#62 スプラッシュフィナーレ!!!!
カラカラカラ……
ふと、寂し気な音が転がって来た。
それは、人魚が最期に遺した心の結晶――。
白く瞬く一粒の涙。
込められた感情は怒り? 憎しみ? 絶望? 或いは諦念か……。
役に立たないグローブを外し、そっと拾い上げる。
熱も何も感じられない。
掌の上で鎮座するカルシウムの塊をじっと見つめ――、躊躇うことなくヘリの外へと投げ捨てた。
真珠は何処へ消えたか分からない綺羅星を追って、暗い波間に身を投じる。
海面越しに光る月と別れの挨拶を済ませると、誰にも届かない小さな心を抱いて静かにその姿を消した。
「……今のは?」
口を挟まず、一連の流れを見守っていたシヨウが尋ねる。
消えた一粒から視線を外し、煙草でも吹かすようなノリで肩をすくめて見せた。
「別に。
ちょっと……女を泣かせちゃっただけ」
「悪いやつ」
根掘り葉掘り聞き出すことも無く、適当な誤魔化しに対して笑いながら乗っかってくる。
「人魚の涙ってほんとに真珠になるのか……。
綺麗だったのに、勿体ない」
「確かに悲しくなるくらいに綺麗だったけど……意外ね。
『人の涙を記念品にして飾っておけ』なんてそんな悪趣味、勧めるとは思わなかったわ」
「別に勧めはしない。
売るのは流石に感じが悪いけど、ただ持っておく分にはお互い害はないじゃんか。
後味が悪いんだって言うのなら、今回の一件を忘れないようにする為のお守りとか適当な理由を付けておけばいい」
「……いいえ、これでいいのよ」
彼女の感情論と合理性の混じった、今更な提案に頭を振る。
元より、提案する気も無かったんだろうが。
硬い感触の名残を握りしめながら、いろんなものを飲み込んだ漆黒の海を眺めた。
「どこかの通訳さんが不在だったせいであの人魚が最後に何て言ったのか――、私達の事をどう思ってたのか――、何一つ分からないまま。
それで持っていても、何の戒めにもなりゃしないわよ」
「そう……ならいい。
涙なんて痛いだけで意味なんかない。
泣いた理由と気持ちの方がメインだし」
「……遅刻してきた通訳がよく言うわよ。
それが分からないって話をしたんだけど?」
片膝を立てて好き勝手に言うシヨウを思わず睨みつけると、気にした様子もなく淡々と持論を連ねていく。
「泣いてる人からしたら、内容なんて二の次なんだよ」
深く溜息をついて、たいして楽しくも無い思い出話を始める。
「……子供の頃、親と喧嘩をして泣いた時が何度かあった。
だけど、放っておかれた。
相手をするのが面倒だし、時間が立てば勝手に泣き止むと思ったんだろうな。
こっちが必死に泣いて、自分は怒ってるんだぞ! 泣いてるんだぞ! ってアピールしても親二人で談笑してるし、いちいち階段降りてふざけるなって呼びに行ったりなんかして……結局虚しくなって泣き方を変えた」
何でもいいから慰めて欲しかった。
自分が悪くても、それでも傷ついていることは変わりないのだから。
無茶苦茶だが、それが甘えというやつなのだろう。
そうしてくれれば嬉しかったし、嬉しくなれば心の余裕もできる。
素直に謝ることもできたと思うが、結局仲直りなんて親としたことなど一度も無い。
ただ自然消滅を待って無言でやり過ごすのが普通になってしまった。
「皮膚が涙で被れないように、目にタオルを当てて吸い取りながら泣いた。
喉が痛くならないように、氷水や喉飴を準備してから声を殺して食べた。
その方が後に響かない」
子供時代のありふれた孤独の記憶。
それは、自分の感情を受け止めて貰えず、ただの子供の癇癪として放置された子供時代の一コマ。
泣くぐらい辛いのに、同時並行で自分の世話をする為に黙々と準備を進める構図はなんと虚しい。
「要するに、泣いている所を態々人に見せるっていうのは、甘えのサインってこと。
怒っていることを理解して欲しかった。
その上で、受け止めてほしかった」
「……私は、何か出来たと思う?」
言葉が通じず、海に突き落とすような真似しか出来なかった。
こんなことで罪滅ぼしになるとは思わないが、少しでも彼女にとって良い子であったのなら……。
そんな手前勝手な救いを求めていると、シヨウは誤魔化すことなくあくまでも自分の意見を述べる。
「さあ? でも一人ぼっちにしておくよりかは幾らかマシだったとは思うよ。
優しくされてありがたがるにせよ、恨み辛みの捌け口にするにせよ、傍に誰かいなきゃ出来ない事だし。
放って置かれたら、泣きもしない。痛いし疲れる。
最後に泣けたのは、分からないなりに気持ちを受け止めようとしたからじゃないのか?」
異世界からやって来た通訳の読心術によると、そういうことらしい。
サキは小さく鼻で笑った。
ピーーーー!! ピーーーー!!!
けたたましい警告音。
至る所のランプが真っ赤に点滅し、機体の体勢が崩れた。
「何――ッ!? 」
「チッ、止めの一発が致命傷になったのかしら!?」
猛烈なGが襲う中、サキは慌てて運転席へと駆け寄る。
自動操縦から手動へと切り替えるため、白目を剥いて気絶しているパイロットを強引に座席から引きずり下ろした。
「ちょっ、サキさんッ!?
まさかその人、殺しちゃったのッ!?」
生気の欠片もない男がタコのように打ち捨てられるのを見て、シヨウはギョッとしながら批難する。
「殺してないわよ!! 黒弾で気絶してるだけ!!
そもそも、こいつが急に後ろを振り向くからいけないのよ!!」
操縦桿にしがみつきながら、激しい警告音にも負けない大声を張り上げて言い返した。
「人のせいにするなッ!! 大体よく見たらこのヘリ、ボロボロじゃんか!?
よくもまあ、空のど真ん中でこんなに暴れられたな!?
この怖いもの知らずッ!!!!」
「うるさいわねぇッ!!
命がけのクレームの真っ最中に、オフィスの破損状況まで気にしてられるかってのッ!!!!」
言い合いをしている間にもレバーは暴れ、着実に高度を落とし始めている。
サキは早々に諦め、相棒に向かって離脱の合図を出した。
「――ダメッ、制御システムがイカれてる!! 機体が持たない!!
シヨウ、今すぐ箒に乗せなさいッッ!!」
「分かっ――いや、待った。
じゃあ、この人どうすんの?」
外に出ようとスライドドアの際に足をかけた時、『いやちょっと待て』と急ブレーキを掛ける。
コックピットに戻りつつ、転がっている操縦士を指差した。
「そんなの、ほっときなさい!!」
「できるかそんなことッ!!
だってほらッ! あの……、あれだ!
ポリス映画とかで、主人公の刑事が犯人の車を奪う時にさ――」
唐突に真面目な顔を作る。
「運転手を車からグイッて強引に引きずり降ろして、道路に転がすシーンがあるじゃん?
あれってさ……あの後、運転手は生きてんのかな?
時速60キロ以上出てる車から道路に放りだしたら最悪の場合、殺人にならない?」
「生きてるに決まってるでしょ、映画なんだから!!
大体なんで墜落寸前のヘリの中で、法律系動画じみたこと始めてるわけ!?」
「だって気になるじゃんか!!
もし仮に死んでたら、あの主人公たち全員、ただの強盗致死の重犯罪者だよ!?
この人見捨てたら、下手したら私達も緊急時……に、おけ、る不救助? とかで捕まるかもしんない!!」
「なりませんッ!!
海に落ちたら行方不明で処理されるに決まってるじゃない!!
グズグズしてたら私達も記録から消されるわよッ!!」
サキが必死に説得すると、シヨウはスタスタと歩いてスライドドアの縁を掴み直した。
「――私、ちょっと一回支部に戻る。
ロマ研の誰かを連れてくるから、一時間くらい粘っといて」
「無茶言わないでッ!!!!
墜落までもう分切ってるのよッ!!??」
「大丈夫、サキならいけるって。
こっちじゃ『ゴッドクラッシャー』とか何とか呼ばれてる最強ハンターなんでしょ?
すぐに戻るから――」
「シヨウッッ!!!!」
本気かどうか分からないトーンに、顔が恐怖とツッコミで真っ赤になる。
あまりの焦りように堪えきれなくなったのか、シヨウは大声で笑った。
「あははははははははッッ!!
冗談だって、あはははははははははははははは!!!!」
「笑い事じゃないわよこのドSッッッ!!!!」
サキが本気の怒りを叫びに込める中、彼女は笑いながら真面目に計器を覗き込んだ。
「よし、興奮して身体も暖まったところで――サキ、取り敢えず岸に向かってできるだけ距離を稼いで。
海面にある程度近づいたら、パイロットと一緒に外に出る」
「あんたのその箒、三人乗りなんて想定されてないでしょ!?」
「飛べはしないだろうけど、滑空ぐらいなら何とかなる」
「あぁもう!!
ご搭乗の皆様、衝撃に備えて下さーーいッ!!!!」
サキは#000000をホルスターに戻し、操縦桿を強引に岸に向けて倒す。
その間、シヨウは気絶したパイロットを引っ掴み、ドアまで引き摺っていく。
ヘリの高度が一気に下がり、荒れ狂う波の動きがある程度視認できる高さになると――、
「いくわよシヨウ!!
ジャンプ――ッッ!!!!」
箒の出力をMAXにし、待機していたシヨウに駆け寄った。
二人は気絶したパイロットを共に持ち上げ間に挟み込むようにして、暴走する重装甲のマルチコプターから飛び出す。
ババババババババ……バッシャァァァァァァンッッッ!!!!
――ドッカァァァァン!!!!
出迎えたのは冷たい海風。
先程のコントで心なしか火照った頬を、そっと撫でていく。
直後――、人から見捨てられたヘリが、激しい爆音と共に荒れ狂う海面へと盛大に墜落。
凄まじい水飛沫が跳ね上がり、おまけの爆発で最後を彩ると、黒い残骸が海の底へと没していく。
「ハァ……。
一時はどうなるかと思ったけど……やっとエンドロールってところかしら……」
サキは片手で男の体重を折半しつつ、箒の柄に必死にしがみつきながら安堵の息を漏らした。
シヨウの言った通り、三人の重みに耐えながら奇跡的なグラインディングを維持している。
――ピチチチ、バチ、バチチチチ……。
だが――、穏やかな余韻をぶち壊すかのように、股下から不穏な電子音が鳴った。
白くて硬い穂の根本から、パチパチと物悲しい青白い火花が飛び散る。
「……シヨーウ? この音は良い知らせよね?」
引きつった顔で尋ねると、彼女は冷や汗を流しながらバツの悪そうな顔でポツリと呟いた。
「あー…………ごめん、サキ。
さっきの戦闘で飛び過ぎた」
「……ちょっと待ちなさい。あんた頭の翻訳機能がバグってるんじゃないの?
もう一度言ってちょうだい。
つまり――、どういうわけ?」
「つまり――、バッテリー切れです……」
「はあああああぁぁぁぁぁッッッッ!!??」
プスン……
情けない音を遺し、バッテリーの輝きが完全に消滅。
午前〇時を迎えたシンデレラの如く、スポイラー技術という魔法が消えた箒は、ただの重たい金属の棒に戻ってしまう。
「「あ」」
次の瞬間――、浮遊力と推進力を一度に失った三人と箒は、重力に殴られ真っ逆さま。
「シヨーーーーーーーーーウ゛ッッ!!!!」
「ごめーーーーーーんッ!!!!」
ドッボーーーーーーーーンッッッッ!!!!!!!




