#52 派遣された新たなるバディ
「――というのが建前で……」
『建前ェェェッッッ!!!!???? (でござるか!?)』
マグマが湧き立つような反撃のボルテージが最高潮に達していたというのに、盛大に水を差されて一斉にずっこけた。
「おい!!
こんな長々とシリアスとギャグを交互にかまして俺達全員タジタジにさせた挙句、それ全部ひっくるめて建前ってどういうことだよ!?」
「ここまでは、私情という名の前振りです。
で、ここからは……義務の話になります」
「義務、ですか……?」
戸惑いを隠せないセンジは眉をしかめる。
彼女はポケットから何やら掴み出し、目の前に掲げた。
紐の先にプラプラと踊るそれを見て、「……あっ」と誰かが声を漏らす。
「本日付をもちまして、PALLET彩流支部【特殊事案初動室】の管理及びハンター『サキ』のバディを兼任することとなりました、派遣のシヨウと申します。
特技は料理と丈夫な身体、雨に濡れても風邪一つ引きません」
先程までの乱雑な口調から一転、丁寧な敬語で凛と挨拶を始めた。
「――皆さん、どうぞよろしくお願いします」
綺麗な一礼で締める。
突きつけられた許可証には、見慣れた紋章が刻まれていた。
その場の全員が黒雨で固まり傷ついた身体なのも忘れ、その――『PALLET彩流支部の入館許可証』に我先にと詰め寄る。
「お、おいちょっと待て!!
異世界人のお前が何で支部に出入りする為の許可証なんか持ってんだよッ!?」
「あのじゃじゃ馬が、また警備部の前線に戻ってくるのか!?」
サキは今までに度重なるやらかしで何人ものバディをダメにしており、直近のウキョウの件が決定打となって、今はもう誰もいない実質的な隔離部屋――『特殊事案初動室』へと左遷処分を喰らっていた。
前線に戻りたくば、新しいバディを連れて来い。
それがタッカーから突きつけられた、絶対に不可能なはずの復帰条件だった……ハズ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「嘘だろォォォッッッ!!??
新たな被害者が、今度は異世界から生贄が捧げられちまったァァァッッッ!!!!」
サキの被害者の一人であるウキョウが、頭を抱えて悲鳴を上げる。
人の心配が出来る所を見ると、悪いやつではない。
「おいキングロード! お前、まさか……」
「作った」
拡大された画面を凝視した後、監督に答えろと促されたキングロードは周囲の騒然の叫びを排し、端的に言い切った。
「つく、作ったァァァッッッ!!??
いくらなんでも無国籍に許可証を勝手に発行するは、流石にマズいでござるよ!!
支部の管轄とはいえ万が一、中央の監査にバレたら面倒なことに……」
SEがブツブツ言いながらキーボードを激しく叩き、クオリティをチェックする。
おもちゃ感覚で人に渡していい代物ではない以上、やるなら最低限のレベルの質が求められる。
ここで取り上げるという選択を取らない辺り、ロマ研たる所以なのかもしれない。
品定めをする目に一切の妥協はなく、たとえ身内であろうとも駄作なら徹底的にケチをつける気でいた。
だが、剣呑に光っていたビビットグリーンの瞳は、次第に驚愕の色に染まる。
「……え、マジ? あり得んでござる――っ。
偽造じゃない、シヨウ氏の戸籍データ正式に存在してまずぞッッ!!??」
「何ッ!?
まさかテメェ、ハッキングして改竄しやがったのか!?」
「失礼なことを言うな、タッカー。
改竄などではない……正式だ」
「俺らの前から姿を消して、ラボに籠もっていたあの僅かな時間で戸籍データを発行できるわけがねぇだろ!!
一体どんな裏技を使いやがった!?」
詰め寄る監督達を前にしてキングロードは腕を組んだまま静かに、しかし超然とした笑みを唇に浮かべた。
「……フッ。俺は、Color能力を使うことができない。
――だが、魔法なら使える」
「ダウト。
この緊急事態に、何を訳の分からないファンタジー設定をほざいているのですか?
要するに貴方の持つ特権を乱用し、シヨウ様の正式な戸籍を強引に発行させただけでしょう。
悪いものでも食べたのではないかと心配しましたが――、やはりいつもの中二病でしたか」
「結局ただの魔法かよォォォッッッ!!」
堂々たるハッタリに対し、何かを知っているらしいソムリエが本気で冷ややかな目を向けた。
さらにSEがモニターに表示されたデータ内容を凝視し、椅子から転げ落ちる。
「ちょっ、このシヨウ氏の所属先、戸籍だけじゃない!!
聞いたことも無い所の派遣社員になってる、何事コレッ!?」
「ああ、PALLETの統合データベースの監査をスルーしてこの支部の入館許可を合法的に通す為、今しがたペーパーカンパニーを新設した。
派遣先に合ったスタッフを派遣するという意味で『オーダーメイト・スタッフィング合同会社』だ。
彼女にはそこの社員として、本日付けで彩流支部へ出向してもらう」
『会社までその場で作ってんじゃねえッッッ!!』
あまりにも規模のでか過ぎる暴走に、誰もが頭を抱えて一斉に叫ぶ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――なるほど。派遣による外部協力者ですか……」
「私の立場を考えると、公的な記録は少ないに越したことは無い。
とはいえ、生活するために最低限の身分と仕事がいる。
だから『元の世界に帰る為の情報集めの一環として、なんとか雇ってくれませんか?』ってダメもとで頼んでみたんだけど……まさか戸籍と会社を0から作るとは思わなかった……」
「外見からして比較的真面そうで思慮深いところがありますが、その分やるときは派手にやる男だ。
とはいえ――、そんなことを軽々とやってのけるとは……彼の素性は白夜並みに見えません……」
ズタボロのセンジは疲労とは別の溜息を吐いた。
一方、物騒な現場で叩きあげられたハンター達は、突如参戦した異世界出身の派遣社員をすんなり受け入れる……はずも無く、この激流の川下りのような展開についていけずにいる。
「おい嘘だろ!!
あのクラッシャーに四人目のバディができたのか!?」
「バディまでいかなかった人達も考えると、その屍の数は……」
「戸籍とか会社ってこんな簡単に作れるの……?
あれっ、俺達って中世のファンタジーワールドで暮らしてた?」
「落ち着け、あの子にとっては異世界なだけで俺達にとっては普通……いや普通……か?」
「というわけで、私はもう無関係の異世界人じゃない。
派遣とはいえPALLET職員の私には、彩流市を守るために戦う義務がある。
話を飲み込もうとする様子を眺める暇は無いと言わんばかりに、彼らを放置するシヨウ。
許可証を内ポケットへとさっさと仕舞い込むと、申し訳なさげな顔をした。
「付き合うだの関係ないだの――、好き勝手言ってごめん。
勝手ついでにさらに我儘を言わせてもらうと、いつか元の世界に帰るその日まで彩流市を私の街にさせてください」
「……!」
傍観者であると決めたはずの彼女が、海岸の時のように深々と頭を下げた。
無関係から当事者に。
――勝手だ。
人を慮る言葉を投げつけて激励したかと思えば、他人事だと無視を決め込み、更には派遣社員となりPALLET職員としてスポイラーがひしめく現場に空を飛んでやってきた。
サキとは別ベクトルで無茶苦茶な女。
彼は呆気にとられたが、傷だらけのブレードを握り直してクスリと笑う。
「全く、サキとはまた違ったとんでもない後輩ができましたね……。
――こちらこそよろしくお願いします、シヨウ」
彼女は頭を上げ、「――はい」と安堵したかのようにそっと微笑んだ。
すると、ふんわりとした表情がキュッと引き締まる。
真顔になり、この場のやり取りを聞いているだろうあの人に向かって声を張り上げた。
「ということですので、ボス!! ――ご命令を!!」
* * *
「……ククク、ハハハハハッッッ!!!!」
見くびっていた。
小さな被害者だと、迫りくる脅威と捕まえなければならない元凶を前に脇へ追いやっていた異世界人の生き残りが、こうもいろいろぶち壊してくるとは。
Collarも無いクセによくやる。
「 ――おい支援部!!
今すぐ中央公園の屋外スピーカーに大音量で繋げッッ!!!!」
「了解。支部のマイクとラインを直結」
ブチッ、と墨災警報が鳴り響いていた街頭スピーカーの音が突然切り替わり、タッカーの地響きのような声が公園の夜空に響き渡った。
「派遣社員シヨウ!! てめえの入社祝いだ!!
――いいか、法律もコンプライアンスも全部忘れろ!!
そこに群がってるゴミどもをさっさと片付けて、ウチを虚仮にしたあのクソ社長にたっぷりとクレームを叩きつけてやれッッッ!!!!」
『――了解』
シヨウは不敵に口元を綻ばせると、短く答えた。
それと同時に、この胸熱な展開に「うおおおおッ!!」「いけぇぇぇ!!」と一斉に立ち上がり、一斉に大盛り上がりで歓声を爆発させる。
「神回じゃねぇか!
異世界からやってきた謎の女、物語をひっくり返す追加戦士枠が正式に合流したぞッ!
ありきたりな展開だが、何も考えずにただ盛り上がるにはこれが一番たまんねぇ!!
休日の目覚ましアニメなら、ここでお披露目変身バンクって流れだ、変身しろッ!!
際どいところは編集してやる!!」
「拙者、感動のあまりキーボードが涙でショートしそうでござる!!」
「……お見事です、シヨウ様。
異なる世界の現代社会でこうも鮮やかに立ち回るとは。
しかし、目立つ行為は避けていたはず貴方にしては随分と大盤振る舞いをしましたね。
どういう風の吹き回しですか?」
「……異なる世界の住人達から奪ったもので俺たちはロマンを追い続けることができている。
慰謝料として安すぎるくらいだ。今後彼女たちのような存在が現れた時の居場所にもなる」
「だが――」と浅黒い肌に映える夕張の黄金色の眼には、真剣な色だけではなく子供のようなキラキラとした輝きがあった。
「それとは別に、良いと思った。
彼女の気骨の前ではこの程度、プロローグのさらに前章に過ぎないとラボで知ったからな。
――推しとやらに貢ぐのは当然の理だろう?」
管制室の面々が涙と興奮で次々と熱い言葉を叫び大はしゃぎするその喧騒の中、タッカーは作戦テーブルを拳でドゴォン!! と激しく殴りつけ、ドスの利いた声で一喝する。
「あ゛ァー、うっせぇッ!! はしゃぐな!!
ガキに興奮する暇があるならさっさと手を動かしやがれ!!
物資空輸を続けるなり、通信妨害の完全復旧を急ぐなり仕事はいくらでもあるんだ!!
さっさとやれ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『前線の奴らも新入りを死に物狂いでバックアップしやがれッッ!!
ガキ一人に尻拭いさせるような変態がいるなら、俺がブタ箱に送ってやる!!』
ボスから活を叩き込まれ、『応ッッッ!!!!』と咆哮を上げ、各自動き出した。
シヨウは槍を肩に立てかけ、センジの左手をそっと持ち上げる。
血の気が失せた白い肌が真っ黒に沈色していた。
「手始めにあいつらを片付けて、社長をとっちめる。
その後に祝勝パーティー……ということで良ろしいか、相棒?」
「……っ」
薄くなった黄色い瞳に移るのは、悪戯っ子のように笑う非常識な女。
沈色部位を素手で触るなど、普通ならしない。
自分もステインに晒されることになるからだ、早々に手を振り解かなければ……。
だと言うのに、事もなげに握られた手はやたらと熱く感じる。
センジはどこか不器用に微笑んでみせた。
「私も、貴方の......君のバディなんですか?」
「何言ってんだか。サキのバディの呪い事はキングロードさんから聞いた。
――私達は共犯者なんだから、そのあたりも共有してもらわないと新人には荷が重すぎる。
助けて、先輩」
「ふはっ。――ええ、確かに。 ではその呪い、半分引き受けましょう。
見込みのある新人に早々に潰れられては、私の胃も今度こそ持ちそうにない。
それと早速ですが先輩から一言、私のことはセンジと呼ぶように新人」
「センジさん」「センジ」「センジ様」「センジ」と攻防を何度か繰り返し、否を言わせない迫力に満ちた眼力でついにシヨウは根負けする。
「……センジ」
「よろしい」
項垂れた彼女にしてやったりと言わんばかりに明るく笑う。
彼女には出会ってからずっと掌で転がされている感覚が強かった。
優男と名高いとはいえ、それはあまりに面白くない。
「あっ、ところで私、サキと同い年なのでご承知おきください」
『はぁッッッッ!!??』
現場及び管制室一同盛り上がっていた矢先、既に知っていたセンジとロマ研を除いて心一つになった瞬間だった。
マジで......?
――――ガガガガッッッ!!!
驚きの事実をローディング中のドーム内に、鉄の塊が突っ込んできた。
サキとカスタムカーが、猛烈な速度で駆けつけてきたのだ。
「間に合ったわね!! シヨウ!!
あんた、なんでこんな危ない場所にいるわけ!?
観戦してるって言ってたじゃないッッ!?」
転がり落ちるように運転席から飛び出したサキ。
先程までの空気は何処へやら。
サキを待ち受けていたのは、ハンター達の酷く呆れた野次の嵐だった。
「お前、来るのが遅ぇんだよ!
もう終わったぞ、その件!」
「 お前がノロノロ走ってる間に、そこの新入りが世間の目を盗んで派遣のPALLET職員になって、お前のバディになって今まさに前線に立ったところだぞッ!!」
「はぁ!? 何の話!?!?
もう色々終わったって何がよ、派遣にバディって誰の話、あいつがウチの新入りになるの!!??」
完全に置いてけぼりにされ、訳が分からず足踏みする。
そんな彼女にセンジがこれまでの経緯を、お手軽に爆速で伝えていくのだった。




