#71 純黒のセミ・ハンター ~首輪が付いた猟犬~
他のハンター達は次々と完治して退院していくなか……結局、三人が揃って退院の許可を勝ち取ることができたのは、実に二週間後のことだった。
「二週間よ、二週間!!
いくらなんでも、長すぎるでしょッ!?」
「これでも大分ごねた。
先生の眉間に、地割れがいくつも走るほど説得したんだから、少しは感謝しろ」
そう、あの頑固な主治医を折ったのは、他ならぬシヨウの現実的な折衝案があってのこと。
彼女は退院してもすぐに前線へは出さず、自分が配属されることとなった『特殊事案初動室』の部屋の片付けだけをさせるという条件を出した。
埃が積もり、資料や道具が乱雑に放置されたあの開かずの間なら、男手を借りて丸一日掃除したって絶対に終わりはしない。
少なくとも、もう一週間は缶詰めになるだろう。
そう説得すると――、アトレスはようやく折れた。
元々、彼のシヨウに対する評価はそう悪くは無い。
体力自慢の脳筋族が集まる彩流支部のハンターらは、患者としてランクは最低値。
医者である自分を差し置いて勝手に傷を見積り無茶をされることを考えると、歯向かわず素直で周囲の状況や多方面に配慮した立ち回りができる都合の良……いや、できた神患者だと、この入院生活で株を上げていた。
だからこそ、彼はベッドに縛り付けられ藻掻くサキの隣で、きつく念押しを忘れない。
『シヨウさん――、いやシヨウ。
この手の付けられない不良患者どもの監視を、お前に任せる。
その代わり、まだお前は受けるべきワクチン接種も検査も山ほど残っていることを忘れるな。
定期的に通院し、その都度、彼らの経過を私に報告しろ。
この辺りが妥協点だ』
そうしてようやく解放され、久方ぶりの支部に帰還。
自分達が留守の間に破壊されたロビーや外壁は修復され、いつもの賑やかな日常業務で皆忙しく働いている。
サキ達はまずボスの職務室へと顔を出し、職務復帰の報告をすることにした。
「結論から言えば……結局、どうにもならなかった」
そこで、あの後のあらましをタッカーから伝えられる。
Collar交じりの電子タバコの水蒸気と共に吐き出されたのは、何とも後味の悪い結末だった。
「本部のエリート様とラボが総出で調べた結果だ。
あの異世界人らの体内にはスポイラーの組織やらNibを無理やり埋め込まれ、脳もパッチの強力な制御波長に晒され続けていた。
……実質的な脳死状態だ。自発的な意識は残っていない。
本部がそのまま処理しようとしたが、まぁ……そこはロマ研が興味を持ったと言ってぶん捕った。
あいつらの異常性は向こうも嫌っていう程知っているからな。抱えてるウチには大きく出られん。
今はラボにある延命ポットで、辛うじて息をしている状態だ」
サキは唇を噛み締め、センジも顔には出さないが静かに拳を握りしめる。
しかし、口に放り込まれた苦虫のようなニュースには、まだ続きがあった。
「それと、あの極秘の地下研究施設と中に残されていた実験体だが……。
警察とPALLETの両陣営が摘発に踏み込もうとした時、跡形もなく吹き飛んだらしい。
おそらくクロム社の自爆か……本部の上の連中の指示による隠蔽だろうな。
わざわざ送り付けてやった証拠を、警察連中に教えてやる気前の良さがあるワケがねぇ」
「やっぱり、どこまでも無かったことにするのね……」
虚しさで怒る気力も出ない。
車で、自分達がどうにかしてやるとシヨウに啖呵を切ったと言うのに、ここまで何もできないとは……。
その彼女は、後ろで静かに立っていた。
二人がまだ病院で深く眠っている際、既にタッカーから聞かされていた為、ただ淡々と事実を頭に入れ直す。
「補足すると、私の声には反応する。
今は『眠れ』と指示を出してるけど、『立て』と言えば立つし、『歩け』と言えば永遠に歩き続ける」
パッチによる影響なのか、自分の声には反応して操り人形のように動く彼らをどうするべきか――。
この数日間、ずっと一人で悩み続けていた。
「実は……あの三人をどうするのか、タッカーさんから決めるように言われた。
私は延命をのぞ――、いや違うか⋯⋯。
はっきり言うと、あの人達を殺そうと思ってる」
誤魔化すことを止めた相棒にサキは反射的に口を開く。
「いいの? 絶対に治らないって決まったわけじゃ――」
「本部でもテレビのニュースでも、この世界は異世界人の存在を『認知しない』と決めた以上、あの三人をずっとラボに置いておくわけにはいかない。
有難いことに、今この彩流支部に勤めている職員の人達は、彼らのことをちゃんと人として見てくれてる」
サキの意見は分かりきっていたのか、ばっさり切り捨てた。
タッカーはこの件に関しては彼女に一任しているのか、口を挟む気配は無い。
「だけど、時間が経てば経つほど、支部のメンバーだっていつかは入れ替わる。
それに、私だって……明日もこの世界にいるのかどうか自分で決められない。
そうでなくても、不慮の事故とか病気で突然死ぬかもしれない。
……もし私達が皆いなくなった後、回復の見込みのない彼らを誰かが見つけて、また兵器やリソースとして都合よくどうこうしようとしたら……。
それこそ最悪が過ぎる」
その通りとしか言えない理屈。
口を挟ませる余地のない、残酷な正しさ。
「だから、人として供養できるうちに……。
それが、絶対に治すと約束できない私ができる、唯一の保障だと思う」
現実的な覚悟を聞き、二人は各々の考えを静かに述べるために唇を開く。
「……そうですね。
ラボの機械で生かされ続け、いずれまた誰かに利用されるくらいなら……次を起こさせないことが、私達が絶対に守れる約束事でしょう。
ツケの払い方を此方が決めるのは、些か身勝手なような気がしますが……今更だ。
私は君の選択を支持する」
センジは胸の黄色いバッジをそっと指でなぞりながらハンターとして――、そしてこの世界に生きる一人の人間として――、詫びの内容を決めた。
ずっと俯いていたサキは、ゆっくりと顔を上げると……フッと、笑みを浮かべる。
「綺麗事だけで片付くなんて調子のいいこと、最初から思ってないわよ。
あの人達がこれ以上誰かの手垢で汚れないように、この手でキッチリと終わらせて墓標を建てる。
……ただしシヨウ、引き金をあんた一人に引かせはしないわよ」
シヨウの肩にぽんっ、と手を置いた。
「あんたは私の相棒なんだから。
その責任も、全部シェアして生きていくのよ。
――分かった?」
「…………」
三人は、それぞれの決意を胸にボスの部屋から出ようとする。
その時、「――おい、シヨウ」と低い声が呼び止めた。
シヨウが振り返ると、タッカーは机の引き出しから小さな金属の塊を取り出して投げつける。
パシッ――と、軽い放物線を描いたソレを両手でキャッチすると、掌に銀色の鈍い輝きが転がった。
「ハンター……バッジ?」
バッジを不思議そうに見つめると、サキが横から訂正する。
「違うわよ。
それは『ハンター補佐官』のバッチ」
「セミ・ハンター?」
タッカーは椅子の背もたれにどっしりと身体を預け、水蒸気をくゆらせながらぶっきらぼうに言った。
「……まあ、言ってしまえばハンターの腰巾着だな。
マネージャーのようなもので、実態はただの雑用係だ。
具体的に何をさせるかは、担当ハンターの裁量に一任される」
吸い終わったタバコの本体を置き、シヨウをタール色の瞳が捉える。
「規約上、補佐官に戦闘まではさせない方針だが……こいつと付き合っていれば、どうせ際限なく面倒事に巻き込まれるに決まっている。好きにしろ。
ただし──」
誰が主人か教え込むように一言――、一言――、丁寧に重しを乗せていく。
「それを胸につけたら最後、お前は俺の駒で、俺がお前のボスだ。
これからは、俺のルールに従ってもらう。
よその世界の労基も道徳も知ったこっちゃねぇ。
俺の許可なく、勝手に退職できると思うな。
消えるか死ぬまで、そいつのお守りをし続けろ。
今までの連中みたいに、別の部署に転属なんて面倒な手続きはしてやらんからな」
保健所で売れ残った犬にようやく貰い手がついたと言わんばかりに、溜息をついた。
「――死ぬ気で、そのバカ犬のリードを引っ張ってろ。
お前しかもう貰い手はないだろうからな」
「……なるほど」
シヨウは今後の苦労に思いを馳せる。
センジは胃の辺りを押さえながら、心底……心の底からの懇願の声を絞り出した。
「頼む……頼むからサキを頼んだ。
これ以上彼女に暴れられたら、私の胃がアトレス先生に全摘されることになる」
純黄色の瞳には、これまでの苦労が滲み出ている。
上司と先輩からの重たい期待に、シヨウは手の中のバッジを捨てようかどうか、さっそく後悔した。
「――ちょっと早まったか……。
勤め先を間違えたかもしれない」
シヨウの軽いぼやきに――、
「手遅れよ!
諦めて私につき合いなさい、補佐官さん?」
本来、そのバッジの中央にはめ込まれている極小のニブには所有者本人のColorと、身分証データが充填されている。
しかし、彼女にはCollarがない。
その代わり、サキが使用しているあの特殊なインク――、純黒が室内灯の光を反射させていた。




