#65 お願いという名のペットボトル
【重要なお知らせ】
いつも本作を読んでいただきありがとうございます!
物語の展開やバディとしてのイメージをより分かりやすくするため、本日より副題を一部変更いたしました。
新題名:『オーダー・メイト 〜兼食の猟犬と偏食だらけのハンドラー〜』(旧題名:〜兼食の猟犬と偏食だらけのインフォーマ〜)
中身のストーリーに変更はありませんので、安心してこのまま読み進めていただけますと幸いです!
「……勘違いするな。好きでなったわけじゃない」
明るい調子は消え失せ、凪いでいた。
「何もかもが格好つけ、映画や漫画のなぞり芝居――」
スイッチを消し忘れたラジオのように淡々と――、淡々と零れる。
「助けて欲しかったから、そうしてもらえるように都合の良いことを言って動いた。
女々しく泣きはらすよりも、サバサバ立ち振る舞う女の方が役に立つし気持ちがいい」
個人の感情も性格も無視した、ただ生きる為の合理の数々。
「明るくてノリがいいのは、『お前に何が分かる?』なんてのが口癖のキャラなんて好かれないから。
一族皆殺しとかされたクール系イケメンにしか許されないだろ、そんなの。
落ちた先がこの病院だったなら、ここの人達に尻尾振って雑用でも何でもした」
黒い前髪が影となり、彼女の目元を隠す。
「普通なんだよ、この髪も目も……。
なのに、沈色と同じだからって気味悪がる。
呪われた特等席? はっ、構うかそんなの。
そもそも私には帰れる家も国もない。帰るまでの仮宿になるなら十分過ぎる。
サキの隣が良くて座ったわけじゃない、偶々ハマっただけの女にはしゃぐな」
何時だって切り替えが早くて明るい言動は、彼女なりの生存戦略だった。
唐突に並べられた打算の数々に、サキは黙り込む。
そしてベットの上でゆっくりと身を動かすと一つ、そっと溜息をついてからボツリと言った。
「じゃあバディ――――、辞める?」
彼女は僅かに目を見開く。
「あんたの事情は支部の皆が知ってる。
この世界に右も左も分からずに迷い込んだ時とは、もう状況が違うのよ。
必死に媚を叩き売らなくたって、あんた助けてくれる人なんていくらでもいる。
戸籍や派遣会社の手配をしてくれたキングロードだってそうだし、ボスも……ううん、ボスはちょっ~と厳しいかも……。
とにかく、私のバディじゃなくたって、ウチにはいくらでも仕事はあるわ。
それこそ──、初動室の管理だけまったりやればいいし」
突き放すわけでもなく、哀れむわけでもない。
あの時シヨウが言ったように『自分がしたいこと』を選べと、サキは暗に告げていた。
シヨウはうつむいたまま……ベッドの膨らみを見つめて黙ったまま……。
――分からなかった。
この世界に落ちてから、とにかく必死だった。
泣くのを堪えた。
――涙を流せば脱水する。水は簡単には手に入らない。
人目を気にした。
――攫おうとした連中に見つかるかもしれない。
どうしてこんな目に……と、理不尽に対する怒りを殺した。
――大叫べば、不審がられて通報されるかもしれない。
偶然手に入れた翻訳能力で街に溢れる機械の音を聞き取り、廃棄処分のコードを聞き分けて飲食物を確保した。
スポイラーとかいう怪物から身を守るた為に、ゴミ捨て場から拾った元の世界では考えられないような物騒な玩具を改造して武器を作った。
監視カメラのシステム音を拾って周囲を警戒しつつ、冷たい廃ビルの屋上で泡沫の眠りにつく。
黒雨が降るこの世界では、屋上までは誰も見回りにこない。
元の世界に帰る為に連中の動向を探り、その過程でサキたちと出会った。
そして今、やっと。
やっと落ち着いて飲み食いができて、安心して眠れる場所を手に入れた。
このあと、どうする──?
唯一の手がかりだったクロム社は、元の世界への帰還方法など知らないと言い残して滅んだ。
この先、どうすればいい──?
手がかりを探すために、PALLETの特殊事案初動室で情報を集めながら生活費を稼ぐ。
そこまではいい。けれど――
「(私は……これからもサキのバディをやり続けたいのか?)」
分からなかった。
手に入れた安全な居場所の中で、シヨウは初めて目先の目標を見失っていた。
「分からない……」小さく、掠れた声が病室に響く。
「連中はいなくなった。手掛かりの宛はない。
仕事は手に入った。寝床もある。
あとは……何を…………?」
ピンッと張り続けていた糸が、とうとう切れてしまった。
すぐさま切り替えるいつもの胆力も、今は何処にも見当たらない。
するべきことをやり終えて、したいことは帰ること。
それが叶わない今、一体自分は何をしたいのか?
その時──、サキが急に胸を押さえて苦しみだした。
「――っ、サキ!?」
慌ててベッドに身を乗り出し、顔を寄せた瞬間――。
ぐいっと強い力で腕を引っ張られ、サキの胸の中へと閉じ込められた。
「放せサキっ、先生呼んでくるから――ッ」
必死に藻掻くシヨウの耳元で、サキは堪えきれないといった風に可笑しそうに吹き出す。
「――嘘、この前のお返し!」
「――――はぁぁ……あの不倫か」
冗談にしては質が悪いと一括したいところだが、一方的に詰ったのは事実であるため文句は心の内に仕舞った。
そんなシヨウの胸中など知らず、サキは腕の力を緩めない。
「ねぇ、何で?」といたずらっぽく問いかける。
「何でそんなに心配したの?」
「目の前で知り合いが苦しみだして笑える程、私だって鬼じゃない」
「なら、私のこと好き?」
「は?」
素っ頓狂な質問に思わず顔を上げようとすると、サキは戦闘職としての地力を使って思いっきり彼女の頭を自分の胸へと抑えつけた。
女とはいえ、反動の強い#000000を使っているハンターに、一般人の力が易々と敵うはずない。
「──友達として、ね」
サキが言葉を付け足すと、シヨウは拍子抜けて大人しくなった。
「……友達?」「嫌?」「別に嫌ではないけど」腕の中で修学旅行の夜のように、小さく遣り取りする。
「また翻訳機能がバグってる、つまり?」
「……」
「シヨーーウッ」と頭を拳でぐりぐりすると「痛い、痛い! 好きですっ! 好きですっ!」と暴れた。
「よし! じゃあ、あんたが大好きな友達としてのお願い。
私のバディになって――」
サキは抱き締めたまま、耳元でそっと告げた。
「私の無茶について来られる、同じくらい無茶苦茶な相棒はあんたぐらいしかいないのよ。
誰かを頼ることの楽さを覚えちゃったから、もう一人で寂しくハンターやっていくのは無理」
「センジがいる」
「センジは欠員補填要員のエースよ?
各所のバックアップに引っ張りだこで無理。ずっと借りっぱなしってわけにもいかないの。
だいたいあの先輩、胃痛持ちでいい加減お腹に穴が空きそうだし」
「私の胃にも穴が空く」
「空かない空かない、あんたの胃袋はそんなやわじゃないでしょうが」
腕を緩めると、シヨウの艶やかな黒髪を優しく撫でる。
ふと思い出した。
不倫劇を終えた後、自分とセンジは顔が綺麗だから不倫劇として映えたと、笑っていたことを。
「ねぇ、私とセンジの顔が良くて綺麗って言ったの──、嘘?」
「……いや」
「じゃあ、野菜嫌いの偏食家で、美味しいものを食べるのが好きって言ってたのは?」
「……本当」
「罪悪感なんか感じてる暇があったら、さっさと街を助けろって蹴り飛ばしたのは?」
「……本当」
「いつか帰る日まで、この街で暮らしていきたいっていうのは?」
「……本当」
クスッと笑って、シヨウの水鏡のような黒い瞳を覗き込んだ。
「じゃあさ、──今まで無理してた?」
「………………」
「本当はもっとネクラで性格悪くて、悪口ばっかり言って、カーストのてっぺんでふんぞり返るような、嫌味ったらしい女を極めし女なの?
実は、やんごとなきお家柄のお嬢様で、語尾に『〜かしら』とか『〜ですの』とか『オーホッホッホ』とかいって笑ったりとかしちゃうの?」
「んなわけあるか」
呆れたようにツッコむと、サキは満足そうにパッと手を広げた。
「じゃあ、何にも嘘ついてないじゃない!
いつもよりちょっとオーバーに言っちゃっただけでしょ?
迷うことなんてないわよ。住むって決めた街で、ついでに大好きな友達の相棒をやるだけ。
嫌なことなんて何にもないじゃない?
仕事の片手間でよければ、帰り道も一緒に探してあげる」
この世界では誰もが忌み嫌い、触れれば麻痺を、沈めば死をもたらす黒。
サキは再び手を伸ばし、日の光をたっぷり含んだ黒髪に指を再度滑らせる。
沈色しない指を見て、愛おしげに────、優しく微笑んだ。
「あんたの黒は、温かいわね。
……全然、しんどくない」
シヨウの手をぎゅっと握りしめ、最後にもう一度だけ──、子供のようにおねだりした。
「ねぇ、お願い。
――私の、相棒になって」
ゆっくり閉じられる瞼。
正直──,何を迷って躊躇していたのかも、よく分からない。
あるかどうかも分からない、砂漠に埋もれた一粒の砂金を求めて彷徨うことを決めた。
その道中で口にするオアシスの味を、何にしようか?
何も思いつかず、絶対にそれでなくてはいけない拘りも理由も無い。
ペットボトルの山の中から、どうぞこれを飲んでみてくださいと勧められた。
彼女を選ぶ理由なんて、そんなもので良いのだろう。
きっと大仰なものなんぞ、求められてもいない。
お願いという名のラベルが貼られたペットボトルに――、手を伸ばす。
「はぁ……。分かった――」
ベージュのロールカーテンが上がると、新月の空に星屑が光る。
陽光が差し込む病室のベッドの上で、世界で一番幸せそうに笑う星々の乙女がいた。
【お知らせ】
第1章は、第75話をもって完結となります(残り11話)!
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