#73 共犯
「――――」
漸く邪魔者が消え、深く息を吐き出した。
緊張で強張っていた身体から、一気に力が抜ける。
「私も……こうやって、死ぬとこだった――」
延命ポッドの停止スイッチに近づき、飾り気のない小さなプラスチックのそれを親指でそっとなぞる。
「――魔法が使えても、無茶苦茶な身体能力があってもこうなった。
最期は誰かに、『利用させない』だの『人として供養する』だの……。
適当な綺麗ごとで、私も殺された……」
サキのヘリにぶら下がって飛んでいくという、スパイ映画さながらの離れ業を見送った後、彼らの異常性を思い知らされた。
肌を突き刺す冷気、唐突に現れる障壁、光の弾幕に茨の鞭――。
何もない宙から、何を飛ばすか予測できない。
液晶の向こうで輝く『魔法』が自分の首に手を掛けた時、幼い憧れがただの恐怖へと変わった。
それに加えて、息つく間もない爪の乱舞。
しなやかで量のある筋肉の伸縮は、追尾弾のようなしつこい攻撃を後押しする。
箒星形態のスピードと機動力に並ぶ勢いに、距離を取ろうとしてもガンナーが逃げ道を的確に塞ぐ。
一見、獣人に比べれば細い体も黒雨のバフの影響なのか、ランスによる反撃に対してもびくともしない、戦車並みの頑健さを誇っていた。
……運が、本当に良かったのだろう。
とっさの『待て』の一言、自分にインストールされた謎の翻訳スキルが無ければ、敗北は必至だった。
ポッドの縁を、両手で握り潰すように掴む。
冷たい金属は、徐々に熱を吸収して温くなっていった。
「……まだ、生きたいですか?」
――返事は無い。
膝をつき、腕を置き、顎を乗せて尋ねる。
「私は、生きたい。
寝ても覚めても……死ぬのはイヤだなぁ……。
眠ってる間に殺されるって……。
切っても切らなくても、何も分からないなら……」
「はぁ……」と大きく肺の呼吸を入れ替えた。
「異世界だしなぁ……。
治癒のColor……スポイラーも、色々……」
親族なら、或いは友人ならもっと健全に悩めたはず。
しかし、目の前に横たわっているのは赤の他人。『脳死』だと、優秀なスタッフらのお墨付きがあれば、迷うことはない。
ただ……異世界人の立場からすると、過度な期待が残ってしまう。
治るかもしれない――。
まだ、死ななくてもいい。私が諦めなければ、生きられる可能性がある。
故に、殺生与奪の権利はこの手に乗っているのだと。
『Collarもスポイラーも、万能ではない』
この世界で常識を身に付けた住人がこの場に居れば、誰でもそう口にしただろう。
純然たる科学世界で育ち、罪悪感で苦悩する。
今の彼女はまるで、既に死んだ星の残光を指差しながら『いつか行ってみたい』と笑う幼子と変わらない。
「何が『私が考える』だ、かっこつけ……。
そんな気、あるか……」
顔を隠して床に零れた本音は、ややくぐもって響いた。
あの二人は……どうも真っすぐが過ぎる。
素直な同情と罪悪感、開き直る他にない立場であるが為に堂々と生きようとするその覚悟は、あまりにも眩し過ぎた。
私がいなければ、恐らく彼らをギリギリまで粘って生かしていたかもしれない。
――だからこそ。
反論の余地のない理屈を考え、先制を取った。
「一生死ぬまで、助ける方法を探し続けて考える……。
できるわけない……そんなの」
死んでくれた方が、都合が良い――。
そんな自分と、共に殺してもらおうなど、甘えにも程がある。
帰りたい――。
願いは、それに尽きる。
縁も所縁もない人達の生死の権利を、ずっと握りしめたまま生きられない。
帰る日が来たなら、私は帰る。
その時握っていた彼らの命を一体どうしろと? 人に預けろと?
それもいい。利用してきたツケとやらをサキやセンジ達に清算させ、一生責任を取らせる方法もある。
だが、嫌だ。
自分の性格はよく分かっている。
そんなことをすれば、私は一生、彼らの事を考えて生きていかなくてはならなくなる。
いつか帰るその日まで、ずっとこの重荷を飼い続けなければならない。
そして、帰る前に心残りとなって、本当にこのまま置いていっていいのか? という自縄自縛に陥る。
「――本当に邪魔なのは、貴方達だ」
躊躇いは残さない。
今ここで確実に息の根を止め、完全な他人事にしてしまう。
そうすれば、明日から自分の事だけを考えてすがすがしく笑っていられる。
「正論で免罪符を拵えて……それでも私は、良く知らない誰かを思って、一生努力はできない」
口先だけのご立派な正論で作った免罪符、何処までも自分本位。
しかし、周囲の人達はそれを覚悟だと認識した。
ならば、ありがたく完結させてしまおう。
身勝手な女の姿を、見られないうちに――――。
「――――」
彼らの心臓である駆動音に、かき消される程の小さな声。
立ち上がり、己の良心に謝罪する。
ノロノロとスイッチに手を伸ばし――――、押し込んだ。
――カチッ
ブゥゥゥン――、心臓の音が止まった。
カプセルを淡く満たしていた光が、一つ――、また一つ――。
そして最後の一つが今――――、消えた。
その場にズルズルと崩れ落ち、冷たい機械に縋りつく。
引きつった笑い声を必死に押し殺しながら、シヨウはカプセルに向かって床に額を擦り付け、最後の懺悔を絞り出した。
「……っ、ぁ゛ぁぁ……。
ごめんなさい……貴方達の為には生きられない――」
もう――、彼らのことを考えなくても済む。
そんな安堵に対し、罪悪感と喜びで泣く。
その時――、背後から強く抱きしめられた。
「――!?」
隠し事が親にバレてしまった子供のように、身体が大きく跳ねる。
驚いて咄嗟に逃げようとしたシヨウを、二人は逃がさないようにがっしりと抑え込んだ。
聞かれた! 全部聞かれていたのかッ!?
綺麗事を並べ立て、結局は自分のことしか考えていなかった――、醜い自分を全て。
恐怖に身を強張らせた彼女をサキはさらに腕の力を込め──、「許す」。
「──許すわよ。
この人達に恨まれても、私が許したいって思ってる。
その気持ちは誰にも否定させない。
その最悪な免罪符、私がサインしてあげる」
シヨウの顔を自分の制服の胸元に、髪をかきむしるようにして強引に抱き寄せた。
「一生死ぬまで、この人達を助ける方法を考え続けるのが嫌?
──当たり前よ。
そんな地獄みたいな残業、私だってまっぴらごめんだわ」
淡々と壁を睨みつけながら、相棒の薄ガラスのような背を撫でる。
「本当にバカ真面目ね。
だったら私達に殺させれば良かったのに……自分で済ませちゃって」
「シヨウ。あの時、君は私達にこう言った。
彼らから搾取してきた力で街や人々を守ってきたことを誇って良い、これからも誇り続けて良いと。
そして人間、誰も彼もに優しくなんてできるわけがない。
だから自分の事を先ず選べ――、とも」
大きな手が冷え切った心臓の裏側を熱いくらいに温め、サキと同じように自分の胸に半分奪うように抱き締めた。
「同じことを言います。
――自分を選べ、シヨウ。
彼らを生かして、お前が死んだように笑い続けるくらいなら潔く殺せばいいっ!
――君の行為を、私が代わりに誇ります。
とうに支払いきれない罪が溜まっているんです、これくらいの罪は誤差だ」
シヨウの両腕はだらりと垂れたままだった。
「都合の良い事を――」
「散々私達におべっか使っておいて、よく言うわよ。
大体、あんたが言ったんじゃない。都合のいい相棒でいてくれって」
鼻で笑うサキに、もう……何も言わなかった。
二人の服の胸ぐらを、ぎりぎりと掴み――、
――ぁ゛、ぁぁぁ……ぁぁあ゛あぁぁああああああああああッ!!!!!!
自分の為に人を殺した悪女を、二人のハンターが覆い隠す。




