#63 バディ of バディ ~終業のLullaby~
最後の最後、岸まであと僅か――。
「ぶはっ……!! ケホッ、ケホッ!!
今日はダイブしてばっかり――ッ!!」
海面へと顔を出し、黒雨混じりの塩水を吐き出しながら悪態をつく。
そんなサキだが、身体は既に限界を迎えていた。
『減色中和』でどうにか最悪の状況こそ免れている。
しかし、全身に浴び続けた黒雨と今さっき僅かに飲んでしまった海水で沈色硬化がさらに進み、もはや自力で浮く力など残されていなかった。
このまま沈んでしまうのか、そう思っていると――、
すぐ横でぷっかり――、と生々しい浮き袋が浮かぶ。
「サキ、掴まれッ!
このパイロット、洋上を飛行予定だったからなのか、ライフジャケット付けてた」
シヨウは箒を万年筆に戻しつつ海に落ちた。
そして、共に沈んだ男のジャケットの紐を、海中で強引に引っ張って膨らませていたのだ。
「やっぱり、助けておいてよかったじゃんか。
情けは人の為ならず、徳は積んでおくものってね」
浮き輪そのものとなった身体を、サキに押し付ける。
「どの口が言ってるのよッ、バッテリー切れの元凶が!! 」
嫌々ながらも、仰向けに浮かんだ男に抱き着く形で掴まって浮力を確保した。
その横で、シヨウは彼女がずり落ちないように背の服を掴みつつ、パイロットをビート板のようにしてバタ足を開始する。
しかし、一人分の推進力など、たかが知れていた。
岸まであと一歩――、その一歩があまりにも遠い。
進んでも進んでも、潮の流れに阻まれてしまう。
「はぁ、はぁ……っ、潮の流れが強すぎて進まない……」
「今朝のトップニュースは海難事故かな。
『彩流市を救ったハンター、まさかの海で遭難っ!?』ってか……」
体温も奪われ、海面を叩く足も弱弱しくなっていく。
いよいよ万策尽きた――、その時。
カァァァァァァァァァ――ッ!!!!!
『――っ!?』
漆黒の彼方から、沈みかけていた彼女達の姿を照らし出す。
希望の光と呼ぶにはあまりにも烈し過ぎるハイビームが、夜を割り裂いた。
爆音と波飛沫をあげつつ、凄まじい勢いで滑走してくる『何か』は大変に見覚えがある。
この一日で、散々世話になったのだから。
「え……AI……!?
――なんか、見たことあるフォルムなんだけど!?」
そう、逆光で陰になったアレは――、昼間に見せた【ホバークラフト・モード】となってさっそうと登場したAIだった。
迫りくる車が次第に速度を落とし、ゆっくりと近づく。
ルーフが開け放たれて丸見えになった運転席には、あの男の姿があった。
「――お待たせしました、サキ、シヨウッ!!
『男のロマン』とやらも、存外役に立ちますね!!」
「「センジィィィーーーーッ!!!!」」
ホバーカーを鮮やかなスライドで進行方向を反転させつつ、横付けする。
センジは手際よくニ人と気絶したパイロットを強引に車内へと引き揚げた。
車のお馴染み機能である洗浄の霧膜と乾燥による熱気が、冷え切った身体に染み渡っていく。
「ハァ……本気で死ぬかと思った……。
でもセンジ、何で此処に?」
シヨウは後部座席の隅に男を押し退けると、反対のドアに凭れて座った。
彼はクスリと笑うと、ダッシュボードのモニターを指差す。
「ジャミングが完全に晴れた瞬間、サキのハンターデバイスの位置情報を支援部が探知したんですよ。
ただ……座標が海の真ん中を示していると聞かされたときは、一体何事かと肝を冷やしましたが」
「笑えないわよ……。
このおバカのせいで、鬼ハードなマリンアクティビティをすることになったんだから……」
サキはシートに沈み込み、ようやく一息つく。
そして呼吸が整うと、気になっていた戦況を尋ねた。
「――ところでセンジ、公園の……噴水前の戦闘はどうなったの?」
「ああ、そっちは無事に済みましたよ。
珍しく、ボスが本気になりましてね。
あの人の能力が怪獣の崩壊を抑え込んで、広場のスポイラーを一掃してしまいました」
「ウソっ!? あの腰の重い、事なかれ主義のボスがそこまでやったの!?」
「ええ。私はその場で最低限の応急処置を受けていたんですが……。
そこに光の輪? のようなもので拘束された三人の異世界人が、カスタムカーで送迎されてきまして」
チラッと見られたサキは、ブンブンッと首を振る。
てっきり彼女のいつもの暴挙かと思っていたセンジは、予想が外れて意外そうに目を丸くした。
そうなると……。
二人揃って後部座席のシヨウを見る。
「あー……あのまま放置はまずいかなぁと。
多分エルフっぽい人に、自分達を縛り上げて車で支部に行けって命令した……」
「もうどっちが悪党か分からないわね、それ……」
「ともかく――、これは予定外のことが起きたと判断し、急いで車を飛ばしてニ人を迎えに来たというわけです。
……さあ。もう帰ろう、私達の街に」
そう言って車の速度を上げ、海面を軽快に滑らせた。
* * *
ホバーから通常のタイヤ走行へ切り替わり、沿岸の道路を走っていると――、
どんよりと空を覆っていた漆黒の雲が、しっかり割れていた。
地平線の向こうから眩い太陽がゆっくりと出勤し、夜中の騒動など知らんと言わんばかりに何事も無く当たり前の一日を、当たり前に告げる。
黒雨による汚れは少しずつ――、少しずつ――、悪夢から目覚めるように消えていった。
日光によって洗い流された彩流市の街並み。
黒い髪を風に流されながら、太陽を見て言った。
「……夜ぉぉが、明けたぜよーーーー」
「「……」」
何言っているんだ? と四つの目がシヨウに向く。
「……何その目は。ただの様式美だよ、気にするな」
気まずそうにそっぽを向く相棒にサキは暫く黙った後、シートに改めて身を委ねる。
栗色の髪を風のように靡かせながら、白んだ空を見上げた。
「はぁあぁぁ……でも本当に、確かに長い夜だったわね……」
「まったくとんでもない休暇でしたよ。
サキのバディ探しだったはずが、いつの間にかこんな大事になって……。
貰える給料以上の働きをすることになった」
「残業代はボスから搾り取るからいいのよ。
それより、相棒。
――これからどうするの?
さっき言ってたデリバリー祝勝会でもする?」
サキのその気の早い誘いに対し、シヨウは横座りのまま丸くなる。
「ムリ……ご飯なんて食べる気力ない。……まず、寝る。
一秒でも早く、惰眠を貪りたい……」
「あははっ、賛成。
私も、ベッドに入る前に気絶する方に10フィル賭けるわよ」
「上手いですね。調味料の掛けると賭け金を掛けるとは」
「センジ、それ以上はダメだ。寒すぎて凍傷になる」
ボロボロな大人たちの軽妙な掛け合いと共に、車がゆっくりと進んでいく。
すると、ほのぼのとした空気を壊さない音量で音楽が流れ始めた。
♩~~~ ♩~~~ ♩~~~
波風にそっと漂う音は、子守歌となって新しく結成されたバディらを労う。
センジの手足は最早、格好だけで力はほぼ入っていない。
とうの昔に自動操縦になっていた。
自己学習の成果なのか硬いシステム音声もなく――、無言で切り替えられたそれはAIが獲得した人間らしい配慮と言える。
そうして美しい朝の光に包まれながら、三人と一台は――、
――静かに、エンドロールを迎えたのだった。




