#60 偽飾の償い
「――うるさいわよ、この魚擬きッッ!!!!」
サキは血を吐き捨て、瞳のColorを狂暴に滾らせながら言い返す。
「偽善で結構、上等よ!!
こっちだって今更、今の暮らしを捨てて人様に返すなんてできないものッ!!
いつか彼らの親族や保護者が殴り込んできたら、私達は自分の為に全力で戦う。生きるために戦う!!
奪って、喰らって、傷つけてきた罪なら、私達が負けた時にファイトマネーとしていくらでも支払ってやるわよ!!」
彼女も大概身勝手だった。
初めて会った時、無言を貫いて人を品定めしたかと思えば、ひとの車を豪快に乗り回して海に落ちた。
海岸で急に喋り出したかと思えば、こちらを不倫カップルに仕立て上げ、飯屋に行ったらとんでもない偏食っぷりで怒ってカレーまで作って――。
地下プラントでは私とセンジを散々罵っておきながら逃走の最中、ハンターとして異世界人の為ではなく、彩流市で泣く人々を助けろと叫び、自分も付き合うと言った。
なのに――、今度は自分には関係ないとポップコーンを摘まみだして……。
それなら留守番をと頼んだら、派遣会社の社員になって私の左遷先の管理人とバディにちゃっかり就任した。
……こうして並べると結構酷い、酷過ぎる。
あまりの身勝手さに本人も一応自覚していたのか、しっかり謝ってきた。
とはいえ……、だ。こんなの立ち往生する台風と何ら変わりない。
だが――、そんな彼女のバディである私は、さらに輪を掛けて身勝手なクラッシャーであることを忘れてはならない。
「だけどあんたの言ってることは、中途半端な現実逃避よっ。
神様だって言うのなら、独りで勝手に自己満足に浸ってればいいのに。
シヨウが言ってた通り、何だかんだ言って自分がやってきたことが今更になって怖くなったんでしょ!?
だから私達を皮肉って馬鹿にして、同じ穴の狢だって誤魔化してる――。
自分は正しい、間違ってないって!
やってることが、連れション文化圏のなよっちい男子のそれじゃないッ!!」
「貴様ァ――ッ!!」
社長のプライドに初めて明瞭な亀裂が走り、人外のお綺麗な顔が屈辱で歪む。
頭を押さえつけている力をさらに強められても尚、サキは合理的な研究者の仮面を食い破るように叫んだ。
「私は逃げないっ。
あんたの言う血塗れのこの世界で足掻き続けてッ、あんたが食い散らかしてできた残飯を残さずきっちりいただいて糧にして、生きてやるわよッッ!!!!」
女のふてぶてしい開き直りに、男は返す言葉も見つからない。
今や自分よりも小さくなった彼女の身体を苛立たし気に持ち上げて、壁に向かって乱暴に投げつけた。
「ぐッ、――ぁ!」
爪が引っ掛かったのか、ハンターの防護服がビリビリに裂ける。
劣勢なこの状況に、痛む身体を叱咤しながらフラフラと立ち上がった。
ふと、屋上で血を流しながら笑っていた相棒の顔を思い出す。
「……ハハ。これじゃ、まるでシヨウみたいじゃない……」
まともな武器はなく、Collarも持たず。
それゆえに自由に応用力を駆使して、不条理とやり合っていた彼女。
あいつなら、そもそも武器もCollarも当てにしない。
シヨウなら……どうする?
そして、ハンターの鋭い観察眼が――ある一点を捉えた。
――――喉に貼り付いたままのパッチ。
彼女の言葉が、フラッシュバックした。
『必死に抵抗している最中、パッチ同士でバチバチッって強い静電気みたいのが走った』
『軽くボンッてショートして煙を吹いただけだ!』
シヨウはこの世界に来たばかりの頃、黒ずくめの連中にパッチを貼られて誤作動が起きたと言っていた。
パッチ同士でショートして感電、爆発したうえにデータが逆流したと。
「感電、爆発……。
まったくあいつのオモチャは……いっつも物騒で最高ね」
餞別にと寄こされた改造スタンガンの存在を思い出す。
口元の血を拳で乱暴に拭うと、狂犬らしくニヤリと歯茎を見せながら得意の煽りをかました。
「ねぇ、大根役者ッ!!
その自慢の特注スーツ、ちょっと風通しが良すぎるんじゃない!?」
「――死ね、ハンターッッ!!!!」
煽って怒らせ、突っ込ませる。
いくら規格外の力を手にしたといっても、相手はついさっきまで研究と経営に精を出していた高齢者一歩手前のオヤジ。
幸いにも戦闘スキルは、お世辞にも高いとは言えなかった。
力任せの暴力をとにかく躱して――、躱して――、躱し続け――。
大振りになってできた隙を……突く――ッ!
――バチバチバチバチッ!!!!!!
「ガ――ァ、ア゛ァァァア゛アアアッッ!!!!」
ポケットから取り出したスタンガンは、見事パッチに当たった。
単体でも屈強な成人男性を気絶させるだけの電流。
それを意図的に流し込まれれば、シヨウの時とは比にならないダメージが発生する。
雨と潮風で濡れた身体は伝導率が高く、強烈な電撃が走り回った。
「く――ッ、……ゥゥゥ」
視界が白くなるほどの激痛――。
一方的な攻撃とはいえ、わずかに自分にもダメージが入る。
しかし、その玩具を決して社長の首から離すことはしなかった。
パッチはいよいよ限界を迎え、暴発を起こす。
社長は後方に、サキはコックピット側に吹き飛んで壁に叩きつけられた。
予想だにしなかった体内へのダメージと、爆発。
内外の同時攻撃に対処できず、流石に無傷とはいかなかったらしい。
社長は焼けた喉を押さえて苦しみながら、ゆらゆらと態勢を立て直そうとした。
その時――。
「ガハッ……ゴホッ。――っ!?」
感電と爆発とは別種の苦しみが、男を襲う。
息ができないのか――、まるで打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉させている。
人魚の因子を取り込んだことにより、陸上での呼吸がままならなくなったのか?
いや、そんなことは、どうでもいい話だった。
サキは壁に背を預けながら立ち上がると、床に落ちていた銃を拾い上げる。
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――――インカ―マン。
それは、PALLETで支給される基本兵装の一つ。
黒インクから発射される黒弾は、スポイラーの色の吸収速度を凌駕する濃度と弾速で撃ち抜く。
犯罪都市【濁都】と隣接する彩流市のPALLET支部では、スポイラーを無許可で狩って売買する犯罪も起きている為、人を相手取ることも多い。
その際は威力を下げ、沈色攻撃による麻痺で確保する。
しかし、基本的にハンターはさらに攻撃力の高い、自身のCollarを抽出したカートリッジで戦う。
サキは希少なCollar持ちであり、尚且つ色の中和能力を有する特異なCloverだが、一般的なCollarによる着色威力を出すことが出来ない。
それゆえの特殊インク――。
黒インクを特別濃くしたことよって威力を高めたもので、Collar兵装と同等の高い威力を誇る。
しかし、撃ち出した際の威力は相当なもの。
それに耐えうる為、ロマ研の手によって違法ギリギリまで改造を施されたのが、世界に一つだけのサキ仕様の特別カスタム。
即ち、『インカーマン#000000』である。
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もはやボロきれと化した装備帯から最後のカートリッジを取り出し、再装填した。
カラーコード#000000の異名を持つ銃を、両手でしっかりと固定する。
そして、壁にぴったり背をつけながら、フルチャージの態勢に入った。
黒弾に使用する高濃度の特殊黒インクの量を増やすことで、単純に物理エネルギーを底上げする圧倒的質量攻撃。
その威力は、通常兵装の比ではない。
あらゆる色を無視して粉砕する、戦場を統べる女帝の一撃。
いつだったか……ロマ研が勝手に命名した、その弾の名は――――
「――さようなら、良い旅を」
ズッガァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!
――――『漆黒の女帝』
インクをフルに使ったその激しい反動に、踏ん張りがきかない。
普段からロクゼロを撃ち慣れているにも拘らず、背を付けた壁にプレスされるような感覚を覚えた。
特上にして特大の黒い弾丸は瞠目した魚人を余裕で飲み込み、乗り込んだドアの反対側からドアごと吹き飛ばす。
最期の言葉を残す暇もなく海に落下した男の行方を、無駄だと諦めながら下を覗きにいく。
案の定――、暗い黒海にはもう影も形もない。
異なる世界の恩恵――、その血肉を強欲に利用し続けるだけでは飽き足らず、この世界の人にまで手を付け頂点を目指した。
しまいには、自ら人魚を喰らおうと手を伸ばす。
しかし皮肉にも、男は人魚に齧られてしまう。
その最後は……陸で生きる権利を失い、暗海の底へと沈む――。
「……そこがあんたのファーストクラスよ」
そう吐き捨てた――――直後だった。
突然、横からの衝撃に成す術なく倒される。
ケースにぶつかって流れた血も怪我も、嘘ように消えた美しい人魚。
魚の下半身で圧し掛かられ、身動きがまともにとれず振り解くこともできない。
細腕からは考えられない強い力で首をぎりぎりと締めあげられ、気力体力を使い果たしたサキにはもう、どうすることもできなかった。
怒りに満ちた眼光。
早々にツケを払う時が来たのか……と、正当な暴力に身を委ねて目を閉じる。
「……ぁ、……ぁぁぁ、っ――?」
苦しい――。
だが、それだけだった。
戦闘の痛みが身体中を殴りつけるが、気を失う程ではない。
一定の息苦しさが続くだけの状況を、不思議に思って目を開けた。
――――、雨……?
潤んだ碧空の瞳――。
警告ランプも力は使い果たしたのか、とうに消えていた。
黒雨もいつの間にか止み、雲の切れ間から月がそっと様子を伺う。
天然の光に照らされて輝く透明な雫が、ポツリと頬にぶつかると――
カラカラカラ……
反射的に目で追う。
そこには、一粒の丸い真珠が……鉄の床を転がっていた。
「――――■■■■……っ、■■■■……?」
先程の男と同じ……とまではないが、水の入った箱から飛び出した彼女は、息がしずらそうに乱れた呼吸を繰り返す。
泣きたくなるくらいに美しい涙を、こんな世界にくれてやることは無い。
固形化する前に、濡れた手袋越しでそっと拭う。
――本来ならば、望ましくはない。
黒雨にせよ、Collarにせよ、汚れた状態で相手に触れれば色移りし、害を及ぼしてしまうから。
だが、彼女の相貌には染み一つできない。
僅かに黒い水滴が付いたが、彼女の肌を侵すことはなかった。
両の手に掛けられた力が徐々に弱まると、気が遠くなるような晴天の色がじっとこちらを見つめてくる。
シヨウがいれば先程の言葉も含め、彼女の思いを知ることが出来たのだろうか?
金色の髪が潮風に煽られて、サキの汚れた顔を撫で続ける。
暫く待ってみたが……二度と口を開かなかった。
話せる程余裕がないのか、言っても無駄だと諦めているのか、黙って視線を送る。
『海へ――』
多分、そうなのだろう。
だから今度は、銃ではなく自分の手で海に落とす――。
「ごめんなさい。
私達は、貴方達から奪ったものを……何一つ、返せない」
鱗が床で傷つかないよう、慎重に体を撃ち抜いた穴まで引きずる。
その際に意図を汲み取ったのか、彼女は白くてまろい両腕をサキに怖々と回して補助をした。
そう遠くない淵にまで辿り着くと、サキを見て再び泣きそうに瞳を潤ませる。
そして、また真珠となって零れ落ちる前に――サッと飛び出していった。
すぐさま身を乗り出し、行方を追う。
――月光を浴びて煌めくブロンドの長髪と尾鰭。
闇の底に駆けていくそれは……まるで一条の流星の如く、波打つ夜空に還っていくようだった。
「――せめて、せめてお家に……。
帰りなさい、どうか帰って――、迷子の、あなた……っ」
ずるずると床に崩れ、流れ星に願いを託すように……祈る。
それすら結局、何もかも奪われた彼女自身に、或いは奇跡とやらに縋ることを意味する。
どうか、ハッピーエンドとなりますように――
何もできない、どこまでも身勝手な人間の願いなど露知らず。
異界の魚は、尾鰭を激しく揺らしながら、小さな星となって落ちて、落ちて、落ち続けて――――。
最後の瞬きと共に、星は夜空へと去っていった……。




