#68 海神と岩の大橋
「――話は済んだ。
サキ、さっさと自分の病室へ戻れ。
今回この病院へ連れてこられた患者の中で1、2を争う重傷者がお前達だ。
これ以上の無駄なおしゃべりは、私の治療方針に反する」
お世辞にも表情豊かとは言えない顔で、アトレスは次のコマンドを口にする。
「ちぇっ、相変わらずお堅い先生ね……。
あ、ベッドに戻る前にちょっとシヨウのところに行ってくるわ」
サキが部屋から出ようとすると、センジが不思議そうに顔を上げた。
「シヨウはまだこの病院に?」
「ええ。
アトレス先生の話によると、病院の子供達の相手をしてるらしいわよ」
すると実情を知る医者の口が開く。
ドア向こうを見つめながら、どこか呆れと感心が混ざる低い声で端的に総評を語り始めた。
「彼女はこの世界では珍しい黒髪黒目ということもあって、初めこそ『魔女だ』『悪者だ』と怯えられていたが。
一体どうしたことか……あっという間に子供達を誑かし、今や小児科病棟における子供の国の女王に即位した」
「はい……?」
「さらに彼女は、子供達を介して病院スタッフに対し徹底的なイメージアップ戦略を行っている。
媚も実演販売師よろしくプレゼンされると、一周回って面白いと感じるものだな」
相棒のスーパー下克上に、二人は顔を見合わせ――、
「あいつ、ひとが寝てる間になに国まで作ってるの!?」
「小児科で君主政治を敷き外交政策にまで手を出しているとは、サキとはまた違うベクトルで飛ばしてますね……」
行動力はある意味、サキと似通っている節がある。
素なのか、異世界に漂流したが故に身に付けた能力なのかは分からない。
「成程……。
ならば私も一緒に謁見に赴くとしましょう。
彼女がどうやって国を治めているのか、この目で確かめておきたい」
センジはそう言ってベットから立ち上がろうとしたが、覚束ない足が引っ掛かって大きくよろめく。
「よせ。流石に歩行はまだ難しい。
……どうしても行くというのなら、大人しくこれを使え」
予想していたのか、アトレスは危なげなく彼を支えてベットに戻した。
そして、部屋の隅に畳んで置いてあった車椅子を、彼の脇へピシャリと寄せる。
やれやれと、諦めた様子で廊下を指し示した。
「お前たちハンターは本当に医者の言うことを聞かない。
少しはあの素直な女王様を見習って、ひとの指示に耳を傾けたらどうなんだ?
一時間だ ――。
車椅子から決して降りないと誓うのなら、小児科への入国届けを出しておこう」
「ありがと先生。
さあセンジ、先輩として後輩が悪政を敷いていないかチェックしに行くわよ」
「ええ。
いざ女王の御前へ、安全運転でお願いしますよ」
言っても無駄なら、妥協して効率的に進める。
心身共にタフなハンター達や多くの患者を相手し慣れているだけあり、話が早い。
届け出を撤回される前に、そそくさとサキは車椅子を勢いよく押し出し、子供の国へと出発した。
* * *
カラカラと音を立てながら、小児科病棟のデイルームに辿り着く。
大きな窓から心地よい朝の光が差し込んだ広い部屋の真ん中では、既に子供達が集まっていた。
「――ある離れ小島に、若者が住んでいた」
木の葉をしっかり身にまとった枝が、風に揺られて音を奏でる。
「その島は日当たりも悪く、作物もまともに取れない。
隣の本土へ渡るにも橋がないので、船を使わなければならなかった。
けれども嵐になれば船は沈み、人が亡くなることもしばしば。
若者が何とかしたいと切に願っていると……ある日、島の神様が夢に現れお告げを賜った。
――『明日の一番鳥が鳴くまでの間、力を貸してやろう』と」
ゆったりとした時の流れに、そっと物語が揺蕩う。
聞いたこともないお話と、幼子でもギリギリ理解できるレベルの難解な言い回しに、年齢層が異なる子供らは皆前のめりになって聞き入っていた。
傍で働くスタッフ達も、興味深げに片耳をすませる。
「若者は翌朝すぐに海岸へ行き、大岩を持ち上げては次々と海の底へと沈めていった。
岩は徐々に積み上げられ、やがて海面から顔を出して橋を作っていく。
――が、それを見た海神は大変に怒り狂った。
『我が身を岩で潰すとは、何事だッッ!?』」
雷の如く、怒号が落ちた。
子供達は肩をビクッと跳ねさせる。
シヨウは、場が落ち着くまで少し待った。
ある程度、傾聴の姿勢がとれると荒々しくもどっしりとした声で続ける。
「大きな波が何度も何度も、若者に襲い掛かった。
しかし、彼は決して音を上げたりはしなかった。
橋を架けるまでは負けるものかと、必死に波に抵抗する。
神の力を借りている若者には、海神の力さえも及ばなかった」
掌に握り拳を上からポンッ、と叩き鳴らして空気を変えた。
「そこで、海神は地元の漁師に化けることにした。
『ひと休みしたらどうか?』と話し掛けられた若者は、まだ時間はあると腰を下ろした。
そして、一番鳥が鳴くまでに橋を完成させなければならないと、ついうっかり話してしまう。
それを聞いた海神は、急いで鶏を一羽連れてきて懐で暖めた。
暖められた鶏は、日が昇ったと勘違いして――
『コケコッコーーーーッッッッ!!!!』」
怒号とは打って変わった、渾身の鳴き真似に子供達が「クスクス」と笑いだす。
「途端に神の力を失った若者は、今度こそ大波に攫われてしまった。
若者は海に飲み込まれ、その姿を見せることは二度となかったという。
その日以来、その島には涙のような雨が度々降り、離島と本土を繋ぐ虹の掛け橋が架かったとさ……」
パチパチパチパチッッッ!!!!
彼女は拍手を有難く受け取り、パンパンッと柏手を打った。
静謐を呼び込んだ後、言の葉はまだ続く――。
「……けれど、これはごく普通の昔々のお話。
本日お聴きいただきたいのは、その橋が架かった後……今から少しだけ昔のお話。
もう一つの物語――」
皆が一斉に息を呑み、シヨウの次の言葉を待つ為にしんと静まり返った。
その様子を、サキとセンジは入り口の際から静かに見守る。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
全75話の第1章完結まで、あと1歩となりました。実は、「現在の展開、楽しんでもらえているのかな……?」と少し不安になりながら毎日投稿ボタンを押しています。
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