#70 夜に架かる虹
「めでたし、めでたし――」
パチパチパチパチッッッ!!!
デイルームが温かい拍手に包まれた。
「お魚さん、すっごく格好いい!
チィちゃんを助けてくれたんだね!」
「絶対同じ海神だよ! 魚が男の人だって!」
「ボクもそのアワビと帆立のお祭り、行ってみたいな!」
子供たちが一斉に声を弾ませる。
「変に多才ねあいつ。
武器作ったり、料理したり、子守りまでできるなんて……」
「最後の虹の橋が海の黒を払うという件、公園のライトとスポイラーの大群が重なるような……。
即興で作った物語にしては良くできている。
宛ら創造神といったところですね」
「……それって、好きにやっちゃって――「いいわけないでしょうっ」」
「シヨウに甘えて限度を超えるのなら、私の補佐をさせる。覚えておくように」と拍手をしながら、センジが釘を刺した。
「そんなに気に入ってるの!?
センジのお墨付きなら、余計に渡せないわね」
二人のハンターのバチバチな牽制など露知らず、シヨウは自身の背後に置いておいたドデカイ紙を何枚も、床へ豪快にバサバサと広げた。
「――よし。
じゃあ次は、皆で手を動かそう」
そう言うと、カゴの中に山ほど入っていた大量のクレヨンやマーカー、ペンなどを床にばっと豪快に撒き散らす。
「取り敢えず、紙を塗りまくってくださーーい!」
『おー!! 虹色にするぞーっ!!』
彼女の号令に呼応し、子供達が一斉に歓声を上げながら白い紙に群がって凄まじい勢いで色を塗り始めた。
デイルームは瞬時に賑やかな戦場へと変貌する。
シヨウはそこでようやく、入り口で立ち聞きしていたサキとセンジの相手をしにいった。
「おはよう、センジ。
サキと同日に起きるなんてタイミングがバッチし。
ベッドで休んでなくていいの?」
「ええ、おかげさまで大丈夫ですよ。
……それにしても、シヨウ。これは一体、何のお遊戯ですか?」
「本当、女王ばりの統率力ね……」
サキが呆れ顔で苦笑いすると、彼女は床に転がっていた太い油性ペンを2人に向けてひょいっと手渡した。
「丁度良いから、二人も手伝ってよ」
「はあ? なんで私達までお絵描きしなきゃいけないのよ?」
「リハビリだと思えばいい。
ナースさんとか事務の人達がさ、『学会の古いポスターとか使いかけのペンとか、処分に困ってる』って。
要するに余剰物資の消化活動だよ。
ほら、見ての通り山ほどあるんだから頑張れ」
シヨウは真っ新な二枚の紙を押し付けると、子供達に混ざり小さな塗り残しをガシガシと青いマーカーで潰していく。
渡されたペンをしげしげ眺めながら、センジは感心する。
「……不用品の処理の手伝いを建前にしたイメージアップですか。
恐ろしい程の抜け目のなさですね」
「転んだ先でお金と絆創膏拾ってくるみたいな……強欲? 手際の良さ? みたいな感じよね。
でもまぁ、こうゆう残業なら悪くないかも」
スポイラーを相手取るため武器を振り回していた最強の三人は、今度は色とりどりな筆記用具を握りしめ、自分達が守り抜いた彩流市の未来と共に大きな白紙を鮮やかに染めていった。
* * *
「終わったー!」
「できたよ、姉ちゃん!」
床いっぱいに広げられた沢山の紙は虹色で埋め尽くされ、あちこちから満足げな声が上がり始める。
そんな達成感に包まれる空気の中、シヨウは別の段ボールに入れられた大量の黒いクレヨンを持ち出してきた。
「オッケー。
じゃあ今度は黒いクレヨンで隅から隅まで塗り潰して」
『えっ!?』
その場にいた全員が、一斉に驚いて目を丸くする。
せっかく綺麗に塗ったのに、真っ黒にしちゃうの? と言わんばかりの子供達の視線を受け、彼女は逆に驚いた様子を見せた。
「え――っ!?
だって真っ黒な海にしないと、削れないじゃんか」
「あ、そっかー!!」
「削るやつだ! やろうやろう!」
納得したのか、再びワイワイと声が弾む。
今度は一斉に綺麗な虹色を黒いクレヨンでゴシゴシと塗り潰し始めた。
そのあまりの光景に、二人は呆れ顔で声を漏らす。
「このアホみたいな量の黒いクレヨン、どこから持ってきたわけ?」
「実のところ、こっちが本命。
黒は人気がなくて、クレヨンをセットで買ってもいつもこれだけ残るらしい。
ナースさん達が、一番これを消費したいんだってさ」
シヨウは自分も黒いクレヨンを手に取りガシガシと塗りながら、肩をすくめた。
「よりにもよって、私に黒を消費してくれって頼むんだから……」
「あんた、まさか嫌味ったらしく言い返したんじゃないでしょうね!?」
「まさか。ありがたく頂いたよ。
何のためにさっきの話をしたと思ってんの?」
「……あぁ。
最初からこれが狙いだったわけね」
「不用品の黒を、物語のギミックとして利用してしまうとは。
流石オタク国家の民ですね……」
「全くよ、初めて会った時から無駄がないというか、何でも利用して改造するのがDNAに擦り込まれてるのかしら……。
まあいいわ、こっちの沈色なら怖くないし。
オーダー通り、塗り潰してやりましょ!」
センジの車椅子の横に腰掛け、手を真っ黒にしながら紙を黒く塗っていく。
普段はスポイラーを黒く染め上げないように立ち回る仕事柄、こういった作業は新鮮で二人とも存外に楽しんだ。
※ ※ ※
全ての紙を隙間なく真っ黒に塗り終えると、シヨウは今度はその大量の紙を一枚の巨大な布のように、丁寧に隙間なく裏面を布テープで繋ぎ合わせていった。
「――よし。
じゃあ今度は、これを外の壁に貼りにいきます。
お外にGO!!」
『お外にGOーーーっ!!!!』
スタッフ達の温かい苦笑いに見送られながら、患者一行は古新聞の束を持ったシヨウを先頭にして一斉に元気よく病院の中庭へと飛び出す。
白くて広い外壁に真っ黒な巨大な紙をしっかり固定し、子供達に新聞紙をその真下の地面に敷かせた。
そして、ジレの胸ポケットに差していた万年筆型を取り出して、一気に槍形態に展開させる。
『うおぉぉぉぉぉッッ!! ペンが大きくなった!!
スゲー、かっこいいーーーっ!!!!』
主に男の子達からの熱い歓声に応えるように槍を軽く振ってファンサービスした後、それを一本の巨大な彫刻刀のようにして両手で構えた。
作業中の間を埋めるように鼻歌でBGMを流しながら魔改造ランスのペン先を器用に操る。
黒いクレヨンだけをシャリ――、シャリ――、と削り落としていくと、初めに塗った色が顔を出した。
彼女が手元を動かす度にペン先がパチ――、パチ――、と開いて閉じてを繊細に繰り返し、線に美しい強弱が生まれていく。
それはやがて、小さな離れ小島に夜をもたらし幼い少女を助けた、尾びれが美しい大きな魚が雄大に描き出した。
『わぁぁぁぁぁぁっっ!!!!
きれい!! お魚さんだ!!!!』
凄まじい大歓声と拍手が沸き起こる。
だが、削り出された魚の周囲には、黒い余白がまだまだたくさん残されていた。
シヨウはハァと、息を吐いてランスを万年筆に戻す。
「じゃあ今度はみんなの番。
これで好きなように描いて」
そう言うとカゴの中から大きめの定規や、アイスの木べら、プラスチックのフォークやスプーンなど、じゃらじゃらと新聞紙の上にばら撒いた。
「やったーっ!」
「ボク、フォークで削る!」
「私はスプーンでちっちゃいお魚書く!」
子供達が一斉にスプーンや定規を握り締め、本来敬遠するはずの黒に一斉に群がる。
手を真っ黒にしながら、紙をシャリシャリ、ガリガリと夢中で削り始める光景に、大人達は微笑ましい思いに耽った。
フォークの爪跡からは光の波が生まれ、スプーンからは魚の影や花が咲き、真っ黒だった巨大な紙面には、あっという間に世界一色鮮やかで美しい夜の虹へとその姿を変えていった。
「……本当に、とんでもない魔女ね。不用品の黒で虹を描くなんて。
それに皆真っ黒なのに、あんなに笑ってる」
「私達の相棒は黒い雨の記憶すら、こうして美しい思い出に上書きしてしまう。
……さて、私も木べらを一本拝借してきました。
男のロマンでも削って走らせるとしましょう」
「いいわね、それっ!
AIには何だかんだ言ってたくさん助けられたし、何よりあいつに負けてらんないわ。
私達のカスタムカーを世界一かっこよく描いてやろうじゃない!」
削られず残った黒の下に、きっと異世界人がいる。
積もっていく黒い淀みは虹の犠牲となり、新聞紙に包まれてゴミ箱に捨てられ、燃やされてしまう。
――否。
きっと犠牲とすら思われず、当然のようにこの世から消される。
誰も知らない物語――。誰も知りたくなかった物語――。
二つのお話に登場する黒髪の女は、笑っていた。
あれはきっと本心なのだろう。あの虹の魚のように――。
病室で吐露した静かな嘆きもまた、隠れているのだろう。あの黒のように――。
まばゆい日の光に包まれた、Recolor総合病院の中庭。
新芽の弾けるような笑顔と木べらの心地よい音。
自分達が命がけで守り抜いた日常を、彼女は勝手に異世界代表を名乗って良しとした。
ならば私達も、せいぜい勝手に自慢させてもらおう。
汚く、醜く、そして彼女に呆れられるほどカラフルで美しい世界なのだと。
黒い紙面には、大小様々な海の生き物たち。
そしてシヨウに添削され、ド派手な波飛沫を上げながら一台のカスタムカーが、紙から飛び出そうとしていた――――。




