#57 鮮血の境界線 ② ~託されたクレーム~
【#47 黒の魔女】【#55 境界を引く鮮血 ~同じ出身と異なる立場~】のシヨウが扱う万年筆型のランスの描写に一部修正を加えました。
槍のような先端と白い穂先の両刃槍のような改造武器の描写をお楽しみいただければ幸いです。
「シヨウ――ッ!」
シヨウは左手で右腕を押さえていた。
隙間から、生々しい赤が湧き出している。
そのまま腕を伝ってポタッ、ポタッ――と、黒い水溜りに落ちて広がった。
初めての銃創を経験した彼女は顔を歪める。
切り傷より激しく、火傷よりも熱い感覚に悲鳴すら上げる暇がなかった。
蹲ったところでどうしようもないと判断したシヨウは、槍を突いて立ち上がる。
敵対している相手の前で弱弱しい姿を晒すなんて、冗談ではない。
「……本当にやったのか。
わざわざ人をバケモノに仕立てるなんてッ!?」
感が良いなら分かるだろう? と、態度で示す。
「そこの女にまともなCollarがあれば、もう少し変わった芸風も見せられたんだがね」
「なんで……ちゃんと当たって――」
サキは珍しく切り替えが上手くいってなかった。
実力派の彼女はただの問題児ではない。
それなりの猛者達が集まる彩流支部でも、トップランクのハンターである。
多少のイレギュラーにも、猟犬さながらの本能的な直感と瞬発力で即座に対応。
だからこそ、並大抵のバディではついていけなかったのだが⋯⋯。
黒弾は確かに当たった――。
威力を下げていたとは言え、人であれば確実に動きを封じることが出来た一撃だった。
「この忘れんぼ。
――異世界人には、彩色体は無いんだって」
「あ……」
自分達と彼らの致命的な違い。
それを己の隣で証明し続けるバディがいるのにも拘わらず、忘れていた。
すっぽりと抜け落ちてしまっていた――。
「沈色はしない。
Collarも持ち合わせてないから、色彩のポテンシャルもなにもない。
黒雨を目一杯浴びても暴走しないどころか、寧ろ浴びた分だけバフがかかる。
……そりゃ平気で撃ち返しもしてくる」
「っ……慣れないことはするなってことね……。
こんな初歩的なミスでシヨウに……バディに、怪我を負わせた……」
一部例外はあるものの、基本的に組んだ人間に怪我を負わせたことはない。
正確に言えば、怪我をする前にスポイラーを倒してしまっていたが正しい。
誰かと隣り合わせで戦う経験は少なく、ソロで強引に突き進んできたツケをシヨウが払う羽目になった。
情けなさと罪悪感に、銃を握る手が震える……。
そんなサキの額をペシッと叩き、彼女はなんてことないように笑った。
「分かるよ、それで上手くいってたなら私だって普通に頭とか心臓を狙う。
事前に『それは飾りなんです』なんて言われても、実感ないよねー」
「普通に物騒! あんた本当に一般人!?」
バババババババババババババババッッッ!!!!
隅に四基の大型ローターを備えた専用ヘリが、凄まじい風切り音と共にとうとう着陸する。
その大きさは広い屋上を圧迫する程。
ドアが自動で開かれると、社長は悠然と乗り込んだ。
「あの野郎っ、待てッ!!」
シヨウは負傷した腕で槍を強引に構え直すと、刃の先端から弾を連射する。
それを阻まんと、護衛のエルフが黒い半透明の魔法障壁を展開した。
しかし、いくつかは壁を貫いて機体に命中する。
造りが甘かったのか――、あるいは黒雨によるバフが足りなかったのか――。
空いた穴の断面からは付着した白いインクが染み、障壁から色を奪っていくのが見える。
バンッバンッバンッ!!!
そして、着弾した高級感のある漆黒の機体はみるみるうちに変色し、皮を剝がされた肉のように赤錆が浮きだした。
さすがラボ特製の強力な漂白インクといったところなのか、ボロボロと塗装が滴り落ちていく。
「もうお帰りですか、ミスター?
パーティーはまだこれからでしょう?」
シヨウが雑な煽り文句を飛ばしたが、男はそんな挑発を意にも返さず鼻で笑って機内の奥へと引っ込んでしまった。
「なんて弄りがいのない奴……こっちが一人ではしゃいでるみたいじゃんか。
サキ、ムカつくけどあいつは任せた。
――あっちは、私がどうにかしておく」
「深夜テンションで馬鹿になってない?
一人で――、しかもその怪我で三人まとめて相手するなんて、プロでも嫌がるわ。
一般人でColorもないクセに無茶よ!」
碌に訓練を受けていない人間が、一体多数など無謀が過ぎる。
これまでの戦闘はセンジなり他のハンター達なり、疲労困憊とはいえ彼女の傍にいた。
最悪の場合は、誰かしらフォローに入ったはず。
だが、ここで自分が社長を追えば完全に彼女は孤立することとなり、フォローもできなくなる。
「いいから聞けっ。
サキだってもうボロボロじゃんか、この雨の中で立ち回るのは無理がある。
しかもその銃も、多分……Color能力とやらも所感を言うならあまり効果は無い
それに――」
『待て』と言う間もなく、シヨウは箒で飛び出した。
しかし、ヘリに殴り込もうとする彼女を三人の護衛達は黙って見逃しはしない。
さらに強固となった魔法障壁で進路を阻まれ、減速したところを畳み掛けるように銃撃、爪撃と続けて襲う。
元より無理して突破する気は無かったのか、危なげなくとんぼ返りしてきたシヨウの頭を引っ叩いた。
「せめて待てぐらい言わせなさいっ、この黒弾女!
危ないでしょ!?」
「とまぁ、飛んで運んでってあげたいところだけどダメだって。
足止めがいる。やるなら100%――、物理で相手取るしかない。
正気を失っているなら加減もできない」
雨を雑に拭い、刃をキラリと光らせる。
夜より黒いまろい瞳が真っすぐ問い掛けた。
「サキ……殺せるか――?」
「――っ」
殺せるか――? 何故?
相手は強制的に人権と理性を奪われ、バケモノに仕立て上げられた被害者なのに。
自分は不可抗力とはいえど、散々奪ってきた側の世界の住人。
だと言うのにどうして命までこの手で奪える? 引き金に掛かる指が強張る――。
「私がやった方が角が立たない。
出来るだけ頑張るけど、場合によっては――」
「なん……なんでそこまでやるのよ!?
あんただって、あの人達と同じサイドの人間じゃないッ!!」
涙は流さない。
代わりに黒い雨粒が頬を濡らす。
彼女は一般人だと、そう自分で口にしていた。
少なくともハンターのような戦闘職に就いていた訳ではないのは、彼女の動き方で明白。
よくやってはいるが、基本はロマ研の魔改造兵装便り。
機転と度胸――、そして物覚えの良さで目まぐるしく変化する現場にしがみついている。
否、それが出来ずに部署を変える職員がいることを考えれば才はあるのだろう。
しかし――、本来、自分達ハンターが守らなければならないような、か細い身体は血を流している。
その上で、何故彼女が泥を被らなければならないのか?
「同じじゃない。
私はPALLETに派遣された社員で、サキのバディだ」
……そうだった。こいつは被害者じゃない。
私のバディ――、私の四度目の正直――。
怒涛の展開が続いて、脳に染みていなかった。
「――はぁぁぁぁ…………。
私が溜息つく側になるなんてね……」
道理でバディが長続きしない訳だ。
私とタメを張れるような奴は異世界にいたのだから。
この世界のどこを探してもいる訳がない。
「それじゃあ、あの人達みたいに変身したり、それこそ魔法とか秘められし力とか期待しちゃっていいのね、異世界人さん?」
シヨウは何をおかしな事をと小馬鹿にするように返事をしながら、ポケットからなにやら取り出した。
「生憎私はノーマルな異世界出身だから、その手の隠し玉は槍で終い。
けど餞別ならある、ほら――」
そう言って投げ渡されたのは、プラスチック製のお菓子。
ロマ研のラボで黒歴史が詰まった証拠データを焼こうと手にしていたチープな小箱だった。
「これ、ラボで見たジョークグッズの……」
「威力はご存じの通り。
ヘリの中にまだ異世界産の護衛が残ってるかもしれないから、念のため。
ただし、もう何回も使っちゃったから、バッテリーはほとんど残ってない。
精々あと1、2回が限度だと思って欲しい」
「ありがと。確かに受けとったわ」
片手でキャッチしたガム型スタンガンをぎゅっと握りしめ、ハンター制服のポケットへ滑り込ませる。
「行けッ! そっちは絶対に生け捕りにしてよ!」
「そっちも任せたわよ、相棒!!」
元凶を前に些か時間を摂り過ぎてしまった。
ローターの爆音が渦巻く重装甲ヘリに向かって急いでダッシュする。
しかし、獣化して巨体となった護衛と氷の刃が、サキの行く手を阻もうと立ち塞がる。
ドドドドドドッッッ!!!!
思わず足が止まりかけた――、そんな彼女の迷いを吹き飛ばすように、背後から容赦ない純白の援護射撃が護衛らと大量の氷に襲い掛かった。
「お前らの相手は私だ!
――一回言ってみたかったんだ、これ。
サキッ!! あのすかし野郎に私の分までクレーム入れて置いて!!」
「言われなくたってッ!!!!」
その身体にステインは一切ない。
黒の代わりに赤で汚れた腕で箒星形態を強く固定し、敵と魔法を真正面から食い止める。
シヨウからの支援を受け、既に屋上の外へと浮き上がっていたヘリに向かって必死に足を回転させる。
バババババババババババババババッッッ!!!!
負傷したように赤く錆びつき変色した重装甲のマルチコプターが、黒雨を暴風で派手に吹き飛ばしながらゆっくりと上昇していく。
サキはコンクリートの淵を全力で蹴り上げると、今まさに大空へ飛び立たんとするそれのスキッドに手を伸ばし、何とか金属フレームを掴んだ。
それを見た護衛たちが、彼女を落とそうと一斉に攻撃を仕掛ける。
シヨウはすかさずインク弾をスレスレの弾道で猛射し、気を引いた。
硝煙と漂白剤の刺激臭が渦巻く中、からりとした気持ちのいい女の気配が消え失せる。
「何処までいっても、所詮は他人事。
貴方がたの事情も苦しみも、何もかも見て見ぬふりをする、とびっきりの人でなしがお相手します。
――精々恨んでください。
その方が、お互い楽でしょう?」
黒の眼差しは自嘲気味に、しかし笑うこともなく静かに吐き捨てた。
気持ちに寄り添うことが出来ない以上、言い訳をしない。
それしか、彼らに対する誠意の示し方が見つからなかったから。
いつか帰るその日まで、ここが自分の住む街だ。
だから彼らの味方にはなれない。
何を背にして、何に立ち向かうかは――もう決めた。
シヨウは白銀の光を穂から迸らせ、異世界軍隊に突撃する。
* * *
――――上空数百メートル
「ぐっ……ぁ」
激しい雨風が全身を叩き、凄まじいGが身体を千切ろうとする。
そんな中、サキはスキッドにぶら下がったまま、どうにか機体の中へよじ登ろうとしていた。
するとヘリが突然狂ったように激しく左右に傾き、大回りを始める。
天地が逆転するような強烈な遠心力。
濁流のような雨に視界を奪われながらも、身体全体でフレームに手足を絡めて必死に耐え続けた。
いい加減しびれを切らしたのか、スライドドアが開く。
出てきたのは、クロム社が開発したハンターの基本武装の一つであるハンドガンだった。
「私の技術に頼らなければまともに戦えん犬が、身の程を知れ」
社長は色の濁った眼光を光らせながら、皺の寄った指で引き金を引き絞ろうとした――
「――舐めんじゃないわよッッッ!!!!」
しがみついたまま、彼女はColorを爆発的に点火させた。
放ったのは攻撃ではない。
対象のCollarを限界まで跳ね上げる『位相同調』。
サキは咄嗟に、社長のColorを臨界点にまで強制的に引き上げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この世界では誰しもCollarを持つ。
しかし、皆がCollar能力を有している訳ではない。
能力者であるCloverの数は少なくないが、決して多いとも言えないのだ。
付け加えるとサキやセンジといった一部の人間が特別なだけで、カートリッジなしで高出力で且つ自在に運用できる者はさらに限られる。
だからこそ、スポイラーの核であるNibを利用して抽出した各々の専用カートリッジを用いて道具を使用することが、どこの業界でも常識となった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
社長はCloverではなかった。
ただパッチの技術で異世界人やスポイラーを操っていただけの、張り子の虎に過ぎない。
能力を一度も使用したことがない人間の器で、Colorエネルギーが著しくブーストされた結果――。
「何っ!? Colorが、制御でき――」
バガァァァァァァァァァンッッッッ!!!!
過剰なColorが彼の持つ銃のインクに雪崩れ込み、制御を失ったエネルギーが銃身の内部で大暴発を引き起こした。
黒弾に使用されている黒インクは、非Cloverが使用することが多い。
しかし、Collar兵装に比べれば威力は弱い為、Collarの伝導率が高くなるように精製して少しでも火力不足を補っているのが特徴だ。
実際、サキはその特性を利用して自分のCollarを込め、スポイラーの撃破と中和を同時に行い研究資源の提供に貢献している。
それ故の、凄まじい衝撃波と漆黒の爆煙。
「ガァ――ッッッ!?」
強烈な反動によって機体は大きくガクンと傾き、社長は悲鳴を上げながら床へ転がっていった。
限界までヘリが傾いたことで、開いたままのスライドドアがサキの真下へと向く形になる。
「ここッ――!!!!」
重力が失せた一瞬の隙を突き、開きっぱなしのドアからラストステージへと飛び込んだ。
ご一読ありがとうございました。そろそろ1章の終着駅が見えてまいりました。
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