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オーダーメイト 〜お払い箱のはみ出し女ハンター、拾った異世界人と最強バディを組む〜  作者: 湖陽 照
第1章 始まりの街 彩流市 編 ~兼食の猟犬と偏食だらけのハンドラー~

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#59 人魚の呪い

 底知れぬない怒りと呪い――。


 男の首筋に、美しい相貌からは想像できない鋭い歯が深々と突き刺さる。

 流し込まれているのは恨みか、はたまた呪詛か。

 


 老いたとはいえ生物的な本能は残っていたのか、急所を襲った激しい痛みに、反射的に振り解く。

 人魚から距離を取った彼の身体は、既に異変が起こり始めていた。





 全身の細胞が書き換えられていく――。


 顔に刻まれた深い皺(年輪)が――、中年の象徴たる疲弊のくすみが――、神の手によって作り直されていくように消え失せる。


 バチバチッと火花が散る音がまた耳を掠めると、それまで聴覚を強く刺激していた警告音がピタリと黙る。

 電力が復旧して、回路が一度リセットされたらしい。

 

 パッと灯った白い光が照らしたのは、見開かれた瞳――。

 濁った花崗岩(グラナイト)のグリーンが妖しく澄み切り、艶やかに彩度を取り戻していた。

 男は一瞬、眩しそうに切れ上がった瞳を閉じる。

 

 しかし――、それは刹那の幻だったのか?

 再び照明がプツンと切れ、警告ランプがチカチカと点滅を繰り返した。

 

 アラートは鳴らない。

 ビュービューと、風混じりの雨が機内に飛び込む度に沈む深い澱のような静寂の中で、瞼が上がる。

 先程と同じ……否――、赤光を吸い込んだ目の色は、破滅を孕んだ赤黒いジルコンだった。


 人ならざるものに変化する苦痛に耐えようと、四つん這いになって身体を丸める。

 足に違和感を覚えたのか、靴や靴下を乱暴に脱ぎ捨てた。

 荒い息を重ねる度に耳の先から何かが突き出し、歳相応に痩せた小さな背はみるみる肉が付く……。



 ――――美しく、おぞましい


  ――――神の恩寵か、悪魔の悪戯か


   ――――人類の新たな進化か、原初の大罪の末路か



 苦し気なうめき声は、既に途絶えている。

 ゆっくりと立ち上がったソ(・)レ(・)に、サキはいつの間に溜まっていた唾を飲み込む他なかった。



 人を殻を脱ぎ捨て狂い果てた姿に恐れるべきか――。

 あるいは……恐怖を克服した人の進化に畏れるべきか――。



 身体を黒く蝕むはずの黒雨が、開け放たれた扉から激しく身体を濡らした。

 沈色による汚れ(ステイン)は……見られない。


 変化の過程で首筋から流れていた血の川は乾き、ワジとなっていた。

 徐ろに濡れた手で青白い肌を撫でると、痛々しい噛み跡はなくなっている。





 彼は、超越者となった確信を得た。


 鈍色の爪。

 人の皮膚を突き破る大きな鰭が、禍々しく両腕を飾る。


 様変わりした己の手を、弱々しいながらも生き残っていた機内照明の白灯に翳した。

 一頻り観察し終えると――


「……これが、規定された絶望の否定形。

私の渇望は、ようやくこの肉体を以て――」


 ゾクッと怖気が走る程の微笑を浮かべる、凄艶な男性がいた。


 霜を置いていたはずの髪は、針葉樹を思わせる深い緑へと芽吹き直す。

 鬱陶しくなったのか、掻き上げてはっきりと露わになる瞳は愉悦に歪んでいた。


「見るがいい――この満ち溢れる生命力を。

脆弱な老いすらも脱ぎ捨てて、この世界を正しく支配する絶対的な神へと至った。


――その小さな牙で、今の私を嚙み千切れるか、子犬?」


 申し訳程度に首に掛かっていたネクタイを引き抜き、放った。

 

 ボタンが役目を放棄してはだけたシャツからは、引き締まった強靭な胸板と腹筋。

 手足の爪は鋭く尖り、耳の先は魚を思わせる鰭に置き換わっていた。

 背中にも同様の半透明の鰭が生え、赤い光を不気味に反射する。


 強靭で優美な人魚の因子が融合した佇まい。

 サキの身長を優に超した、黒く濡れそぼる身体は筋肉の輪郭を一層際立たせる。


「――何が神よ……棚ぼたのクセに。


カッコつけてるとこ申し訳ないけど、特撮映画のオーディションに来た怪人役にしか見えないわ。

あんたの独り芝居はここで終映よ」


 人間が異形の姿になる光景を目の当たりにし、いよいよ自信がなくなってきた。

 シヨウの言うように、自分達は案外ファンタジーワールドに生きているのかも。


 何にせよ、あのホラゲーのラスボス臭満載の魚人をどうにかしなければならない。

 引きつる顔を誤魔化す為、いつものように軽口を叩く。


「目先の道徳倫理の為に、必要な発展を拒み遅らせる。

無駄吠えだけは一人前だな、お前達は」


 構えた荷物を捨て、ホルスターに仕舞っておいた銃を抜く。


 機内に身を隠したとは言え、黒雨を被り続けてから時間が経ち過ぎていた。

 Collarによる中和も追いつかず、白い肌にはあちこち黒いステインが目立ち、体の動きも悪くなっている。

 思いもよらない第二形態に意表を突かれてしまったが、早々に決着をつけなければならない。



 ないが――、



「皮肉っていられるのも今のうちよ。

だけど……最終ラウンドの前に一つだけ聞いておくわ」


「……なんだ? 

可愛らしく命乞いでもしてみせるか?」


「まさか。

あんた、あれだけ大勢のよその世界人や生物を拉致って実験してたんだから、当然調べたのよね?

異世界への道……帰す方法を」


 社長は目を大きくした。

 風切り音とプロペラの音だけが、場を繋ぐ。





 暫くの沈黙が続いた後――、嵐のような笑い声がドッと上がった。


「――クククク……アハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!!!! 


帰す方法だとッ!!?? 

そんなくだらない答えを求めてここまで来たのかっ! 

どこまでおめでたい頭をしている!?」


「うるさいッ、いいから質問に答えなさいッ!!!!」


「ククク……。

教えを乞う態度ではないが……慈悲だ、教えてやろう。

――――そんなものはない。


実験に使ったモルモットを、わざわざ元の場所に返そうと考える研究者が何処にいる?

異界に興味がなかったとは言わないが、そこに行くための技術など目の前にあるサンプルを置いて研究する程の価値も、時間も、投資の必要性すらも感じない。


あの迷子の小娘に帰る場所など、端から存在しないのだよ! 

永遠に私に使い潰されるだけの、哀れな消耗品だ!」


 その直後、死角からの人魚の突撃が再び男を襲う。


 ――しかし、立場は逆転してしまっていた。


 鋭い口に噛ませた逞しい腕は、皺が寄った柔い肉のようにはいかなかった。


 発達した筋肉に加え、不気味に煌めく鱗がいくつも点在している。

 気づけば脚や胴の一部にも生えており、今も数を少しずつ増やしている。


 彼は圧倒的な力で、ガシガシと噛付く人魚を鬱陶しそうに払いのけた。


「――■■、■■■■ッ!!」


 決して小さくない彼女の身体は、割れたケースまで投げ捨てられる。

 割れた破片で切ったのか、血が流れた。 

 足を持たない美しい人魚は、打ち上げられた魚としてただ悲鳴をあげるしかない。


「その歳でレディの扱いも知らないって、あり得ないわよ」


 力なく倒れる魚を静かに眺めていた社長は、今度はサキに標的を定めて襲いかかる。


 黒弾で応戦するが異世界人の何かを取り込んだことにより、沈色攻撃(カラー・ホールド)による麻痺が一切効かなくなっていた。

 純粋な弾の威力も強靭な肉体には豆粒でしかない。

 肉弾戦や周囲の荷物などで迎え撃つが、人外めいた力を手に入れた社長には遠く及ばない。


 元々攻撃手段としては使えない自分の能力(スキル)は、さらに意味をなさなくなった。

 武器もColorも、もはや使い物にならない。




 黒く汚れた床――。

 雨が吹き晒す最前線で、サキと社長は凄まじい殴り合いへと突入。

 鋭い爪がサキの防護服を切り裂き、サキの軽やかな蹴りが社長の顔面に炸裂する。


 だが、若さと力を手にした社長と、度重なる戦闘と雨の沈色(ステイン)で疲労困憊のハンター。

 形勢は火を見るより明らか。

 両者の体力ゲージは、あっという間に入れ替わった。


「――ッ」


 社長はサキをねじ伏せ、顔を床に押し付ける。

 そしてお得意の正論を被った皮肉を、剥き出しの殺意と共に浴びせた。


「忘れたかッ!?

お前達が守っているつもりの『日常』は、私が異界から命や技術を喰らい、研究し開発することで維持されてきた血生臭い楽園だ!!

私の力が無ければ何も守ることが出来ない木偶人形が、被害者ヅラをして私を裁くなど、偽善の極みだと知るがいい!!」


 まさしく正論。

 自分たちの日常は、不条理な搾取と犠牲の上に成り立っている。


 地下施設で奪う側の特権を甘受している事実を突きつけられた時、サキは今まで当たり前に口にしてきた道徳倫理で反論することもできなかった。

 それどころか、身一つでよその世界で生きることを強要されたシヨウに、センジと共に情けなく縋ってしまった。



 ……だが、そのおかげで答えは得た。

 私の仕事は街の人々の安全と平和をスポイラーから守ること、クレーム対応は業務外。





 ――――私は、ハンターなのだから。






ご一読ありがとうございました。そろそろ1章の終着駅が見えてまいりました。


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