#74 キャバクラ祝勝会
「さあ、裏の仕事もきっちり済ませたんだから、今度は死ぬ気で思いっきり飲み食いするわよ!
いい加減お腹が空きすぎて、また病院に運ばれちゃいそう」
シヨウは「――はぁぁぁぁ……」と大きく溜息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……それは不味い。
ちゃんと見とけって先生に言われてるのに、なんてどやされるか……。
今すぐ栄養補給しよう。
あの、パイだかテリーヌだかのやつ」
「賛成です。
何はともあれ、クロム社の野望は阻止したのは事実だ。
堂々と祝勝会といきましょう」
無菌室で眠っていた三人の遺体はその後、丁寧に火葬へと付されることになった。
この世界に埋めるよりは、いっそどこまでも広い空にでも飛ばしてた方がいい――。
そんなハンター達の想いから、遺灰は使い道無しとラボの隅に放置されていた小型ロケットを飛ばすこととなった。
青い空を突き抜けて高く――、高く――。
ここではないどこかにある、彼らの本当の星にいつか還ることができれば――。
そんなエゴを小さなロケットに乗せ、三人は静かに見送った。
そして――、
* * *
「へぇ……ここが、新しいオフィス?
思っていたより広いわね」
サキは新しく宛がわれた『特殊事案初動室』の扉を開け、感心する。
部屋の中はそれなりの状態で、スチール棚でできた迷路や大量の段ボール、長年の資料ファイル等がまるで山脈のようにうず高く山積みになっている。
隅には何やらよく分からない機材や古い道具なども、雑然と奥に追いやられて何とも悲し気である。
「そりゃ、ワンフロアの一角だもん。
他に部署は無いし、丸々ウチの階と言ってもいい」
左遷されてから一度も降りなかった地下1階は、当の昔に使用されなくなった備品や、出所不明の資材等が放置された巨大な置き床と化していた。
しかし、同様に見放されて埃塗れだと思っていた部屋の奥へと進むと、驚いたことにぱっと目につく箇所は綺麗になっている。
「ほんと? ペントハウスの主みたいじゃない、地下だけど。
それに、結構片付いてる?」
「私は二人ほど重い怪我じゃなかったから。
今後の仕事に関する書類とかこの世界の常識、PALLETの規則なんかの資料を受け取る為に何回か支部に足を運んで、ついでにこの部屋を簡単に片付けておいた」
見ると最低限の生活ができるように型落ちのコンピューターとモニター、仮眠用のベット、そして大きなソファと机などが備え付けられていた。
因みに、これらは全てロマ研の面々からスペースを圧迫していた品々を譲り受けたもの。
常日頃からロマンを追い求め続けると、自然に物が増え続けてしまう。
ラボとしては、大変都合の良い引き取り先の出現に一同が沸いた。
新しい部署を整えるだけのものとなると、かなりの量を押し付けられる。
レギュラー落ちしたパソコンや、見た目が気に入って購入したものの一向に出番がなかったデスクや椅子、テストプレイで巻き添えを喰らい一部フレームが欠けたベットなど。
とにかく容積のでかいものを押し付けてきた。
――ニッコニコで。
シヨウとしても、腰を落ち着けるにあたって必要なものが何一つなかったので渡りに船ではあった。
が、しかし如何せんこの部屋も物が湧き溢れていた為、それらを置くスペースの確保には難儀するこに。
その成果が、向こうに聳え立つ山々である。
「よく一人でここまで整えたものですね。
正直、埃の山を覚悟していましたが、これならすぐに宴を始められそうだ」
センジは、品のいい革張りのソファに腰を下ろした。
サキもほぼ新品のオフィスチェアに身体を預け、デスクに自分の愛銃をホルスターごと置く。
「そういえばタッ――、ボスから聞いたけど、元々はバディが見つかれば警備部に復帰する予定だって。
もう正式なバディができたんだから、元の部署に戻るの?」
「んー……まあ、それもちょっとは考えたんだけどね」
くるくると回転しながら、天井のシミを数える。
「今回みたいな事件もあったし。
ただ街をうろつきながらスポイラーを探して倒して回るよりは、ああいう込み入った任務の方が、私にとってはやり甲斐があるって気付いたの。
……それに、シヨウの帰り道も探さなきゃいけないし」
「私の帰り道……?」
「だってそうでしょ?
あんたは自分の為に、こっちのいざこざに付き合ってくれた。
なら今度は私が、相棒を里帰りさせたいって理由で探し物に付き合うわ。
……あとはまぁ、ここなら変な縛りなしに好き勝手やれそうっていうのもあるけど」
「そっちが本音だろ。――でもまぁ、助かる。
異世界に行く方法を探すにあたって異常な現場を調べるとなると、そもそも何が異常なのか私には判断がつかないし……」
親の目を嫌う思春期の子供のようなサキの本音にツッコみつつも歓迎した。
すると、センジは形ばかりの内緒話のポーズを取り、小声で話しかける。
「私は欠員補充要員ですので、今後も今まで通りフリーで働きます。
ですが……シヨウに『相棒』と呼ばれたこと、冗談で終わらせるのは勿体ない。
いつでも都合をつけますから、必要なら気兼ねなく呼んでください」
「ありがとう、センジ。
リードが千切れそうになった時は呼ぶ」
猟犬に頭を悩まされた者、これから悩まされることになるであろう者との秘密のコネクションが繋がった。
「お喋りはそこまで!
ニ週間も味気ない病院食だったんだから、今度こそ限界ッ。
センジ、さっさと注文!」
「はいはい。
――シヨウ、何にする?」
センジが自前の携帯端末を操作しながら尋ねると、シヨウは少しだけ申し訳なさそうに片手で謝りながらお願いする。
「前に言ってた『おすすめ』で。
それと……知ってると思うけど私、偏食持ちなんで。
もし届いた料理の中で無理そうなやつがあったら、二人共手伝って」
「分かってるわよ。
私にかかれば、どんな残り物でも一瞬で片付けてあげる」
「――というわけで、問題ありませんね。
パーティーメニューのセットにするか……」
画面を叩き、他に飲み物や追加注文を確定させると「で、怪獣はあれからどうなった?」と、尋ねるシヨウに笑いながら、最前線で鑑賞した4Dシネマを肴に三人は時間を潰した。
* * *
「……ところで、会社でデリバリーを頼んだことがないんだけど、普通はロビーまで取りに行くもんなの?」
「いいえ、部署まで届けてくれるわよ。
でもここは半分非公式の隠し部屋みたいなもんだし、受付から内線で連絡が来るんじゃない?
一般の配達員はここまで――」
コンコンコン――
サキが言い終えるより早く、オフィスの頑丈なスチールドアがノックされた。
「「「――?」」」
こんな辺鄙な場所に来客とは考えにくい。
顔を見合わせつつ、シヨウが「? はーい」と不思議がりながら立ち上がってドアを開ける。
するとそこに立っていたのは、大きな保存バッグを背負った配達員だった。
「お待たせしまっしたー! ライス・ポーターでーす!」
「え――っ!?
ここまで直接運んできたの!?」
「はい、地下から!」
「地下からッ!?」
なんとセンジとサキがカスタムカーで出撃した、あの極秘の地下通路からバイクでやってきたのだと言う。
そんな秘密の通路の存在など知らなかったシヨウは、驚きの声を上げた。
「デリバリー用の隠しルートがある職場とか、意味が分からない……」
「あ、いや。
このルートは研究室の人達が、普段からよくデリバリーを頼む時に使われてるんすよ」
「あいつら゛ぁぁ!
隠し通路は男のロマンだとか何とか言って、めちゃくちゃ使い倒してんじゃないのよッ!」
サキは額に青筋を立て、ラボの面々のフリーダムさに呆れ果てる。
「隠し通路が一般人に認知されては、意味ないでしょうに……」
頭を押さえながら、頭痛薬も持ち歩くようにしようかセンジが本気で考えていると――。
配達員の男性は人当たりの良い笑みを浮かべ、グッと親指を立ててみせた。
「大丈夫っすよ! 俺、ここの専属登録の配達パートナーですし。
それに口止め料込みで、時給がめちゃくちゃ良いもんで結構この枠、争奪戦がヤバくて。
誰も降ろされたくないから、口にチャックは必須!」
「はぁ……。どこの世界でもお金を掛ければ、ある程度融通が利くのか。
まぁともかく、ありがとうございます。お世話様」
シヨウはそう言ってお礼を述べたが、目の前の配達員への支払いの段取りがよく分からない。
「あぁー……こういうときって、チップとかいるの……?」
不慣れな異世界のビジネスマナーにもたついていると、その様子を見たサキがポケットの財布からパッと手際よく追加の硬貨を取り出した。
「ほら、お疲れさん。またよろしくね」
「うわぁ、あざーすっ! またのご贔屓に!」
配達員は嬉しそうにチップを受け取ると、元気に通路の闇へと駆けだしていく。
パタンとドアが閉まり、オフィスに静けさが戻った。
「……こっちって、チップ有りの国?」
「ないわよ。
あるとこもあるけど、基本的にはそれ込みのお給料なんだから、別に渡さなくていいの。
でも、あんな所からわざわざ重い荷物担いで、暗い地下を走ってきてくれたんだから――。
そういう隠れた頑張りにはきっちり上乗せして応えてあげるのが、大人の気配りってものよ」
栗色の髪をたなびかせながら、受け取った料理の袋をデスクに運ぶ。
慣れた手つきでチップを支払い、さり気無い一言で労働者をいたわる姿。
手際よくサッサッと品物を並べていく彼女に、思わずかっこよさを見出す。
「――。
サキでも、ちゃんと大人に成れるんだな……」
「どう意味よッッ!?」
意味深なディスりにガオッ! と吠えて威嚇すると、センジが大声で笑いながらシヨウの援護に入った。
「ははははははッ!! 日頃の行いですよサキ。
これを機に、いい加減落ち着きというものを覚えることです。
可愛らしいバディもできたんだから」
「うっるさい!
っていうかセンジ、あんたシヨウみたいなロリがタイプなの?
――――、っぽいわね……」
「そんな訳ないでしょうッ!!」
「そんな訳ないのッ!?
そんな……私のこと……ホントは嫌いだったなんて――」
深刻そうな顔で俯くシヨウに「あっ、いや、そういう意味ではなくて……」と慌てて訂正を入れようとする彼に、ニヤリと猟犬の影がソファの後ろから這いよる。
「そういうこと、シヨウ。
センジって私みたいな、はっきりとした身体の女が好みなの。
海で顔が良いとか言ってたけど、私と張り合うにはちょーっと色々物足りないんじゃない?
もう少し身体に年齢刻みつけてから出直してきなさい」
するりと程よく筋肉がのった腕が彼の首を絡みつき、長い栗色の毛先が彼の身体を擽った。
そして、服越しに胸筋をぺチぺチと叩きながら、これ見よがしにシヨウにウィンクする。
「サキ――ッ。
お前は何を言ってるんだ!?」
ギョッと振り返って糾弾するセンジの横に、静々と近寄って隣にちょこんと彼女は座った。
そして彼の手を小さな両手でそっと上から包みながら、おずおずと……けれども真っすぐな眼差しで見つめる。
「……私はサキほど分かりやすい女じゃないけど、見かけが若い分、賞味期限は長いと思う。
――今は好みじゃなくても……少しずつ、私を好きになって?」
「な、な――っ!!??」
大胆で女性らしい雌豹のようなサキと、素朴で柔らかな木漏れ日のようなシヨウ。
全くジャンルの違う女性二人に迫られ、キャパオーバーになる。
ガラ――ッ
「皆さん、ロマ研から差し入れで―……すぅ?」
ピンクの髪がひょこッと現れ、お菓子が大量に入ったビニール袋を掲げた。
しかし、目に飛び込んできたのは何とも艶めいた光景。
ソムリエ一押しのスタイリッシュなデスクの上には、驚くほど色鮮やかな色彩フルコース。
プラスチックとは思えない精巧な作りのグラス擬きには、ドリンクに濡れて妖しく煌めく氷がカランと崩れる。
そして、豪奢で品のいいレッドのソファに座るセンジ。
後ろからしな垂れかかるサキと、隣で上品に迫るシヨウの姿。
どう見ても――、キャバクラである。
「た、大変だーーーーー!!!! センジさんが食べらてるッ!!!!」
急いで報告しに行こうと外に飛び出したルーキーを、六つの腕が部屋に引き摺り戻す。
「あ゛ぁぁぁッ!? 僕は美味しくないですよーーーーッ!!!!」
『食べるかッ!!!!』
ご一読ありがとうございました。ラストスパートとなってまいりました。
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