#67 消えた結末
サキが恥ずかしさで呻きながら診察を受けていると――、
コンコンコン!
「アトレス先生。センジさんも、目を覚まされました」
「――え、センジが起きた!?」
ナースの呼び出しに、弾かれたようにベッドから身を乗り出した。
アトレスは手元のカルテをパチリと閉じると、サキを一瞥する。
「珍しく今回は出来の良い患者だな。説明の手間が省ける。
……行くぞ、サキ。色々と話しておくことがある」
サキは強張る身体を強引に動かし、彼の後に続く。
ガラッ――、とアトレスがドアを開けると、センジはベッドの上で既に身を起こしていた。
インクブラットの過負荷で一時は真っ白になっていた彼の髪や肌の薄くなった色素は、五日間の休息ですっかり元に戻っている。
「センジ! いくらなんでも今回は無茶しすぎよッ!
今更だけど噴水で見た時は、もやしかと思ったくらい何だから!」
「サキにまともな心配をされるとは、私も大概焼きが回っていたのかもしれませんね⋯⋯」
二人がいつもの軽口を言い合う中、アトレスは無言でバイタルのチェックと診察を始めた。
脈を測り――、瞳孔を確認し――、最後にいくつか質問を済ませると、どういう訳かセンジを睨みつける。
「――バイタルは正常だ。だがな、センジ」
自身の白衣のポケットから、見覚えのある数枚のアルミシートを取り出した。
動かぬ証拠品の如く、センジの目の前へと冷酷に突きつける。
「コレは何だ? お前は胃薬をブドウ糖か何かと勘違いしているのか?
低血糖持ちでもこれほど服用はしない、この愚患者が」
「……っ! い、いや……それは、その……」
せっかく戻った顔色が一瞬にして蒼白になる彼にアトレスは深く、心底呆れ果てたように溜息をつくと、他人事のように聞いていたこちらに飛び火させてきた。
「はぁ……。
私が本当に胃洗浄のオペを執刀しなければならなくなる前に、その胃痛の根本的な原因の摘出を奨めるが?」
そう言って、じろりと冷酷に睨みつけられたサキは、「げっ……」と声を詰まらせ身を引く。
それを見たセンジは、苦笑いした。
「ご心配なく、アトレス先生。
もう彼女には、正式な専用バディがつきましたから。
私の胃の負担も、今後は半分になる予定です」
「……そうか」
患者本人から具体的な好転の兆しを語られ、アトレスもそれ以上詰め寄ることは止める。
「そのブレーキ役というシヨウさん――、彼女についての事実を共有しておく。
彼女の素性については、この病院でも私を含めた一部のスタッフにしか伝えていない」
お堅い表情は変わらないが、一段重いトーンで説明が始まった。
「え……? じゃあ、他のスタッフたちには何て説明したわけ?」
「お前達が此処に運び込まれた際、彼女の身体に沈色硬化が一切見られなかった理由についてはお前と同じ、特殊な中和系のChloverだからだと説明を通しておいた。
……余計なことを言えば、無粋な目や鼻が探りにきてしまうからな」
「どういうこと……?
そもそも今回の事件は一体どう処理されたの?」
あれだけの大事が事件の背景に隠されていたのだ。
世間は大荒れになっているはず。
そう思って怖々と尋ねると、アトレスは論より証拠と言わんばかりに壁掛けテレビのスイッチをつけ、彩流市のニュースチャンネルに切り替える。
ザーー……
画面に警察車両によって囲まれ封鎖された、クロム社本社ビルの映像が映し出された。
『――続いてのニュースです。テロの発生から、今日で5日。
クロム社による一連の連続失踪事件及び、市街地でのスポイラー技術を用いた不法なデバイスによるテロ行為は、PALLET彩流支部の迅速な対応により先ほど全ての脅威が制圧されたことが、中央本部より公式に発表されました』
『また、今回のテロを裏で主導していたとされるクロム社の最高経営責任者、ネレウス氏ですが――。
事件当日、逃走を図った際に使用された軍用ヘリが原因不明の爆発を起こし海へと墜落しており、搭乗していたネレウス氏は、現在も行方不明となっています』
『沿岸警備隊は現在も海で捜索を続けてられていますが、依然として手がかりは見つかっておりません。
当時は墨災警報が発令されており、黒雨の影響が残る中、捜索は極めて難航している模様です。
警察及びPALLETは、生存の可能性は極めて低いとみており――』
ニュースは続いたまま、コメンテーターによる解説や考察が始まる。
だが――、いつまで待ってもキャスターの口からもテロップの文字からも、『異世界人』や『人体実験』などに関する単語は、ただの一つも流れることはなかった。
女性キャスターの淡々とした声が虚しく響く中、画面を見つめるサキの瞳は、徐々に困惑に揺れていく。
「何よこれ……。
異世界の人達のこととか人体実験も、何一つ報道されてないじゃない……ッ」
死闘を繰り広げ、命がけで暴いたクロム社の――、この世界の悍ましい大罪。
それがまるで、最初から何もなかったかのように綺麗に消された事実に困惑した。
一方でセンジは悔しげに表情を歪めながらも、どこかでその真っさらな結末を最初から予想していたのか、静かに目を伏せたまま。
アトレスはテレビを消すと、白衣のポケットに両手を入れながら淡々と告げた。
「――彼女のことや人体実験については、タッカー支部長から説明された。
PALETTEの彩流支部の医療の面倒を見ている関係上、私のところへ秘密裏に話が回ってきたわけだが……。
まさか、これほどおぞましい事実が世界の裏側に隠されていたとは、流石に驚きを禁じ得なかった」
「アトレスまで……。でも、なんで本部は隠すわけ!?
あんなに酷い実験の被害者が山程いたのよ!? 」
サキは怒りで声を荒らげ、本部の身勝手な決定に憤慨する。
その熱い義憤を聞きながらセンジは、酷く冷めきった声で自分を含めたこの世の身勝手さを諦観していた。
「無意味だからですよ……サキ。
クロム社が表舞台から消えた今、今後はその他の民間企業らが技術開発の先頭に立つことになるでしょう。
しかし、そのための既存の知識やシステム、デバイス、それこそ医療機器に至るまで、あの会社の成果と実績が深く根を張っています。
今更あの事実を公にしたところで、その全てを手放すことはできない。
だからこそ、各所は事実を闇に葬る道を選んだということです。
幸か不幸か――、気を使わなければならない彼らは、元々この世にいるはずのない存在だからな……」
サキの脳裏に、あの社長の言葉がフラッシュバックした。
『お前達が守っているつもりの『日常』は、私が異界から命や技術を喰らい、研究し開発することで維持されてきた血生臭い楽園だ!!』
「は……っ。結局、あの社長の言う通りってわけね。
皆、中身がどんだけ腐ってようが、今の便利な暮らしを手放したくないのよ……私も、その内の一人」
悔しさと無力感、そして同じように汚れた自分対して、拳を震わせる。
そんなサキの様子を見かねたように、彼は静かに言葉を繋いだ。
「――だからこそだ。
彼女が異世界人だということは、彩流支部の方で隠蔽する話に落ち着いた。
世間に知られると、彼女の身が危険だからな。
……もっとも、当の本人はその決定を聞かされても、酷くあっけらかんとしていたが」
「「え……?」」
サキとセンジは同時に顔を上げる。
「寧ろ配慮に感謝すると同時に、笑っていた。
『テレビのニュースで自分達の暮らしは実はエイリアンの技術で成り立っています、なんて報道されたところで、誰も本気にするわけがない』と」
「それは、確かにそりゃそうでしょうけど――」
あまりにもドライで芯の通った割り切り方にまたかと思ったが、先程の彼女の本音を聞いた後だと素直に受け止めることができない。
「さらにこうも言っていた。
『異世界人のことは私が気に掛けておきます。
……もし、私や別の異世界人が怪我とか病気でもしたら、その時は助けてください。お願いします』
そう、深々と頭を下げられてな……」
白衣のポケットに手を入れたまま、そっと微笑む。
「あそこまではっきり助けてくれと言われてしまえば、医者として応えないわけにはいかないだろう?」
二人はあの夜、車の中でシヨウが放った言葉を鮮烈に思い返した。
『私たち異世界人を使ったことが罪だっていうなら、それはもう世界全体の問題だ!
そんなの一個人が懺悔したところでどうにもならないッ!!
グチグチ役に立たない罪悪感なんか覚えてる暇があるなら、四の五の言わずに今助けなきゃならない人を助けてろっ!!』
「……本当にあいつ、とことんブレないわね」
「そうですね……。
私達はこの世界の住人として、今まで通りハンターをやり続けるとしましょう。
あれほど強烈なハッパをかけられたんですから」
アトレスは二人のそのどこか晴れやかな顔を見て、鼻で笑う。
そして元々真面目な顔を更に硬くして注意する。
「……サキ、彼女のバディなら今後は目を離さず、よく見ておけ。
どんな些細な異変でも、すぐに私のところへ連れてこい。
如何せん彼女の身体は特殊だ。彩色体やCollarが存在しない以上、その手の手段による横着が出来ない。
通常なら間に合う傷病も、場合によっては手遅れになる可能性もある」
「オーケー。
あいつ自分のことは平然と嘘をつくタイプだって、今さっきプロフィールに書き足しておいた。
何かおかしなところがあったら首根っこ引きずってでも連れてくるから、その時はウチの相棒をよろしく」
「よろしくされずとも患者が来たなら医者として対応する。
……もっとも、当分はこちらで面倒を見ることになるが。
なにせ彼女は、この国で受けるべき予防注射すら何一つ受けていない。
異界の出身なら、こちらには存在しない病原菌の類も保有している可能性もある。
――暫くは、私の処方箋で薬漬けだ」
医者としての容赦ない通院宣告に、それまで重苦しかった病室は一気にドッと温かい笑いに包まれた。
「それなら心配いりませんよ、先生。
彼女は『常識の範囲内で且つ給金が支払われるなら、人体実験でも何でも喜んでやってやる』と、豪語していましたから。
薬漬けくらい、何てことないでしょう」
「あいつそんなことまで言ったわけ?
どこまで肝っ玉座ってるんだか……」
ふと思い出したように、ずっと胸に引っかかっていた疑問を主治医へとぶつけてみる。
「――ねえ、アトレス先生。
あいつって先生の目から見て、いくつぐらいに見える?」
「何歳だと?」
「そう。
あいつ、24歳だなんて堂々と自己申告してたんだけど……素直に信じるには、あの見た目はあまりにもティーン過ぎるでしょ?」
サキは改めて彼女の容姿を思い浮かべながら問いかけると、アトレスは白衣のポケットに手を突っこんだまま信じられない目で見てきた。
「……お前達、それを本気で信じたのか?」
「「え……?」」
「この五日間で行った彼女の臨床検査の結果から見ても……」
アトレスはそこでわざとらしく言葉を濁す――。
「先生、そこで黙らないでください!!
まさか――、やっぱり年齢を詐称していたんですかッ!?」
センジが最悪の可能性を察し、再び赤らんだ頬を蒼白にする。
あの見た目だ。
実は女子高生どころか、下手をすればガチの児童【※十四歳以下】を PALETTE の過酷な最前線に巻き込んでしまったのではないかと、頭を抱える。
サキもサキで子供にバディになれなんて言って、児童保護団体に通報される可能性を恐れる。
だが、そんな二人の慌てぶりを馬鹿にするように笑うと、医学的データを並べながら首を振った。
「――逆だ。
骨格的に見ても確かに彼女の体格は小柄だが、その肉体は二十代として十分に成熟している。
お前達が危惧しているような、十代の成長途中の身体などでは天地がひっくり返ってもあり得ない」
「……は? ――ってことは、何?
結果として、あいつは……」
「彼女の自己申告と数値は概ね一致している。
……そもそも私は最初から、彼女がその年齢であることに欠片も疑いを持っていなかった」
「紛らわしいっ、あんな思わせぶりに言葉を濁さないでよ!!
逮捕されるかと思ったじゃない!!
――っていうか、あんたは最初から24って思ってたの!? あれでッ!?」
理不尽なフェイントに怒号を上げる。
するとアトレスはやれやれと肩をすくめ、その唇に意地の悪い笑みを刻んだ。
「当然だろう。
国外での医療活動に従事していた頃、そういう骨格や体型をした人種を実際に何度も診たことがある。
土地によって体格や顔立ちが違うのは当前だ。
……お前達ハンターは、その優秀な目で一体何を診察ていた?」
「「ハンターに医学的知見を求めないで (よ/ください)!!」」
病室の天井が抜けるのではないかと思う程の、本日一番のツッコミ。
相棒の正体がロリなどではなく、本当にただのちょっと小柄なだけの異世界のタフな大人の女性 (24歳)であったという事実。
アトレスの揶揄いにイラつきながらも、二人は心底胸を撫で下ろしたのだった――。
いつも応援ありがとうございます!
本作は第75話で第1章が完結予定ですが、完結後に「今の話数のままが良いか」、それとも「一気読みしやすいようにいくつかの話を統合してスッキリさせた方が読みやすいか」、皆さんのご意見を聞かせていただきたいです。
「今のテンポが好き」「1話あたり文字がもっと少ない方が読みやすい」など、読者目線での意見を感想欄で教えていただけると嬉しいです!




