#58 共犯者たちの対立 ~奪った者と奪い続ける者~
ドアから、雨が吹き込む――。
レインコートはシヨウに指摘された通り、これまでの戦闘で無残な状態になっていた。
自身のCollarでステインを中和していたとはいえ、透明な生地は汚れて肌にも所々黒が浸食している。
水平飛行に戻ったヘリの中、爆発で右手が焼けて蹲る男を見下ろした。
そして片膝を付いた社長の眉間のど真ん中に銃口を突きつけ、互いに睨み合う。
「実験動物に肩持ちされ、庇われ――、ようやく此処に辿り着いたか……。
随分となつかれて、さぞ気分がいいだろう。
だが――、人擬きを憐れむ素振りを見せながら、結局は都合よくアレを使い潰す。
アレらを利用してこの世界に力を与えた私と、私の力を使ってスポイラーを狩るお前達とで一体何が違う?」
聞いてもいない自分語りと皮肉が目立っていた彼の言葉に、僅かな熱が燻ぶり始めていた。
サキは自嘲気味に口元を綻ばせる。
「ええ、全くもってその通りよ。
私達だってあんたと同じ、さんざん人様から横取りして生きてきた共犯者」
歳を刻んだ重々しい眼光に臆することなく、ぴしゃりと言い返す。
Collarを使い続けたせいで、彼女の瞳に散るホログラムは輝きを落としていた。
その代わりに、胸に沸き立つ様々な感情の焔は勢いを増す。
「だからこそ、私達をどうこう言う権利はあんたにはない。
それは、異世界から飛ばされたシヨウの特権。
何も言えない他の人達の代わりに、あいつにキッチリ正式にやってもらうわ。
もっとも……あいつは何も言わないと思うけどね。
なにせ――、私の『バディ』だし」
不敵に微笑んだ後、真顔に切り替えた。
「あの人達に何を期待されても、きっと応えてあげることなんて出来ない。
……だからこそ、せめて自分の相棒の期待くらいは、意地でも応えなきゃ格好つかないでしょ?」
意味のない懺悔も後悔も、既にシヨウに拒否されてるのだ。
ならせめて頼まれたことを完遂するのみ。
「私は期待されてる。
あいつに託されたの、あんたに特大のクレームを入れて来いってね――ッ!!」
サキは銃口を彼の額へと、グッと容赦なく押し付けた。
彼女の――彼女達のしたかったことを、代理で社長に叩きつける。
「で――、あんたはどうなのよ?
よその世界の人様をバケモノに変えて……あんたは一体、誰の何の期待に応えようとしてるわけ?」
「――――」
相棒の思いを背負ったハンターの問いかけに対し――社長は黙り込んでいた。
地下の実験場や屋上の時みたく、また人の言葉を無視して、自分の懐から取り出した皮肉を放るだけなのか?
ヘリは既に陸地を離れ、スライドドアからは真っ黒な海が大口を開けている。
「――そんな人間など……いない」
やっと唇から漏れ出たのはあまりにも小さく、何もかも削ぎ落とした音。
男は遠い記憶を無理に引きずり出され、瞼を閉じて奥に押し込める。
「笑わせるな……私は誰かの操り人形ではない。
ましてや、お前のように全てを肯定する都合のいい太鼓持ちも持ち合わせていない。
ただ私の期待に、私自身が死ぬまで応え続ける。
わが社を世界の頂点に――、それが……私に課した絶対のタスクだ!!」
花崗岩を思わせる重厚でくすんだ緑の瞳が、激昂と共に光った。
今までの合理的な立ち振る舞いとは打って変わり、獣のような形相となった男はサキに死に物狂いで掴みかかる。
「――ッ、この往生際の悪いッ!!」
二人は激しい暴風が吹き荒れる機内で転がりながら乱闘を繰り広げた。
焼けた右腕の痛みを無視して銃を奪おうとしてくる社長の皺くちゃの顔面や骨が僅か浮いた胴体に、サキは容赦のなく拳と蹴りを何発も叩き込む。
「これが拉致された人達の分――ッ!
これがっ、私の相棒の分よ――ッ!!」
「がはっ……、ッ……!」
一方で力任せに首を絞めて落としにかかり、もう一方ではその顔面を容赦なく銃の尻で殴りつける。
揉み合いはさらに激しさを増し、とうとう社長はサキの持つ銃にがっつり両手で掴んで奪おうとした。
無理矢理手を外そうとする男の左手の固い装飾品が食い込み、思わず眉をしかめる。
「よこせッ!! これが無ければまともにスポイラーも殺せないハンターが……ッ!!
私の武器で、何もかも殺してやる!!」
必死にサキは抵抗すると、引き金が意図せず引かれてしまう。
そして放たれた漆黒の弾は、様子を見るため後ろを振り返ったパイロットに運悪く当たってしまった。
「が――ッ!?」
威力を弱めていたとはいえ黒弾の直撃をもろに喰らった彼は、そのまま操縦桿を巻き込むようにしてフロントの計器盤へと勢いよく倒れ込む。
バチバチッと嫌な音がした次の瞬間、重装甲ヘリはコントロールを失った。
荒れ狂う夜の海のど真ん中で体勢を派手に崩す。
「嘘ッ!?」
ブーーッ!! ブーーッ!!
ギョッとする間もなく、不気味な警告ホーンがけたたましく鳴り響いた。
急激なGの影響か、或いは制御盤に身体を強く打ち付けたせいなのか、主電源が落ちて暗転。
闇に染まったにキャビンに、真っ赤な非常用の警告灯が不気味に明滅する。
「やば――っ」
サキは慌てて社長を突き飛ばすと、大きく揺れるを床を這いながらコックピットへとすがりつく。
前屈みになって倒れる操縦士の襟首を掴んで意識を確認するが、当然気絶していた。
「もう、どいてっ!」と悪態をついて押し退けながら、ヘリの姿勢を戻している間、尻餅をついた社長はヨロヨロと立ち上がる。
そして、後方にあった大きな荷物の一つに壁伝いで近付き、覆いを外した。
操縦桿を必死に操作しながら、嫌な予感がして振り返る。
「――? あんた、何を……っ!?」
視界の悪いこの状況でも、はっきりと分かった。
荷物の一つとして積まれていたのは、あの地下研究施設にいた人魚の女性。
水がたっぷりと入ったケースに揺蕩う髪は、きっと美しい金色なのだろう。
色素の薄いそれは、今は赤い光をそのまま反射していた。
「またパッチで操る気!?
止めなさい、このままだと揃って海の藻屑になるわよ!!」
「いや……海の藻屑になるのは、お前だけだ!」
社長はそう言うと、別の荷物に手を伸ばす。
取り出したのはシルバーのケース――、蓋を開けると空の注射器が入っていた。
目を血走らせた社長は水に浸かった人魚の腕から血を抜き取り、それを自分に刺そうとする。
「やらせないッ!!」
サキは咄嗟に操縦桿を振った。
突然の大きな揺れにバランスを崩してしまった彼は、注射器を床へと取り落としてしまう。
血の入ったシリンダーは、そのまま床を滑ってするりと水を求める魚の如く開いたドアから逃げていった。
忌々しそうに舌打ちをする。
ヘリをどうにか立て直して自動操縦にした後、サキは持ち前の瞬発力で猟犬の如く飛び掛かった。
だが、すべてを失った男の執念は彼女の予想を遥かに超えていた。
床にねじ伏せられ藻掻く社長は、首の電子パッチを激しく発光させて人魚に命令する。
「i)$)W#!! qh))hhhq2)iqj(i)$)w#!!!!」
ガシャァァァァンッッッ!!!
「■■■■ーーーーッ!!!!」
命令を受信した人魚がいきなり目を開けると、特製ケースのガラスを内側から粉砕する。
すると人魚は巨大な尾びれを力強くしならせ、サキを思いっきり叩き倒した。
「……っ!?
――この、ダメ元ッ!!」
操縦席前の壁に叩きつけられながらも、出力を上げ直した黒弾を撃ち込む。
しかし、いくら撃っても身体がいくらか仰け反るだけで、全く手ごたえを感じない。
やはり、彩色体がない異界の生物には、この世界における絶対のルールである『黒の縛り』など意味を成さないのか?
「やっぱり物理的に止めるしかないってわけね……ッ!!」
致し方なしと、乱暴な手段で打って出ることにしたサキは、近くにあった手ごろな荷物を持ち上げて構えた。
「無駄なことを――ッ!」
馬鹿にして笑う男見てサキは――、驚愕する。
そして、息つく間もなく果敢に噛付いてきた女が、ピタリと動きを止んだことに訝し気に眉をひそめる男。
牙を持つものは、犬の他にもいた――。




