#76 Le dessert(ル・デセール)
「……黒は天然色としては、あまりない色なんです。
それに、昔ちょっと色々あって――」
言いにくいのか、ルーキーは口を噤んでしまう。
センジはフォークを置き、グラスの水を一口含んでから説明のバトンを引き取った。
「『色彩による身分制度』というものがあったんです。
原色の『純青』『純赤』『純黄』により近いCollarほど、位の高い支配階級に君臨する。
逆に、濁った暗色の者は下層階級として、激しい差別と排斥の対象になっていた。
能力が発現すれば幾らかマシに扱われていたようですが、無理をしてColorが薄くなった者は『色無し』と呼ばれて階級から外される――、そんな時代があったんです」
「心の狭さが1R」
シヨウの飾り気のない反応に、彼は苦笑する。
「その手の身分制度が無くなった現代でも、古い名家や上層部のご老人らの間では、未だに『原色に近い方が優秀である』という歪んだ特権思想が残っている。
……かくいう私も、嘗てカラー・ヒエラルキーの頂点にいた『三原家』の一つ――、純黄の分家筋の人間だ」
己の持つ鮮やかな純黄色の瞳を包んだ瞼を、指先でそっと撫でた。
「分家と言っても、端の端だが。
にも拘らずこの色を持って生まれた結果、親族からの過度な期待や面倒な縛りがありまして……。
――実家とは今、疎遠状態です」
彼の少し寂しげな告白を聞き流しながら、サキは山盛りのスペアリブを手掴みで崩していく。
骨からホロホロと外れるジューシーな肉を豪快に咀嚼し、指に付いたハーブソースをペロッと舐めながら、ぶっきらぼうに口を挟んだ。
「ま、初めて会った時は私も『何こいつ? 贅沢なボンボンが』って思ったんだけどね。
でも、たまーに視察に来る中央勤めのオヤジ連中が……。
『家を拒絶した逸れ者が、現場を這いずり回って庶民に媚びてる』って、喧嘩売ってんの?
口先だけのお座り人形のクセに、誰が街を整備してると思ってんのよッ!?
思い出しただけで腹が立つ!」
綺麗になった白い骨を、皿にカツンと放り投げる。
センジはそんなサキの荒ぶる怒りに再度苦笑いで濁し、おしぼりで指先を拭きながら溜息を溢した。
「黄色の家は代々、『拒絶』の性質を少なからず含んでいますからね。
三原色の中で最も明度が高いがその反面、発色が弱く他の色に埋もれやすい。
高貴だ、権威の象徴だと威張ってはいますが……実際は、ただ臆病なだけだ」
世界中で明るい色だと共通認識される一方、文化によって意味が大きく変わる。
生命・希望、警告・注意、権威・富、裏切り・差別――。
これほど多面的な象徴性を持つ色は珍しい。
だからこそ容易に在り方が揺らぎやすい分、他色から距離を取ることで自己の確立を図ろうとしてきたのが黄色の家柄だ。
もっとも、昔の話である。
「フリーであちこちの部署に顔を出すスタンスが、あの人達からすれば八方美人に見えるのでしょう。
実際、この支部で勤め始めた当初は、周囲の反感は少なからずありましたから」
「反感?」とシヨウは結晶糖のステンドグラス・パイに手を付けていた。
網目から見え隠れする様々なフルーツ? が、艶やかなナパージュを纏って輝いている。
もともとこういう実なのか、それと加工しているのか、透明な鉱石のようなそれを齧ると、カリコリと子気味いい音を鳴らした。
「本当ならエリートコースで、本部の椅子でふんぞり返りながら働けるはずなのよ、センジは。
なのによりにもよって濁都と隣接した彩流市の現場で、使いっ走りみたいなことをして……。
だから、箔付けの為の現場経験とか、中央の勢力争いから蹴落とされたとか、そういう噂が出回ってたの」
彼は昔の職場環境に思いを馳せる。
「そんなことも言われていましたね。
今でこそ胃痛持ちの優男として認識されるようになりましたが――、私の能力は『拒絶』の代名詞のようなものですし、そう簡単に好かれはしません。
車で暴走したシヨウを強引に止めた時は、その後のやり取りに支障が出るのではと懸念しましたが――」
『拒絶刻む黄色の法線』も『警告喚起の黄鉛符号』も空間に直接介入し、遮断し、雷撃で攻撃する。
嘗ての相棒からは『お前の能力が発動する度に、仲間である自分まで拒絶されているような不快な気分になるから気を付けろ』、と苦言を呈されたこともあった。
拒絶の能力を有しながら、拒絶されることを拒む。
なんとも滑稽ではあるが――、結局のところ……人に嫌われる事を恐れているだけ。
だから、フリーとして人との繋がりを得ようと躍起になる。
「魔法みたいだと斜め上な感想を聞いて、正直良かったと思った……」
香ばしいフォカッチャをちぎり、パスタソースを拭いながら口に運んだ。
「――何にせよ、黒だからと言って今時どうこうしようとする人はいないでしょう。
精々物珍しさで視線を集めてしまうぐらいです。
ですが……世の中にはまだ頭の固い方々も少なからずいるということは、知識として頭の片隅に入れておくといい」
もぐもぐと淡泊に締めくくった先輩を見て、サキは何やら思いついたらしい。
悪巧み顔を浮かべながら、シヨウの肩を小突く。
「ねぇシヨウ。
あれやったげてよ、あれッ」
シヨウはサキが齧っていたスペアリブが相当気に入ったのか、既に何本かの肉を美しい骨に変えていた。
「――ッンぐ、あれ?」
「ほら、病院でやった褒め殺しのやつよ」
「褒め殺しですか……?」
ルーキーは持ってきたお菓子の袋を開け、紙皿にザラザラと出しながらきょとんとする。
「そうなのよルーキーくん!
こいつ私のCollarのこと、水面の飛沫だの、硝子のかき氷だのってパパッと例えてね。
『そういうキラキラがサキの色じゃないのか?』って!
自分に色なんてないって思ってたのにそんな風に言われて私、本気で嬉しかったんだから!」
「……サキさん、それ音読されるの結構きついやつです。
恥ずかしいからマジでやめて……」
手がソースで汚れて耳が塞げないのか、腕の付け根で器用に両耳を挟んだ。
恥ずかしがるシヨウに、「いいじゃない!」とさらにせっつく。
「あんただって、自分のことを褒められたら嬉しいでしょ?
四の五の言ってないでパパッと言っちゃいなさいよ、減るもんじゃなし」
しつこさに観念したシヨウは、「はぁ……」と照れを誤魔化した。
チラッと向かいに座るセンジの様子を伺うと、若干身構えている。
黄色は可視光の中心付近にあり、人間の目が最も敏感に反応する領域に近い。
つまり――、良くも悪くも目を引くということ。
悪目立ちする機会も多く、故に人一倍周囲の目を気にして生きてきたのだろうか?
会ったばかりの……常識の土台がそもそも違う異世界人相手にすら、どう見られるか気にするとは重症である。
いきなり褒めろと言われてそうそう思い付きはしない。
おしぼりで手を拭きながら、時間を稼ぐ。
「まあ……私の世界でも黄色って道路の標識とか、立ち入り禁止のテープとかによく使われてるけど……」
逡巡しながら口を開き、ゆっくりと話を始めて更に時間を稼ぐ。
「やはり、何処の世界でも黄色は『拒絶』の色でしたか……」
センジは自嘲気味に笑った。
雲行きがいきなり怪しくなり、シヨウは慌てて言葉を続ける。
「いやっ、拒絶というか……だってあれは守る為じゃんか」
「え……?」
「注意を促して、予防する。
そもそも行かせず、不要な怪我や責任から遠ざける為の色。
別に、意地悪で来るなーってしてるわけじゃない。
それに、そう物騒なものばっかりじゃなくて菜の花とか、向日葵、ススキ、銀杏、卵、さつまいも、トマト、バナナ、キウイ、レモン、黄桃、パイン、文旦、柚子、はるか、日向夏──」
指を折りながら、例えを並べていく。
「ストップストップ、この食いしん坊。後半全部食べ物じゃない。
……食べ物よね? 知らないやつが大分混じってたけど」
「食べ物食べ物。柑橘が好きなもんでつい。
あっ、あと月とかも黄色」
「月って黄色なんですか? 白じゃなくて?」
ピンクのグミを摘まんでいた手を止め、同じ色のお目目をパチパチ。
シヨウも「ちょうだい」と言って、手を伸ばした。
「――ん、よその国だと白で表現されることが多いらしいけど、ウチでは黄色」
「「へぇ〜」」と興味深げな声が上がり、「そんなところか、まあ兎に角優しい色だよ。他の色と混ぜれば何でも明るくなるし」と三角形に折り畳まれたせんべいを振って中身を探る。
チャリチャリっという音に、歯で割って中を覗くと紙に包まれた小さな鈴が入っていた。
そんな三人の他愛のない会話を、センジはぼーっと眺める。
――『拒絶』と『否定』
――『断絶』と『遮断』
――『警戒』と『警告』
何かを仕切り、指示出しをする。
代えがきかない一つの椅子や役職に就く者が少なくない家系で、幼いころに植え付けられた孤高と呼ぶ孤独。
自由に人と関わることが出来ず、時に他者を見下し道具としてみる。
そんな考えに疑問視する自分を否定する親族が作る環境に、幼心ながら恐怖を覚えた。
ここに居れば自分は一生一人ぼっちだと、怖くてたまらない……。
しかし、ひとたび家を飛び出せば、自分も『拒絶』の一族の一人だった。
彼らと何も変わらないのかと、必死になって一族とは反対のことをやり続けて漸くマシな環境を手に入れるに至る。
……一度もなかった。
頼れる補充要員として、いちハンターとして語り合える仲間ができた。
だが、純黄色を守る為だと――、夜を照らす月だと例えられたことなど――――、一度も……ない。
「……あ、でも」
思考に耽っていると、彼女は唐突に思い出したのか顔をしかめる。
「黄色で苦手なやつがあった」
「――っ」先程までの感動が一転、全身がカチリと硬直した。
やはり嫌われるのかと、純黄色の瞳が微かに泳ぐ──、
「――ぐっ!?」
小さなカップ容器に盛られたマスタードを、これでもかと擦り付けたフライドポテトを強引に突っ込まれる。
「からし。
ウチのはそもそも種子が違うし、マスタードみたいにハチミツとか酢とか一切入れないから、相当に辛い。
つけ過ぎは注意――、ってね」
いたずらが成功した子供みたく、楽しそうに笑ってみせた。
ポテトを飲み込んだ瞬間、センジの鼻腔をツンとした刺激が突き抜ける。
その他の調味料でマイルドになっているとはいえ限度があったのか、涙がじわりと滲んでしまう。
だが──、
「――あはははは!
成程ッ、確かにこれはクセになりますね!」
「ほら見なさい! だから言ったでしょ?」
鼻元を押さえながら珍しく大笑いする彼に、サキもゲラゲラと同調しながら料理を突っつき、ルーキーもつられて楽しそうに声をあげる。
「やれって言って、そこまで笑うか普通?
もうやだ、好きなやつだけ貰う。
野菜はそっちで処理しろ、私は肉とパスタを食べる!」
気恥ずかしさを隠すようにサキから強引に大皿を取り上げ、肉を確保した。
そして、かきこむようにして残り僅かのパスタを平らげる。
「ああっ! 何すんのよッ!?」と言いつつ自分も様々な色のテリーヌを綺麗に喰らい尽くしていった。
異なる世界の人間との出会い。
新しくできたバディが紡ぎ出す無茶苦茶な時間は──、こうしていつもより輪を掛けて賑やかな騒がしさと、少しだけツンと辛い、けれど最高に美味しい料理の匂いに包まれていた。
* * *
昼間から始まったどんちゃん騒ぎは、気がつけば深夜まで続いた。
まだ療養中の身である二人は酒を固く禁じられており、シヨウから全力のストップが掛かる。
そのことにサキは不満を口にするが、ドリンクバーのミックス文化を聞いて色々試して回った。
細かな作業が苦手な女が作るドリンクの質などたかが知れている。
阿鼻叫喚の後始末に追われながらも机の上に並んだご馳走は欠片一つ残っておらず、お開きになるとサキは少し名残惜しそうにシヨウを振り返った。
「ねぇ、シヨウ。あんたどこで寝泊まりするの?
良かったら、私の社宅に来る?」
「流石にそこまでお世話になるわけにはいかない。
ほら、夫婦生活でも『たまに顔を合わせるくらいがちょうどいい』って言うし。
それに地下倉庫なのに何故かシャワーもキッチンもついてて、水回りが充実してるんだよ此処。
何ならベットもあるし」
「もう普通の家でしょう、それ。
シヨウの素性を考えると賃貸料が掛からない上、庇護のお膝元で暮らせるのは良い事ですが」
ドア前の廊下で見送る彼女が苦笑いを浮かべる。
「その代わり、病欠とか遅延の言い訳が使えないけどね。
呼び出しがあれば仕事に駆り出される」
「げっ、24時間365日職場にいるってこと?
タッカーのやつにこき使われないように、ちゃんとNOを言う練習しておくのよ。
あんた自分の立場とか考えちゃって、その辺の意思が貧弱そうだし」
自分の性格をさっそく見破ったカンと、釘を刺してきた実行の速さに舌を巻いた。
「一発で我らが国民性を見抜くとは……。
まあこっちの暮らしに慣れてきたら、そのうちお邪魔させてもらう。
あっ、ルーキーのピンクフーズはそのうち」
「ありがとうございます!
じゃあ、同じ地下の仲間として、これからよろしくお願いします、シヨウさん!」
手土産に取り分けされた料理を抱え、ルーキーは嬉しそうに挨拶を済ませて研究室へと戻っていく。
さて、やられっぱなしでは終われない。
親指で部屋を示しつつ、釘を刺し返す。
「それより二人とも、向こう一週間は此処の片付けがあるのを忘れないように。
じゃ、また明日」
二人も口を揃えて『また明日』と返した。
深夜の帰り道――、まるで夢から覚めてしまったような静けさに、サキは妙な不安が込み上げてくる。
今回起きた出来事があまりに荒唐無稽が過ぎたせいだろうか。
夜風に吹かれながら、隣を歩く先輩と現実を共有する。
「こんなに早く、バディが見つかるなんて流石に思ってなかった……」
「なかなかの人たらしですがね、彼女は」
センジは瞳を優しく細め、悪戯っぽくサキをからかった。
「あの調子だと、君と違って色んなところから引く手数多だろう。
手綱を引っ張りすぎて、引きちぎってしまわないように気をつけなさい」
「失礼ね、大丈夫に決まってるでしょ。
私が走れば、あいつも勝手に一緒に走ってくれるわよ」
心外だとむっとしながらも、その表情を少しだけ真剣なものに変える。
「それよりあいつ……一見常識人のくせして、急に突拍子もないことを勝手にやり始める可能性が高いわよ。
放っておいたら、自分から手を離してどこかへふらふら行っちゃいそうだし。
……むしろ私の方が、ちゃんと見張ってないとね」
彼女の本音を聞いたセンジは、一瞬驚いたのか目を丸くした。
それから夜道に響く大笑いが、サキの心を更に波立たせる。
「あのバディ・クラッシャーが、今度は自分からリードを咥えて相棒の後を追いかけるんですか?
……いやぁ、本当に変わったなサキ」
「もう、うるさいセンジ!」
顔を真っ赤にして殴ってもなお笑う彼を、ぐらぐらと揺する。
本当に珍しくよく笑うようになった、こいつは。
自然と緩んでいた自分の口角に気づいて、癖のある面々にするりと潜り込んで引っ掻き回す彼女は本当に悪女なのかもしれないと考える。
しっかり引きづっていかねばなるまい。
そんな二人を見下ろす道中の夜空にはシヨウの言葉通り――、真っ黄っ黄なお月様。
新たなバディの門出を祝うように、優しく輝いていたとさ。
これにて第1章完結です!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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