#54 反撃開始 ② ~銀幕のスター~
「な、なんだ!?」
上映開始の合図が上がると同時に、公園の照度が心なしか低くなったような錯覚を覚えた。
しとしと不気味に振り続ける黒雨――その虚空に一枚の設計図が躍り出る。
そして灰色のCollarを発光させながら巨大なロールスクリーンと化し、くるくると下り広がった。
察しの良い者はデジャブを感じ、苦虫を嚙み潰してしまう。
支部の玄関口でお世話になった見覚えのある光景に一同、今度は何が飛び出してくるのかと身構えた。
そんな観客たちの興奮 【※してない】を他所に、大画面にザザッ――とノイズが走り、カウントダウンが……。
③――
②――
①――
0になった瞬間、スローテンポのBGMが流れ出した。
重々しい不協和音――、反復されるフレーズ――。
内臓を揺らされるような重低音が、謎の恐怖感を煽る。
映ったのは、レトロなモノクロ映画だった。
ズシン、ズシンッ、ズシンッッ! と、画面奥から徐々に迫り来る巨体。
――――ズウゥゥゥゥゥゥン……ッッ!!!
二次元の壁を突き破り、ゆっくりと立体化しながら現れたのは――、
『(一同呆然……)』
――純白の怪獣。
見上げる程の高さを誇る、ゴツゴツとした白い巨体。
背には刃を並べたような背鰭がずらりと並び、太く強靭な尻尾が地を叩くたびにクモの巣状に割れる。
彼のCollarであるアッシュグレーが重量感のある陰影を作り出し、クラシックな映画怪獣がそのまま目の前にいた。
「――さすが異世界。
怪獣とかいるんだ……」
黒と極彩色のスポイラーの群れを容赦なく圧殺する様を見て、異世界出身の女が、静かに感嘆する。
この世界の知識と常識を持ちえない故に、あらゆる非常識を素直に受け入れるその姿はまるで穢れを知らない夢見る子供。
本来ならいつか自然と目覚めるまで、夢を見させてやるのが大人の務めだ。
しかし、彼女の自己申告によると成人しているという。
今ここで、そのあまりに無垢な誤解を全力で否定する、しなければならない。
でなければ、自分達が住まう現実世界が彼女の頭の中で一気にファンタジー化してしまう。
一同は慌てて怒濤の訂正を入れまくる。
「ンな訳ないでしょッッ!!」
「シヨウ、勘違いしないください!
この世界にも怪獣なんて生物は存在しませんっ、あれはただのヲタクの勝手な性癖です!!」
「そうです、騙されちゃダメです!!
異世界だからって、僕たちファンタジーに生きてる訳じゃないですからねッッ!!」
「俺達だって、いつもはもっと地味でめんどくさい現実に縛られながら生きてんだよォォォッッッ!!」
全力で「これは異常な特例だ」と説得する中、レインコートをバサバサとはためかせた監督がドローンを侍らせ、堂々と仁王立ちしていた。
* * *
「本気にしてはいけない、シヨウ氏!!
PALETTEの中でもあのオッサンだけが作画崩壊してるだけでござるッッッ!!!!」
管制室では、モニターに映し出された監督の姿を見て混乱していた。
「監督、いつの間に前線まで行かれたのですか!?」
「白インクの備蓄がどこにあるか、王に聞いて出て行った」
『言えよッッ!!!!』
マイペースすぎるキングロードに、大人達が報連相を叩き込む。
* * *
監督は情熱を語り散らし始めた。
「良いじゃねぇかッ!
降りしきる黒雨――、大量の敵――、そして街のド真ん中で暴れる大怪獣!
往年のクラシック怪獣映画さながらのシチュエーション!
たまんねぇ……燃えてきやがった!」
透明なレインコートを羽織り、濡れるのも構わず壮大な光景に目を輝かせる。
フードはとうに脱げていた。
アッシュグレーの濡髪がラフに散り、不精髭を蓄えた口元には不敵な笑み。
白衣をテーラードスーツ風に大胆に仕立てた特注のラボ・ラペルジャケットの隙間からは、同じく白のオッドベストが覗いている。
黒シャツのボタンはいくつか外されており、首元を窮屈に締めるタイは緩められていた。
前線という死地にあってなお、全てを演出として利用せんと、灰銀の双眸が熱に狂う。
「監督!
シヨウが変な勘違いを起こす前にさっさと説明しなさい!!」
「シヨウが異世界人の代表として、堂々と俺達の技術と知識を認めたんだ。
なら、それを作った当事者が、ウジウジするなんざみっともねぇだろう!!
俺のCollarが白インクに消されないギリギリを攻めたからな。
染色率に関係なく潰してやる!
今夜はいっとう派手にいくぜ――!!」
喋っている間にも怪獣の猛攻は続き、スポイラーの数が目減りしていった。
すると、あれほど煩わしかったジャミングが弱まり、支部のモニターにグリーンの正常シグナルが次々に点灯する。
『ノイズが弱まりました!!
外部サーバー、および本部との連絡が取れます!!』
『彩流市全域の通信網、強制復旧!!
本部へクロム社の不正データと証拠一式送信、応援要請、完了しました!!』
ジャミングの呪縛が解け、ネットワークが瞬く間に息を吹き返した。
同時に、至る所の防犯カメラと同期させていた索敵システムが、真っ赤な座標点を地図上に示す。
『キタコレッ!! 黒幕がポップしましたぞ!!」
『よし、お前らッ!!
クソ社長のケツの位置をテメぇらの端末に送ってやったぞ!!
さっさと蹴り飛ばしてこい!!」
送られてきた社長の現在地。
それは、市内にあるクロム社本社だった。
得物の居場所を捉えた。
しかし、サキの顔は引きつったまま。
というのも――、監督の具現化能力で生み出された特撮の造形物は、長続きしない。
その上、衝撃に弱いときた。
しかも、雨に打たれてもなお白い体躯を曇らせない所を見るに、あの怪獣の実態は漂白剤の白インクだろう。
弾け飛んだら一体どうなるか――っ。
「あれを今すぐ引っ込めなさいっ、保たないわよ!?」
そんな彼女の焦りを遮るように監督や皆が「早く行け!」と背中をせっついた。
「ここは俺達が請け負う、フィルムが残ってるうちにさっさと行け!!
半端な結末なんぞ撮ってきやがったら、覚悟を決めろ!!」
「終わった後の片付けなら、俺達が脅してでも監督にやらせておく!!
だから早く、あの会社にクレームを入れてこいッッ!!」
「サキッ、私この続き見てていい!?」
「良いわけないでしょッ!! クレーム入れに来た本人が行かなくてどうすんのよッ!?」とサキは、後ろ髪を引かれるシヨウを引きずって、いざ強襲に行こうと地を蹴った――まさにその時だった。
ガクッ、と男の身体が大きく崩れ落ちる。
「センジ――!?」
満身創痍で前線を維持し、白カートリッジによる手榴弾戦法の指揮を続けていたセンジ。
度重なる戦闘の負傷と自傷行為により、立ち上がる力は残されていなかった。
「――すみません……。
どうやら、私は……ここまでのようです……」
翳みきったイェローが瞳の中で弱弱しく瞬き、膝をつく。
彼のブレードからは完全に光刃が消え失せ、呼吸をすることすらままならない状態だった。
「 ――センジ、あんたはここで大人しく映画鑑賞でもしてなさい」
「展開が気になるから見といてッ!
あとさ、疲れたからやっぱり作るのは無しにして、デリバリーにしよう。
その時に、こっちの世界の料理を教えて欲しい。
食べれば何となく作れるから、気に入った奴は丼で食べよう」
「それはいい。
……なら、彩流市名物の階調のテリーヌに、王道の三原色パスタ。
あと――、隠れ名物の結晶糖のステンドグラス・パイも外せませんね」
「え……なにそれ。
ちゃんと食べられ――、ああいや……オーケー分かった。
それもまとめて全部頼もう」
「まあ、見た目は派手ですが、味は保証します。
……君の常識をひっくり返す料理を色々教えるよ」
心配げに身体を支えるシヨウの背をポンッ、と押す。
今度はもう止めはしない。
彼女は無関係な被害者ではなく、自分達と同じ彩流支部の人間なのだから。
「 シヨウ、ホウキを引っ込めなさい!!
車、飛ばすわよ!!」
「了解!」
シヨウが槍と箒の同時展開型――箒星形態から万年筆に縮めると、二人は同時に車に飛び乗った。
しかし、運転席のサキがエンジンを咆哮させた瞬間、助手席の彼女の顔が急に強張る。
「――ちょっと待った。
勢いで助手席に乗ったけど、まともに運転できるの?
パリピのペーパードライブで事故られて死ぬなんて嫌だよ、私ッ!」
「誰がパリピでかっこつけのギャル男よ!
あれは自動修復機能の限界値をテストしてあげてただけよ、ただの点検!」
「その言い訳で今、一気に不安になったッ!!
やっぱり私が運転する!!」
「いいからしっかり掴まっておきなさい、舌噛むわよッッ!!」
拒否権を行使する暇も与えず、素早くギアを叩き込んで弾丸の如く急発進させた。
「グ――ッ、いざとなったらAIにやらせてやる……っ!」とシヨウが助手席のグリップを必死に掴む中、サキはモニターに表示された社長の現在地データを見て腹立たし気に悪態をつく。
「座標は本社の屋上――。
あいつ、ヘリでも呼んで国外に高飛びする気よ」
「モグラの次は鳥にでもなる気かッ!?」
「ハッ、本当にね!!
悪党にバカンスなんて似合わないわ、フライトプランは変更よ。
南の島から監獄体験ツアーに放り込んでやる!」
新しく結成されたPALLETハンター『サキ』と異世界出身の派遣社員『シヨウ』の最強バディ。
大暴れする怪獣を背に、本社ビルへと向かって一直線に突き進んでいった。
ご一読ありがとうございました。そろそろ1章の終着駅が見えてまいりました。
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