りのあまり口走ってしまった『まだ』、という単語に各々引っ掛かりを覚えていたが、当の本人は気づけていない様子。
「……ぷっ、あはははッ!!」
そのあまりの情けなさに、サキが思わず吹き出した。
シヨウも耐え切れず、手の甲で口元を軽く押さえながら喉で笑う。
つられてセンジも力なく笑い、なんちゃってな不倫現場の緊張感が一気に霧散した。
「ほらルーキーくん、あんたも一緒に食べなさい!
その代わり……他の人達には今日のことは絶対に秘密にしておくこと。
絶対に面倒なことになるから。
――いいわね?」
「は、はいっ!」
破ればどうなるのか……サキに肩をがしっと掴まれ、圧の掛かった笑みにビビるルーキー。
なんやかんやありながら、巻き込まれたピンクの青年も一緒にテーブルを囲んでの賑やかな食事が始まった。
カラフルなピンチョスやクラッカー、黒パン、大きなポテトフライに肉、多種多様なソースとサラダ。
ミートローフに鮮やかな赤が散った魚のマリネ。
無駄に細かな模様が入った発泡スチロールの皿に盛られたチーズやサラミ、生ハムなどがズラッと並べられている。
「なんか……外国のパーティーメニューって感じ」
いかにもパーティメニューといった華やかなラインナップを前に、シヨウは感心した。
「パーティーの経験がないんですか?」
センジがパスタをフォークで巻きながら尋ねるが、彼女の反応は曖昧で「うーん……」と首を傾げる。
「いや、あるにはある。
ただ……パーティ文化の内容が若干ずれてるというか。
『鍋パ』とか『タコパ』とか、特定の一つの料理を皆で突っつき回すことが多いし……」
そう言いながら、フライドポテトを一本つまんで口に放り込んだ。
ガリガリと噛み応えのある味付き衣、湿り気の無い厚切りのジャガイモはデリバリーされてきたとは思えない代物だった。
歯が熱ッ! と感じられる程で、慌てて飲み物で冷ます。
「――衣主体のホクホク系か。
細切りのカリカリが好みだけど、これはこれで……」
ボソボソと評価している横で、ルーキーは中央に鎮座する三色パスタに目を輝かせていた。
ピザのように、一皿の中で三種類に区切られて美しく巻かれた特大の大皿。
濃厚なチーズと卵黄が絡む、定番の黄色いカルボナーラ。
トマトが贅沢に練り込まれた、真っ赤な麺のトマトパスタ。
そして、ひときわ異彩を放つ、鮮やかな青い麺のジェノベーゼ風冷製パスタ。
「ブルーハワイじゃあるまいし……何で料理に青色使いたがるんだか……」
「これ、ミントなんですよ。
彩流市の名物パスタの一つで旅行客の人はよく驚かれるんですけど、結構美味しいんです!」
「ミント……」
ルーキーの説明にシヨウがおっかなびっくりに青いペンネを一つ、フォークで刺して口に運ぶ。
咀嚼した瞬間――、オリーブオイルの香りとガツンと効いたニンニクの旨味。
そこに砕いたナッツの香ばしい風味が強く主張し、懸念していたミントのきつい清涼感はアクセント程度にふわりと香る程度だった。
意外な美味しさに目を丸くするとテスターの肩をポンポンポンッと叩き、パスタを指差してこくこく頷く。
髪と同じピンクの瞳が『でしょっ?』と相槌を打った。
「それ錦玉羹みたい。紫は着色?」
隣では、サキが色鮮やかなコンソメのテリーヌを美味しそうに頬張っている。
「ん――、これ? 紫玉ねぎ」
途端に露骨な拒絶の表情を浮かべ、眉をしかめるシヨウにルーキーは察した。
「あ、もしかしてシヨウさん。
玉ねぎ、苦手ですか?」
「まぁ……ちょっと。
コスパ重視の料理って、とにかく玉ねぎで嵩増ししようとするから嫌になる。
総菜もフードカーも気軽に買えやしない。
お高い天ぷら屋のかき揚げには、玉ねぎが一切入ってないって知った時は本気で衝撃だったけど」
「かき揚げ……?
もしかして、あんたの国って東洋系の文化圏?」
パスタに手を付けていたサキが、目をまたたかせて身を乗り出す。
「こっちの東洋がどんなのかは知らないけど、サキのその雰囲気でいくと多分」
「やっぱり!
春夏冬って行きつけの店があるんだけど、そこがこの辺りじゃ珍しい東洋系のメニューが揃っててね。
天ぷらも置いてあるのよ! 期間限定のパフェも絶品で!」
「ああ、資材回収事件か。
そのパフェが目当てで、路地裏の虫型スポイラーを徹夜で退治したんでしたね」
センジがしみじみと思い返していた。
自分も現場で対処にあたっていたが、担当外のエリアの討伐速度が異常に早かった記憶がある。
市民の避難誘導や野次馬の対処をこなしつつ狩っていたが、ふと気が付くと端末にスポットされた沢山の敵影がごっそり抜け落ちていた。
てっきり誤作動かと思ったが――、案の定という話に落ち着いたが。
「あぁ……例の、三人目のバディをノイローゼにさせたっていう」
シヨウはオリーブをツマミながら、サラミとチーズを載せたクラッカーを齧る。
「あーっ、そういう昔の話はいいから!
ほらシヨウ、これ美味しいわよ? 食べてみる?」
サキが慌てて話題を逸らすように、フォークでテリーヌの端を少し削って彼女の口元に差し出してきた。
少し躊躇いながらも、口に含む。
シャキ――ッとした食感に、静止画像のように固まってしまった。
生のレッドオニオンの風味が鼻を抜け、胃液が込み上げる気配が――。
しかし、土台となっている濃厚なレバーペーストのコク、旨味の強いコンソメ、そして甘いベリー系のソースがなんとか吐き出せとせっつく脳を誤魔化す。
怖々と噛み締めつつ「まぁ……食べられなくはない」と、ギリギリ合格札を出した。
「おや、刻みにうるさいシヨウが合格を出すとは、いい調子ですね。
サラダも食べてみますか?」
センジがニコニコとサラダボウルを持ち上げ、みずみずしい生の玉ねぎスライスをこれみよがしに見せてくる。
「いらん」
「えー、こんなにかっこいい私が勧めてるのに?」
先ほどのキャバクラ扱いの仕返しとばかりに、己の端正な顔を近づけた。
玉ねぎ交じりの葉野菜が刺さったフォークを悪戯っぽく差し出してからかってくる。
シヨウは真顔で拒否った。
「生憎、見た目は良くても舌が受け付けないので。
……でも、このブルーチーズのソースは美味い」
先端に刺さっていたレタスを器用に口で引き抜くと、モグモグと兎のように咀嚼する。
「レタスは食べれるのか」とセンジが大人しくフォークを引っ込めた。
「葉野菜は絶対どこにでも出るから、少しずつ食べて耐性をつけた」
「まるで毒物耐性を獲得したみたい……」
「いらないならそのボウルごと全部寄越しなさい」
不敵に笑うシヨウにルーキーが呆然とすると、サキはさっとボウルを奪い取りバクバクと豪快に平らげていく。
「あっ本当。このソース美味しいわね。
いつも肉とか野菜にスパイスミックスとか市販のドレッシングをジャバジャバかけるだけだから、余計に美味しい」
「恐ろしい食生活……」
人外を見るかのように距離を取られてしまった。
――解せない。
「ねぇシヨウ、このソース作れる?」
シヨウは別添えのソースをスプーンで黒パンに掛けてテイスティングしつつ、おおよそのレシピを思い浮かべる。
「……材料さえあれば」
「なら、こっちのテリーヌはどうです?」とセンジが、淡いピンクと白の美しい層を成した魚介のテリーヌを指差した。
鮮やかな黄色の柑橘ビネガーのソースが掛かっている。
「この華やかな色味が好きでして」
「ちょっと待ち。
……まるっきり同じ味ってわけにはいかないけど、大体なら」
「お料理が得意なんですね?
あっ、じゃあピンク色のご飯とかも作れますか!?」
味見をして次々問題なしの判を押していく彼女を見て、ルーキーが目を輝かせて食いついてきた。
「僕、ピンク色の食べ物が大好きなんですけど、既製品だとあんまり種類がなくて……」
「ピンクか……梅、紫蘇、鯛――、赤飯もピンクに入るかな……。
多少着色料は入るけど、桜を使ったものもありますよ。
こっちにあればですが」
「桜ならありますッ! あと敬語なんていりませんよ」「なら私もいらないよ」「僕はクセなんで」と、ルーキーとのまともな絡みを楽しむ。
――ふと、センジの顔を見た。
「センジって、『色味』とかに拘るのか」
「? 色味は料理における、重要な『五味』の一つでしょう?」
フォークを止めて「は?」と間抜けな声が上がる。
「塩味、酸味、甘味、苦味、『旨味』――、何をすっ飛ばしたの?」
「えっ!? 旨味って何ですか?
塩味、酸味、甘味、苦味、『色味』の五つですよね?」
シヨウの驚愕ぶりに、センジもルーキーも本気で驚いたように顔を合わせた。
サキが口元のパスタソースをナプキンで拭いながら口を挟む。
「自分のColorに合った『色味』の食べ物を食べた方が、より身体に馴染んで美味しく感じるらしいのよ。
だから、味だけじゃなくて見た目の鮮やかさにも拘るの。
……ま、私はホログラムだから、何色を食べたって全然関係ないんだけどね」
「うわぁ……こんな、こんなところで異世界ギャップが来るとは……」
「……まさか、あんたの世界じゃ、料理も髪の毛と同じで黒とか茶色ばっかりって言うんじゃないでしょうね!?」
サキが本気で怯えたように身を引くと、シヨウは苦笑いしながら訂正する。
「いや流石にそれはない。
寧ろ最近は写真映えを気にして余計にカラフルになってる、虹色のチーズとか」
「シヨウさんのいた世界には髪や目の色が少ないって話、本当なんですか……?」
ルーキーが不思議そうに尋ねると、センジも興味津々で耳を傾けた。
シヨウがコクリと頷き病院でサキに話したことを伝えた。
この色彩豊かな世界の住人である二人は、信じられないものを見るかのように驚愕する。
「そこまで珍しい?」
シヨウは自分の髪を弄りながら、未だにこの世界の非常識を実感できずにいた。
そんな彼女の言葉に、それまでパスタを巻いていたセンジとパイを咀嚼していたルーキーが、どこか神妙な面持ちになる。




