#53 反撃開始 ① ~兼食の猟犬と偏食だらけのハンドラー~
前線のノリに絶望的に乗り遅れて癇癪を起すサキ。
そんな彼女に、満身創痍の状態でありながらもセンジが「いいから聞きなさいサキ!」と、これまでの経緯を一つ一つ丁寧に簡潔に色々説明する。
漂白剤の白インクのカートリッジ持って現れたこと。
シヨウが自ら、無関係の異世界人という立場をぶち壊したこと。
そして、キングロードの手によって戸籍を得た上で、彼が作った派遣会社の社員としてサキが左遷された特殊事案初動室の管理人とサキのバディを兼任することになったこと。
「彼女はもう、何の関わりもない異世界人ではありません。
自分の意思でこの街の日常を守ると決めた――彩流支部のPALLETの職員です」
センジは疲労と出血で血の気が失せた白い顔を赤く染め、優しい笑みを浮かべながらサキに祝福を寿いだ。
「おめでとうございます、サキ。
シヨウは君の――いえ、私達の正真正銘のバディですよ」
「私のバディ、こいつが……。
――ん? ちょっと待って、私達……って、シヨウのバディは私でしょ!?」
「サキのバディの呪いを折半する約束をしました。
新人にいきなりやらせる仕事としては、荷が重すぎます。
ですから私は、君のバディのバディということですよ」
揶揄うようにクスリと楽しげに笑ってみせると、シヨウは真面目な顔で彼女に挨拶する。
「そういうことに相成りました、サキ先輩」
「え……っ、せ、先輩!?」
いきなり『先輩』とプロ仕様の敬語で呼ばれ、サキの肩がギョッと跳ね上がった。
黒い雫が滴り落ちる程、シヨウの服は黒く濡れている。
一見すると、今もなおドームに縋りつくスポイラーと変わりのない姿。
唯一違う点を挙げるとするならば、彼女の黒い瞳に宿る人らしい勝手極まる欲の光。
そこにはサキに対して、許しの願いも含まれていた。
「いつか元の世界に帰るその日まで、私はここを自分の街として生きていきます。
……先程は自分には関係がないなどと、一度は無視を決め込んでおきながら勝手だと重々承知していますが――。
いつかの時まで、一緒に働かせてください」
右も左も分からず今までの常識と引き離され、これからの何もかもを奪われかけた他所の世界の一般人。
まともな武器もCollarすら持ち合わせていない弱者。
傍観者としてこの世界の罪を笑う権利があるというのに、その全ての不条理を呑み込み一時的にとは言え、この彩流市を守る責任と義務を負うと決めた。
呪われた特等席だの助手席だのと揶揄され、誰もが匙を投げた自分の隣。
最悪保健所から犬でも拾ってこようかなどと探し回った相棒が、まさか異世界から派遣されるとは思わなかった。
相棒が出来た――、それだけで良い。
生真面目さではセンジといい勝負をする目の前の女は、風見鶏のような言動が不誠実とでも思っているのだろうが、自分達の事を振り回したことなど寧ろスパイスにしかならない。
「――ハァァァァ……。
……まずセンジ、何が呪いよ。
自虐なら兎も角、ひとに言われるのはシンプルに腹が立つ。
勝手にもろもろ折半してんじゃないわよ。
それとシヨウ、もう一回言うけどその敬語、今すぐやめなさい」
サキはインカーマンのカートリッジの残量を確かめ、リロードした。
慣れた手つきでさっさと終わらせると、獰猛な猟犬の如く口角を上げる。
「何が先輩よ、他人行儀ね。
敬語とか敬称よりもガッツとスタミナの方を気にしなさい。
――私の隣のシートは揺れるわよ?」
「……一般職上がりだ、少しは加減してもらわないと」
シヨウはやれやれと首を振って苦笑いしながら、「了解」と頷いた。
「ハッ、最高だわ!!
呪われた特等席に、とんでもない奴が勝手に乗り込んでくれたものね!!
――行くわよシヨウ、センジ!!
手始めに、ジャミングの根っこを潰すッ!!」
叫ぶと同時に、Color能力を極限まで圧縮した特殊弾を生成する。
「『幽鬼捕捉』――ッッ!!!!」
引き金を引き絞ると、特大の黒弾がレーザーのように天高く飛んでいく。
そのまま虹色に照らされたドームの天井を突き抜け、最高高度の頂点に達した瞬間――バァァァッッン!! と弾け飛んだ。
降り注ぐは、煌めくホログラム。
七色のライトによって一層輝きを増したCollarが、紙吹雪の如くスポイラーに舞い散る。
影のように蠢くバケモノ達の正確な種類が――、輪郭が――、鮮明に視覚化されるようになった。
しかし……その一撃によってドームに雨漏りができてしまう。
「サキッ! せっかくのバリアを壊すとか、バカなの!?」
「戦い方も私生活もいつも勢い任せなんだから……!
だからいつまで経っても彼氏の一人もできないのよ!!」
せっかくの逆転劇も台無しなガサツ極まる被害に、悲鳴が上がった。
「それ今、関係あるっ!?
っていうか、とっくにヒビ入ってたじゃない!!
いいから、機械種のスポイラーを集中的に狙って!!
そいつらを潰していけばジャミングが切れ――」
バンッ――
言いきる直前――白い弾丸が、一体の機械種を撃ち貫く。
「――分かった」
呆気にとられて弾道を辿ると、シヨウが槍の先端をドームの外に向けていた。
万年筆のニブのような形状の刃先から、射出されたのか? あまりに素早いアクションにシーンと静まり返った。
そんな観衆を放って彼女は、ドームの内から颯爽と飛び出し先陣を切る。
間合い全開に振り切ったペン先が、黒も他色も関係なく切り裂いた。
白い斬撃、白い弾痕。
系統の異なる悲鳴が次々とあがる。
――真っ白になって消えていく。
驚く間もなく、彼女は石突から純白の穂を展開した。
跨ることすら億劫と言わんばかりに柄に掴まって低空を滑走しながら切りつけ――、或いは上空に跳ね上がって穂を豪快に振り下ろしては、白い大波を生み出していく。
その姿は現代の市街戦に現れた魔法使いそのものであり、まるでアニメのバトルシーンでも観ているかのよう。
「うおぉぉっ、すげえッ!! マジでアニメじゃんか!!
っていうか ――、あのペン型の武器は一体何なんだよ!?」
「何が『一般職だから手加減しろ』よ、思いっきり暴れ倒してるじゃないッ!!
クラッシャーの異名に愛着がある訳じゃないけど、おニューの相棒にお株を奪わせはしないわよッ!!」
そう言いながら、銃口から火を噴かせた。
* * *
「変身がないのは残念だが、新兵器の稼働シーンも心擽られるな。
おい、あれはもしかしなくとも……」
腕を組んだキングロードが、厳かにその正体を告げる。
「ああ、あれは彼女の十八番。
実写映画化もされたアニメ、『魔なびの社会人』に登場する空飛ぶ箒のレプリカと、ハンター兵装のランスを掛け合わせた魔改造作品だ」
現役のハンターほどスタミナもスピードもない彼女は、それを補うために武器と移動手段の両方を兼ね備えた装備を欲しがった。
「さらに付け加えておくとあのシールドは、かねてより俺が製作していた結界玉に黒雨の撥水加工技術を転用したものだ。
強度を上げると出入りが困難になるという欠点があったが、限界まで雨を吸収したスポイラーならば、それはもはや雨そのものなのでは? という彼女の助言を献上されてな。
黒雨だけを除外の対象とすることで人が出入りできるゆるみを確保した」
「よくやったキングロード!!
結界もいいがあの作品の第三クール、ライバル会社に所属する闇落ちした親友との空中戦で主人公が駆った伝説の箒【超特急バレットブルーム】!
万年筆からの箒への換装と戦闘シーンは、当時のアニメ界のCG技術の一気に押し上げた至高の映像美だった!!
原作のあの重厚でリアルなゴシックの中に、ファンタジー要素を違和感なく溶け込ませた名作中の名作!!
まさか、あの空中殺法を拝める日が来ようとはな……ッ!!」
監督が溢れんばかりの映画オタクの情熱でその実写映画について凄まじい熱量で語り出す。
「監督、キネマ談義は後にしてくだされ!!
しかしキングロード氏、あのおもちゃの箒の市販のバッテリー出力では滑空がせいぜい……そもそも戦闘の負荷に耐えられないのでは!?」
「ああ。
故に、バッテリーをこのラボの超高出力の軍用コアへと強硬換装させてもらった。
これで彼女は黒衣のリー魔ン――失礼、黒衣の魔女へと覚醒したということだ」
現場ではシヨウが外で暴れ、残りは安全な撥水ドームの内側からの迎撃の陣形を敷いた。
白のカートリッジによる手榴弾とサキのCollar付き黒弾が外で立ち回るシヨウを援護し、前線は驚異的な速度でスポイラーの包囲網を駆逐していく。
メインモニターに映る中央公園の凄まじい大反撃を見ながら、タッカーが次の指示を出す。
「おい音響バカ!!
ジャミングスポイラーが減ってきたな!?
外の連中と通信ができないか、片っ端から掛け続けろ!!」
「ノイズがヘタってきた!
通信ラインの修復パスを叩き込みますぞッッ!!!!」
「索敵全システムフル稼働。
街の防犯ログと同期、このドサクサに紛れて逃げ出しようとしている元凶を全力で探すんだ!
現場の筋肉族に負けるなよ、お前ら!」
支援部の職員も気合を入れ直して通信の完全回復に努めた。
同時進行で、血眼になって社長の居場所も探す。
異世界から奪って得たこの世界の日常、そして街ごと人質に取ったクロム社の覇権掌握計画。
酷い話だと思いながらも決して捨てることができない自分達の今を、あの異世界人は他人事だと見て見ぬふりをすることで、何も言わない選択を選んだ。
それどころか、強引な手段で派遣職員という身分を手に入れ、当事者として介入してきた。
ならば、同じ職員として新人の正当なクレームの手助けの一つでもしてやるのが先輩の意地というものだと、気合を入れ直す。
* * *
その頃シヨウは、重力をあざ笑うような立体機動で白線を引きながら舞っていた。
細胞を硬化させる黒雨の中をものともせず飛び回り、ドームを攻撃するスポイラーをぐるぐる周回しながら散らしていく。
それらしいジャミングスポイラーはサイズが様々で、小型なら対処しやすいが大物となると流石に漂白インクでも、サキの特殊黒インクでも一撃で屠るには至らない。
だというのに、この緊迫した決戦の最中、まるで自宅に届いた大量の出前料理をどっちが受け取るかで押し付け合う大騒ぎへと変貌していた。
「――サキ! 大物、そっちにいった!」
「ナイス、シヨウ!
――でも悪いわね、私、雨に濡れたくないの!
こっちの玄関口まで押し込みなさい!!」
「まったく注文の多い。 ――ほら、置き配は不可だ!!」
サキはドームの安全な内側に引きこもったまま、銃で攻撃を仕掛ける。
シヨウが流麗な空中制動で万年筆の槍を鋭く一閃。
スポイラーたち突き上げ、さらにドームの表面へと蹴り飛ばす。
「はい、いらっしゃい!! ――チップ代わりにぶち込んであげるッッ!!」
結界の膜に叩きつけられた機械仕掛けの頭に向けて、内側から銃身を流れるようモーションで突き出し、容赦ない零距離射撃の衝撃を叩き込む。
「きりがないな……。
私一人じゃ相手しきれない、よろしく!」
「あんたが刺激しすぎて追加オーダーと勘違いされたんでしょ!!
センジ、シヨウが受け取りし損ねたやつ、そっちのテーブルで処理しなさい!!」
「この身体に鞭を打ちますか……。
片付けるぞッ! カートリッジは出来るだけドームの外で爆発させるんだッ!」
「いただき!」「あ、これいらん」と敵をトスし、サキはサキで「好き嫌いしない!」「スポイラーまで偏食なの!?」とドーム内を駆けながらスタイリッシュな銃撃カウンターで撃ち倒していく。
さらにこぼれた敵をセンジが素のブレードで対処しながら、カートリッジの爆撃でドーム外のスポイラーを他のハンターたちと共に牽制、迎撃。
誰が見ても分かる大ピンチが、驚異的なスピードで捌かれていく。
だが――いくら二人がそんな曲芸的なコンビネーションで片っ端から仕留めていこうとも、手榴弾の各個撃破やカウンターだけでは、群れの全体を消し去るための決定打に欠けていた。
「クソッ、即席のバディにしては悪くないが、数が多すぎてキリがねえ!!
どれだけ捌いても、次から次へと追加注文が湧いてきやがるぞ!!」
「ですが、なけなしのCollarを使ってこれ以上混色暴発らせる訳にもいかない……!!」
瞳を険しく細め、センジがブレードを構え直す。
内外で暴れるシヨウとサキの立ち回りによってどうにか前線は維持できているものの、このままではジリ貧の消耗戦、諸悪の根源を追いかけるのは無理だということは火を見るより明らか。
戦場を完全にひっくり返すための必殺の一撃が、今まさに決定的に不足している。
誰もが次なる攻めあぐねに歯噛みした――その時だった。
「――アクションッッ!!!!」
次回は6/26の12:10に投稿します。




