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オーダーメイト 〜お払い箱のはみ出し女ハンター、拾った異世界人と最強バディを組む〜  作者: 湖陽 照
第1章 始まりの街 彩流市 編 ~兼食の猟犬と偏食だらけのハンドラー~

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#61 ピロートークは潮騒と共に ~人魚になったモノの末路~

 星を見送った後、サキはその場にへたり込んだ。


「ハァ、ハァ……本っ当に最悪な休暇ね、これ……」


 思えば長すぎる一日だった。

 そう、バディ探しの旅を始めてニ日目――、あまりに濃すぎて吐き気がする。

 

 張り詰めた緊張の糸が切れ、全身の鈍痛を脳が認知し始めた。

 破れたグローブから――、引き裂かれた防護服の隙間から――、雨が染み込んだ肌には、黒いアザのような沈色がありありと見てとれる。


「あーあ……ダメね、これ……。

指一本動かす度に、振り込んでくれないと……」


 ネジが切れたブリキの玩具のように、身体の自由が利かない。

 ついに内臓にまで沈色が及んだのか、呼吸をする度に肺胞がバリバリと膨らむ音が聞こえる気がした。

 徐々に瞼が重くなり、このままあの世への片道切符を船頭に渡しかけた時――。



 ――――ヒューーーーーーーーゥゥゥゥンッッ!!



 純白の彗星が飛来した。


「――サキッ! 無事ぃぃぃぃっ!!??」


「……え?」


 走馬灯――、にしては……些か趣に欠ける。

 今しがた、相棒らしき影がドアからドアを貫き、虚空の彼方へと消えていったような……。



 実際のところ、シヨウはサキの身を案じて急いで飛んできたのだ。

 しかし、床が雨曝しになっていた上に潮風で滑りやすくなっていて、着地しようにも踏ん張りが効かず、勢い余ってすっ飛んでいく結果となってしまった。



 あまりにも一瞬の出来事――。

 人魚の星とは比べる事すら申し訳ない……出力全開の箒星(アホ)は、窓ガラスをぶち抜くようにシリアスを破壊して大退場。


 数秒のローディングの後……頭の芯まで浸食していた沈色硬化が、吹き飛んだッ。


「…………。

――ッ、あのお馬鹿ッッ!!??」


 固まった石膏を内側から弾け飛ばさん勢いで跳ね上がり、彼女の名を叫ぼうとした――が。



 フワリ……



 今度は綿毛のように、何食わぬ顔で静かに降り立った。


「…………あんた、一体何がしたかったわけ?」


 白けた目で問うと、シヨウは不機嫌そうに濡れた前髪をかき上げながら、低い声でぶっきらぼうに言い返す。


「――滑った。それより、社長は?」


「海」


「海――?」


 彼女は怪訝そうに眉を寄せた。

 サキは急に立ち上がって削れた残り僅かな体力を回復する為、壁に寄りかかりながらズルズルと座り込み、申し訳なさ気に自嘲する。


「悪いけど、社長の生け捕りは失敗したわ。

でも、クレームはきっちり入れておいたから。


――あいつ、後ろから人魚の水槽を引っ張り出してきたかと思ったら、注射器で血を取って自分に打とうとしたのよ」


「はぁッ!?」


「どうにかして注射器は落としたけど、パッチで命令された人魚に尾鰭でビンタされて。

そしたら今度はバグったのか、社長が人魚に噛みつかれてスーパー魚人に進化。


で、私がフルチャージの黒弾でドアごと海に吹っ飛ばしたの」


 傍に落ちていた黒焦げのガム型スタンガンを腕を伸ばして摘み上げ、シヨウにひょいっと投げる。


「これであいつのパッチに当てて感電させてやったわ。

結構役に立った。ありがと、相棒」


 綺(・)麗(・)な(・)片手が黒い塊をキャッチすると、暫く掌で転がしながら黙り込んだ。

 

「……何じゃそりゃ。そんなゾンビ映画みたいなことになってたのか。

流石にそんな想定をして渡してない……」


 呆れた展開に溜息を吐きつつ――、サキの隣に歩み寄ってドカリと腰を下ろす。



 互いの溜息――。


 回るプロペラ――。

 

 肌寒い風と潮の音――。



 サキは少しだけ躊躇ったが、意を決して相棒に報告する。


「……一応、あいつから聞き出そうとはしたのよ」


「――? 何を?」


「あんた達を元の世界に帰す方法。

でも……そんなものは、最初から研究すらしてないって――」


 悪びれもせず消耗品と言い切った男を脳内でボコしていると、シヨウは小さく鼻で笑った。


「ああ、端からそんなに期待してない。ダメ元だよ、ダメ元。

まぁ、よその世界から直接技術や資源を確保する為のゲート的なやつとかワンチャンって……」


 正直……期待はしていた。多少は――。

 というより、他に期待する宛がなかった。


 ただ……それだけのこと。


「因みに、どんな風に言ってた?」


「どんなって。

若返って変身して、神になったとかなんとか……。

いざ殴り合いって時に、研究する価値もお金もないって――」


「どんだけ酔っぱらってたんだか……。

けど、それならわざわざ大ボラ吹いて揶揄おうとしたわけじゃないとみた」


 偽りで人を騙くらかし、振り回して遊ぶタイプにも見えなかった。

 事実を以って希望を砕く派だろう、彼は。


「またあのおっかない地下に戻って、手がかりを探す手間が省けた。

聞いておいてくれてありがとう、サキ」


 シヨウは肩で自分の肩で軽く小突く。

 呆気に取られて目を丸くし、それから──天井を見上げ、少しだけ悔しそうに肩をすくめた。


「まあ──、異世界に興味はなくても、魚が好きだったってことは確かね。

高飛びするのに人魚を侍らして、首にキスさせてたし。


最後はお望み通り……最強の自分になってバカンスに直行よ」


 水槽の残骸に視線を向ける。


「そう……人魚――、彼女のことだけど。

社長を落とした後、凄い力で襲いかかってきて首を絞められたの。

だけど、それ以上は何も……何もされなかったし、分からなかったけど……。


『海に』って、そう言われた気がして――」


 シヨウは、ただ耳を傾けるだけ。


「だから注文通り、そのまま海に帰してあげちゃった。

…………ごめんなさい、帰すなんて……っ、ここはあの子の海じゃないかもしれないのに、何にも返(・)せ(・)ないのに、帰(・)し(・)た(・)気になって。


――――これくらいしか、してあげられなかった」


 独りよがりの善意を自覚しながら、手前勝手な罪滅ぼしを吐露し終える。

 ふと――、暗い海を見た。


「……ねえ、シヨウ。あいつ、本当に死んだのかしら?

水棲生物になって海に落ちたのよ。

案外、海の底でピンピンしてたりしてね……」


 何気なく零すと、スタンガンの焦げを弄っていたシヨウの手がピタリと止まる。

 サキに倣って外を眺めると……ボソッと呟いた。


「……生きてるかもしれない」


「え?」


「『八百比丘尼』っていう古い昔話がある」


 ポツリ、ポツリと語り始めたのは、永遠のように遠い世界。

 誰も知らない、彼女だけの物語――。





「出先で奇妙な肉を振舞われ、父親はこっそり捨てる為に家に持ち帰った。

実はそれは人魚の肉で、そうとは知らずに食べてしまった――、一人の娘の物語。


……彼女は不老不死になったせいで八百年もの時を生きることとなり、旦那さんや親しい人達と何度も、何度も死に別れることになった」


 海の色は空の色を反射しているという。

 彼女の瞳が海を色づけているのか、海の色が彼女の瞳を染めているのか――。


「とうとう孤独に耐えかねた彼女は、薄暗い洞窟の中に一人引き籠もって絶食することを決める。

そして、自分が生きている証として、ただひたすらに鉦(かね)を鳴らし続けた。


『鉦(かね)の音が止んだとき、私は死んだものと思ってください』――、そう周りに言い遺して」


 淡々と語られる異界の話。

 真綿で締め上げられるような雰囲気に、言葉を失った。

 彼女の横顔をチラリと覗きながら、続きを促す。


「――永遠の命にまつわる話なんていくらでもある。

だけどそのほとんどは『くだらない』と達観したり、『愚か』だと忌避することはあっても……それが素晴らしいものだと説いて終わる話なんてない。


あぁ……いや、人外とイチャイチャするタイプの恋愛ものなら話は別だけど……」


「そんなのあるわけ……ごめんなさい続けて」


 異世界人(己)を指差すシヨウに何でもないと即座に撤回した。


 なんにせよ、長寿のエルフや神様、不老不死の探求――、そういったお話はこの世界にもある。

 『誰もが永遠という名の奇跡に狂わされた』という謳い文句はよく聞くが、それを手に入れてめでたしという話は、確かにサキにも覚えがなかった。


「永遠の命なんて存在しない。

だから、そんなものが幸せだと思えない。

自分達の知らない幸せが手の届かない場所にあるなんて、思いたくない。


――人が想像できない幸福は、フィクションにすらならない」


 スタンガンの焦げをいじいじと剝がしながら、どこか皮肉めいた笑みを浮かべる。


「だから――仮に海の底で生きていたとしても、それはもう生き地獄だよ。

ある意味、見方を変えれば、きっちり生(・)け(・)捕(・)り(・)にされたと言えるかもしれない」


「――――あいつ、まともに息も出来なくなってた……。

少なくとも陸には上がってこれない。


海という牢獄に、永遠に閉じ込められたってわけね……」


「無意識に人魚の肉を食べてしまった娘。

意図的にその血肉を食らおうとして食べ損ね――、逆に人魚に噛付かれた男。


……一体どっちが、より悲惨的な結末を辿ると思う?」


 不気味な余韻が残る考察。

 全てが終わったはず……だが、自ら望んだ呪いにより、海の底で永遠の孤独に喘ぎ続ける男の姿が、鮮烈な恐怖となってサキの脳裏を過る。


「……ハッ、それこそホラー映画の続編だわ。

あいつにはお似合いの話だけど、もう二度とスクリーンには戻ってこないでほしいわね」


 ゾクゾクッ、と背筋を駆けあがる悪寒を、苦笑いで誤魔化した。


「私の報告はこれでおしまいっ。

そっちはどうなったの? あの三人は?」


 空気を変える為、声の調子を変える。


 彼女も無意識に強張っていたのか、ふっと肩の力を抜いた。

 そして負傷した腕をさすりつつ、どこか気まずそうな苦笑いを浮かべる。


「 あーーぁぁぁ……。

それがさ――、実のところ存外すんなり済んで……」


「すんなり……? 冗談でしょ? 

あんたさっき『場合によっては――』なんて、意味深な大口叩いてたじゃない」


「ぶっちゃけると、そこまでの覚悟はなかった。

だからいざ戦闘が始まったら、ランスの飛行機能でとにかく回避に徹して……。

というかっ、あちこちから攻撃が飛んできて殺す余裕なんてあるか」


 近接戦闘の獣人、遠距離の魔法使い、中距離遠距離担当のガンナー。


 バランスの取れたパーティー構成に、戦闘ほぼ未経験の一般人が単独無双して倒す――。

 吹かし過ぎたと、恥ずかしい思いをしていたことは……言わなかった。


「まあ、時々殴りつけたりして多少のダメージは与えたけど、たかがしれてて。

『――ちょっとタンマッ!』 って、ヤケクソで叫んだんだけど……」


「……まさかそれで、お行儀よく待ってくれたんじゃないでしょうね?」


「それが嘘みたいにピタッ! と止まった。

多分あのパッチ――、あれは操りたい相手が理解できる言語に命令文を翻訳した上で、洗脳でもする道具だったんだと思う」


 シヨウは自分の喉元を指先でトントン、と叩く。


「ほら、私は例の件でこの世界の言語が分かるようになったし、無意識に話せるようにもなったじゃんか」


「あ――」


「だから私の言葉も、パッチと似たような働きをしたんじゃないかって。

あの三人にとって私の声は、理解できる命令(ことば)だった」


「ハッ――あははっ! 

相手のお株を奪うとか、やるじゃない!!」


 サキは沈色ちアザだらけの身体で痛みに顔を歪めながらも、腹を抱えて大笑いした。


「あはははっ、傑作!! 

クソ社長が心血注ぎ込んだ無敵の異世界軍団(ワンダーアーミー)を、『ちょっとタンマ』で全員フリーズすさせるなんて、あいつが知ったら今頃海の底で泡を吹いて悔しがるわよ!」


 シヨウは用済みのスタンガンを遠くに投げつけると、ブツブツと文句を垂れる。


「はぁ……。

盛り上がってるところ悪いけど、こんなの今回限りのラッキーパンチだからな」


「どこがよ。十分チートでしょ」


「本当にチートなら、お互いこんなボロボロになってない。

もっとザ・ファンタジーッ! みたいな、格好いい能力(スキル)が欲しかった。

指を鳴らすと雷が落ちるとか、バリアを張るとか。


なんで異世界くんだりまで来て、翻訳アプリを頭にインストールされなきゃいけないんだか……」


「んふふふっ! 贅沢言わないの。

魔法の箒を乗り回してる時点で、十分こっちの世界でもおとぎ話の魔法使いに見えてるわよ。

安心しなさい」


「やかましい」


 やってられないと言わんばかりの溜息を吐く一方で、サキはご満悦だった。


 自分にだって、バディとのやり取りに多少憧れる可愛げくらいある。

 しかし、野性的な直感と体力、戦闘(バトル)センスに振り回された歴代の相棒とはゆっくりと親交を温めることもなく、付き合いきれないと去っていった。


 自称オタクと気遣いの島国出身故の察しの良さとフォロー。

 多種多様なサブカルで得たトリッキーな閃きと改造センス、そして飲み込みの速さ。

 何より、異世界に飛ばされながらも腐ることなく前を向き続けるタフさと、おふざけを楽しむノリの良さ。


 ヒトを振り落とすことに定評のある自分が、こんなに振り回されたのは一体いつぶりだろう? 


 お互い全力でやりきった上でだらだらとピロートークを楽しんでいるこの状況が、いかにもバディらしい。

 そう思いながら、そっと相棒から隠れるように口角を上げた。

ご一読ありがとうございました。そろそろ1章の終着駅が見えてまいりました。


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