#72 たった独りの裏仕事
重厚な扉が開くと、電子機器の駆動音と共に研究員達が出迎えた。
「おや、退院してきたと思ったら、揃いも揃って。
うちのラボの冷房が、よほど恋しかったと見えるねぇ」
「あっサキさん、センジさん!
退院、おめでとうございます!」
「まったく……水鉄砲の実物が手に入らなかった上、ラスボスの転落シーンを撮り損ねたのは痛てぇが……。
――まぁ、代わりに特撮怪獣モノが撮れたんだ。
製作者も確保できたことを踏まえれば、結果として赤字は免れたと言っていいだろう」
「ニ人揃って病院送りにされたと聞いたときは、遂にこの世の終わりかと後世に布教するためのデータの保全に走りそうになったでござる」
からかい混じりの歓迎の言葉を上げるなか、シヨウは彼の傍に寄って頭を下げる。
「キングロードさん。
戸籍や会社の件、改めて本当にありがとうございました」
「王好みのスチルのために動いたことだ。
気にするな」
多くを語らなかったが、暁に照らされた黄金の瞳には満足気な色が見える。
――が、すぐにその色は消え、彼の纏う空気が重く切り替わった。
「それで――。
どうするか、方針はもう決まったのか?」
「はい。……終わらせます」
迷いのない回答。
キングロードは暫く無言で彼女の黒い瞳を見定めるように見つめていたが――、やがて短く頷く。
「来い」
研究室のさらに奥――、徹底的に温度管理された無菌室に三基の透明な延命ポットが静か並んでいた。
中には、衣服の汚れも血のりもすべて丁寧に洗い流された護衛達が、綺麗に眠っている。
部屋で試行錯誤を続けていた白衣のメンバーらは、キングロードからシヨウの決定を聞かされた。
「……停止スイッチはこれだ。
――医学的にも科学的にも、それこそスポイラー技術やCollarも……やれるだけのことは全て試したつもりだが……。
これ以上は――、駄目……だった。俺達は、彼らに……」
PALLETの最先端技術を以てしても彼らを救えなかった悔しさにどう言葉を繋ぐべきか考えあぐね――、ただ視線を落とす他ない。
「――もう十分過ぎるほど、良くしてもらいました。
本当に……色々ありがとうございます」
「……俺達は出ていく。
最後のスチルは、お前達のものだ」
キングロードはそう告げると、皆を促して去っていった。
――静まり返った部屋。
カプセルの微かな駆動音だけが響く。
「……こうして見てみると、本当に違う世界の人達なのよね。
不謹慎で失礼な話かもしれないけれど、目の前にいるのにどこか現実味がないっていうか……」
「一人は私達と変わらないように見えますが、この獣毛といい、尖った耳といい……。
遥か遠い、別の星の命だと思わざるおえないな」
動いている彼らと相対しなかったセンジは、サキ以上に現実味を感じなかった。
外見が大きく異なる以外に己との違いが定かでない為、これ以上の発言を避ける。
しかし、地下施設でシヨウに伸ばされた手と眼差しは、鮮明に脳に刻み込まれていた。
あれだけが、彼らは自分達と同じ人だと判断した基準。
あれだけで、人ではないと切り捨てられず、しこりになって心に巣食う罪悪感となってしまっている。
「――そういえば。
私、ヘリの中であの男に聞いたのよ。
こんなことをして、一体誰の期待に応えようとしてるのか? って」
「……」
微動だにしていなかった彼女は、チラっとサキを見やった。
あの荒れ狂う機内の出来事を思い出しながら、あり得たかもしれないIFを語る。
「そしたら、冷めきった鉄みたいな声で言ったわ。
――そんな人間なんていないって、すっごく溜めに溜めて。
あの時は何とも思わなかったけど……そんな人が、実は居たんじゃないかって……。
今も傍に居れば、こんな事件にはならなかったのかのかしら――?」
全て聞き届けてから、自分の黒いバッジを弄りつつ、ぽつりと零した。
「……本当に魚が好きだったのかも知れない」
「え……?」
「クロム社のロゴは魚の尾びれをモチーフにしている。
研究を始めたきっかけが魚だったこともあるけど、地下施設で人魚のポットを見たとき違和感があった。
――彼女だけ、異常に綺麗だった」
ポットを見て恐怖心が湧かなかったのは、現実味がなかったというのもある。
ただそれ以前に――、美しかった。
「あの人魚には、ほとんど手を付けられていなかった。
他は身体を切り刻まれたり、管や線に繋がれていたのに。
それどころか、ポットの中に花まで入れられて、他の凄惨な実験体が嘘みたいに過保護に祀られていた。
てっきり毒草でも入れて実験をしてるのかと思ったけど……。
人魚がパッチの命令を無視した話と併せると、もしかしたら――、パッチの実験にもあの人魚を関わらせなかったのかもしれない」
「それはつまり……」
「今はもういない誰か――。
同僚、親友、恋人、奥さん、あるいは亡くした娘が、よほど人魚が好きだったのか。
あるいは、あの人魚の顔がその誰かに似ていたのか……。
映画でありがちな、安っぽい推察でしかないけど」
ネレウスは人類は皆、自分のに飼われているも同然と言わんばかりの態度でテロを行った。
その動機は、会社をトップに押し上げる事。
技術の進化を求めて、邪魔なこの世界の人間を排除しようとした。
そうまでして発展に拘る理由とは? 一体何なのか……。
真意は海の底――。
「サキ、センジ。
――やっぱり一人にして欲しい。端的に言って邪魔だ」
「何言って――っ!?」
唐突の掌返しにサキは憤慨し、胸倉に掴みかかる。
「ここまで来て、ふざけんじゃないわよッ!」
「サキッ、落ち着きなさい!」
センジが慌てて引き離そうとした。
だが、普段から重いトリガーを引く指は固く握り締められ、簡単には外れない。
「一人でかっこつけてッ、私達はバディじゃないのッ!?」
「バディだからだッ!!!!」
とげとげしい声色に、驚く二人。
水鏡のような黒は、二人の同席をはっきり拒絶していた。
「――尤もらしい理由を並べはした。
だけど、医者でもないのに赤の他人が当人もその親族の意思も無視して、勝手に見きりをつけて殺すなんて、そんなの殺人とほぼ変わらない」
「そんなこと言ったら、私達はどうなるの!?
何にも知らないでヘラヘラ笑って、この人たちを生かさず殺さず利用し続けてきた私達はッ!?」
サキの悔恨に、シヨウは首を振って否定する。
「 二人はもう、今まで利用して……これからも生きていくっていう重しを背負ってる。
……なら、私は?
これからはともかく、今までの分が足りてない」
自分の胸元を掴んでいたの手に触れ、その拘束を一つずつ外すように握り込んだ。
「ここで一緒に手を汚させたら、私は一生対等になれない。
同情で仕事を貰っただけの、お飾り職員にさせる気か?
人を殺すのに、三人もいらない――」
同じ異世界から来た者として、無残な同胞たちにただ同情しかできず、怒りも恨みも抱かずに他人事でいようとする自らの業。
共に清算する権利を渡さないと相棒に突き放されたサキは、奥歯をきつく食いしばる。
そして、悔しそうに顔を歪めると、握られた手を乱暴に振り下ろした。
「……勝手にしなさいッ!!」
吐き捨てるように叫び、怒りと切なさを堪えるように、部屋から足早に去る。
ピリついた残響の中、様子を伺っていたセンジが静かに尋ねた。
「……シヨウ。一人でいいのか?」
「いい。
……そっちは任せた」
純黄色の瞳は一瞬だけ前髪に隠れるようにして見えなくなる。
顔を上げると……心の内が読み取りにくい無表情になっていた。
「……分かった」と短く応じ、サキを追いかける為に扉を空けて出て行く。
無情な電子音だけが響く無菌室の中――、彼女は独りになった。
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