#51 異色で正当なクレーム
異世界人による悲痛な訴えに、シリアスな現場はすっかりシリアル化したギャグ時空となっていた。
「人体実験がしたいなら、それも結構!!
最低限の健康の保障と安全性、それに実験されている間のまともな衣食住、何よりそれに見合うだけの正当な報酬が貰えるっていうなら、多少のリスクぐらいこっちだって割り切って飲み込んでやる!!」
「実験を受け入れるんですか!?」
「いいけど、勝手はなしだろッ!?
有無も言わせず勝手に連れていって、勝手に持ち物を奪って、勝手に痛いことをして……ッ!!
あの社長は、インフォームド・コンセントも知らないのか!?」
社会のルールとしては真っ当な訴えが、ドーム内に響き渡る。
「実験に協力するかどうかは人によるだろうけどさッ、ちゃんとこれこれこういう趣旨でこういうことがしたいんですけど、ご協力お願いできませんか? って丁寧に頭を下げて説明して、契約書を交わしてくれれば、私だって考える!!
切るとか、煮るとか、焼くとか、抉るとか、変な細胞を打ち込むとかじゃなくて、ちゃんと現代の常識と倫理の範囲内で実験しろ!!
こっちに真摯に同意を求めろ!!
異世界人には人権がないとでも!?
ふざけるなッッッッ!!!!」
凄まじい大熱弁を真っ正面から喰らったハンター達、そして通信の向こうの支部の人間は一斉に頭を抱えた。
『いや…………いやッ、言ってる内容はめちゃくちゃ尖ってるけど、筋はちゃんと通ってて100%正論だぞこれ……っ!』
『んん゛ぅぅ……だが待てよ。
そもそも常識と倫理の範囲内の人体実験?
一体どんなコンプラに基づいた代物だ?
被検体が喜んでサインする治験なんぞ、あの社長の自己満足型のドス黒い設定と矛盾し過ぎてて、映画の絵面としてイメージがまるで沸かねぇんだが……』
『おいクロム社ァァァッッ!!
お前らが最初にちゃんと説明と雇用契約をしねえから、不法滞在の異世界人から労基クレームを喰らってんぞッッッ!!
こっちに飛び火させてんじゃねぇッ!!』
ゴリゴリの現代法治国家に基づいた正論に、皆タジタジになるばかり。
シヨウは荒ぶる魂を「はーっ」と大きく一息を入れて落ち着かせた後、声をもう一段低くして続けた。
「それと……二人を見送った後、改めて冷静になってみたんだけど。
私、あの社長に目ぇ付けられてた……。
……ってことはだよ?
あいつを今ここで確実にどうにかしておかないと、私の異世界生活が監禁拷問のサスペンス劇場になりかねない。
やだよ――ッ!? 私、そんな人生!」
帰り道を探して犯人から逃げ隠れするなんて、死亡フラグのTOP5に入る。
運よく生還しても、道中で絶対何人か死ぬやつ。
自分のようなモブキャラがハッピールートを踏むことが出来るとは到底思えない以上、元凶を処すなり檻に放り込むなりしないと安心して通りを歩くことすら、ままならない。
やれやれと首を横に振りながら、宣誓をする。
「だからあの社長にクレームという名の諸々の八つ当たりをしにきた。
ついでに、私をこんな世界に放り込んだ『何か』に対しての、このやりきれない怒りと不安と不満、その他もろもろを全部ぶつけてやるッ!!」
黒い瞳の奥に宿る恐怖や故郷に帰れぬ悲しみ。
そして、それらを焼き尽くす逆襲の炎がバチバチと燃え上がっていた。
「こんだけやらかした大悪党なら、例え顔面を思いっきり蹴り飛ばしたって、流石に暴行罪とかで警察に捕まったりしないよね?
……ですよね ――ッ!?」
一瞬、一般人の素顔に戻る。
身分がはっきりしないことを考えれば、徒に公的機関にお世話になるのは避けたい。
ましてや、自分は何一つ悪くないのに喧嘩両成敗で罪に問われるのも業腹である。
シヨウは若干顔を青くしながら、周囲のハンター達に縋るような情けない声で保証を確認した。
その問いかけに対し返ってきたのは、なんとも頼もしいハンター達の狂暴な笑み。
「おう、捕まるわけねえだろ!!
あんなマッドサイエンティスト、俺達ハンターの法律じゃ『ただの不燃ゴミ』だ!!
好きなだけ蹴り飛ばしてストレス発散していいぞ、嬢ちゃん!!」
「シヨウさん、僕が保証しますッ!!
ここまで盛大にやらかしたブラック経営者なら、タコ殴りにしたって始末書の一枚すら渡されないはずです!!
なんだったら僕がテストプレイで知った一番痛い角度をお教えしますから、安心して思いっきり蹴り飛ばしてくださいッッ!!」
異世界人の怒りのクレームを管制室で聞いていたタッカーは、ガラでもない罪悪感を抱いて内心舌打ちをした。
そして――、湧き上がる愉悦に逆らうことなく、腹の底から笑い出す。
『――クククク……ガハハハハッ!!
ああ、暴行罪だの何だのうるせえ法律は、俺が全部その場で書類を破り捨てて揉み消してやる!!
安心してあの野郎に特大のクレームをブチ込んでこい!!!!』
「――はぁ……。
全くです、法の手続きなど必要ありません。
行きましょう……シヨウ。
貴方への誠意ある賠償は、この私がプロのハンターとして保証します」
無責任に好き勝手言う現場と管制室にセンジは胃痛を感じたのか、ポケットから馴染みの胃薬を取り出して飲み込んだ。
要するに、この女は八つ当たりの為に現場に乗り込んできたという。
納得はしないが、理解はできた。
大人しくしていろと止めたい所だが、この空気のノリからして無駄な体力を削る余裕は無い。
制止しようとする言葉を飲み込み、便乗して波に乗ることにした。
結局、これ以上異世界人に血を流させたくなければ、自分が死に物狂いで頑張ればいいだけの話なのだから。
そう思い、仕方がないと笑った。




