#48 奪った世界と奪われた世界
シヨウは万年筆のようなランスを縦横無尽に駆り、その軸先から改良された白いインクを容赦なく噴射し続けた。
白い彗星の尾が死の雨を裂いきながら黒い怪物達を粗方倒し切ると、カートリッジを補充するためにドーム内のコンテナへと静かに舞い戻った。ドローンが運んできたコンテナの前に着地し、ランスの石突き部分をカチリと開いて次の予備を装填する。
彼女の周囲には、未だ沈色による硬化とエネルギーの枯渇で息を荒くしているハンターたちが呆然と立ち尽くしていた。
乾いている箇所を探すのが難しいほどの、濡れ状態。そんな彼女はコンテナに山積みになった純白のカートリッジを掴み取ると、周囲のハンターたちへ向けて淡々と声をかける。
「皆さん、見ての通りこれは基本的なカートリッジと同じものです。
ですが、武器には詰めないでください」
「え……? なんでだ、装填しちゃダメなのか?」
「この新型の白インクは、強力な漂白剤の成分で構成された毒のようなものです。
ドームの外に出られない以上、できる限りカートリッジからインクを出すのは避けた方がいいとキングロードさんから言伝を預かってきました」
白のカートリッジの根本的なデメリットを口にする。
「さらに付け加えると、使用後の武器の内部に残留したインクの漂白効果のせいで、いざという時、皆さんのColor能力が使えなくなる可能背があります。
ですので……手榴弾のようにに、カートリッジを直接投げつけて暴発させて使ってください、出来るだけ外で。
それなら身体にも能力にもリスクはありませんから」
「カートリッジを直接、……手榴弾……!?」
普通のハンターならまず考えないような無茶苦茶な攻撃方法をこの小柄な少女が語る様子に、ハンターたちがゴクリと生唾を呑み込んだ。
シヨウはそれだけを端的に告げると、再びその華奢な肩に銀色のランスを担ぎ直した。
傘もコートもないその生身の身体から黒雨の雫をポタポタと地面へ垂らしながら、再び外の戦場へと歩く。
――そんな彼女を真正面から怒涛の勢いで詰め寄る、一人の男がいた。
「――待ちなさい、シヨウ……!!」
センジの白く薄くなったイェローの瞳が、激しい苦悩と憤怒の色に轟々と染まっていた。
彼はシヨウの進路を遮るようにして立ちはだかり、その両肩を壊しかねないほど掴んで問い詰める。
「何故、来たのですか……! ――さっきラボで私たちに言ったはずだ!!」
彼の喉から、血を吐くような切実な叫びが昼のように明るいドームに響き渡る。
「ここは私たちの街であって、自分の街じゃない、と!!」
「触るなッ! 黒雨でずぶ濡れなのに!」
「――構うものかッッッ!!!!」
彼の肉体が石のように硬いのを服越しに感じ取った彼女は、両肩に置かれたセンジの手をすぐに振り払おうとする。
センジの肉体は激しい戦闘と、黒雨による汚染によって、とうに限界を超えていた。シヨウの華奢な肩を掴んだその瞬間にも彼の手はさらにどす黒く、沈色の闇へと染まっていく。
だが、ずたずたの血管と黒くなった両手で、シヨウの細い肩をがっしりと掴んだまま決してその手を離そうとはしなかった。
「お前が黒雨をどれだけ生身で浴びようが、平気なのは分かった!!
お前には最初から、汚染される彩色体が存在しないのだから!!」
「雨は問題ない、だが――」と、センジは白く薄くなった瞳を激しく見開いた。
「だが、それでもここが危険なことに変わりはないだろう!? スポイラーの牙や、クロム社の銃弾はお前の肉体を容易く引き裂く!!
Collarを持たず、武器すら失ったただの一般人のお前が、何故わざわざ漂白剤の毒に身を晒しながら、こんな死地へ自ら飛び込んできたんだ!?」
喉から血を吐くような怒号の嵐が続く。
「命を懸けて戦う理由などどこにもない、仮にこの街が壊滅したってテレビの向こうの他人事のように達観するだけだと、そう言い放ったのはお前だろう!! それを私たちも『その通りだ』と呑み込んで、お前を安全な場所に残してきたはずだ!!」
自分の本音や理屈で自分たちに人を救えと焚きつけ、付き合うなどと言っておきながら突き放した。
なのに今度は自ら座った歓楽の椅子を倒して、自分達の前に現れた身勝手で愛おしい黒髪黒目の彼女に対し、センジはこれまでにないほど激しく魂を震えさせ、その答えを求めて真っ直ぐに彼女を見つめた。
「お前だって、知ったはずだ……!! 私たちは、お前たち異世界の人たちから強制的に奪った力で、当たり前のように暮らして生きてきた!! ここにいる私の同僚たちだって、元々はハンターという職種に純粋に憧れた、ただの子供だった!!
それなのに、そのハンターとしての力ですら……あの中のポッドの人たちから奪った力や道具がベースになっている!!」
彼の真っ黒な両手が、激しい悔恨の熱を帯びてシヨウの肩をギリギリと締め上げる。
「ポッドの中で切り刻まれて、実験され、挙句の果てにはスポイラーにまで改造されて……!!
いくらお前にとって『関係ない赤の他人』だったとしても、それこそ、私たちのこの欺瞞まみれの戦いなんか本当に関係ないだろ!!
お前が身を削って戦わなきゃならない義務なんか、何一つもないッ!!」
シヨウは何も言わなかった。
それでも、どんどん黒くなる彼の手を見て身体を固くして後退しようとするが、彼は逃がさないと言わんばかりに押さえつける。
「……むしろ、私たちが因果応報でこの黒雨に沈む様を、特等席でポップコーンを摘みながら、嘲笑って鑑賞する権利ぐらい君には――お前にはある……!!
実際、お前はさっきそれを選んだし、私たちもその正論に納得して、だから『行ってくる』と言ったんだ!! なのにどうして……!? 何故なんだ、シヨウ――――ッッッッ!!!!」
誰もが黙るしかなかった。
支部の映像アーカイブで異なる世界の住人たちに関する凄惨な記録を見てから、まだそれほど時間も経っていない。この世界の日常の根底に潜む、あまりにも悲惨で血生臭い現実。
そして、脳裏では理解していながらも自分たちの日々の暮らしや、街を守るためのハンターとしての力をどうしても手放すことができない、あまりにも身勝手な事実。
彼の叫びを聞いた全ての人間が、逃れようのない人間のエゴと業の深さと、いたたまれなさに俯く。
「……俺たちのこの力は、あの胸糞悪い実験の副産物――」
「シヨウ様……戦わなくていいです、どうかもう、その毒みたいなインクを置いてください……っ」
『分かってる。分かってるけど……俺たちはこの街の暮らしを、捨てるわけにはいかねえんだよ……っ』
通信の音声ラインからも、各々の葛藤や勝手な本音の吐露が小さく漏れ聞こえてくる。
罪悪感の泥沼の中で、さらに苦渋に満ちた大人たちの声が静かに響いた。
「……ああ、全くその通りだ。否定なんかできねえ。
俺たちは、よそ様の世界を踏み台にして出来た技術や道具で飯を食って、こうして偉そうに椅子に踏ん反り返っている、最低のクソ野郎の集まりさ。俺たちをどう罵ろうが、見捨てて笑おうが、文句を言う権利なんてねぇ……」
いつもなら拳で机を叩き割る暴虐のボスが、これまでにないほど低く、掠れた生々しい本音を吐き出す。
「……拙者らが毎日血眼になって追い求めている『ロマン』も、すべてはあの人たちの悲鳴の上に成り立っている……。
そんな拙者たちのために、シヨウ氏が戦う義理なんて……っ、ないでござる――」
誰もが自分たちの罪悪感と自己嫌悪の底へ深く沈んでいく、あまりにも重苦しい沈黙。
――しかし、
ただ一人、キングロードだけが静かに腕を組み、シヨウとセンジの姿が映るメインモニターを真っ直ぐに見据え続けていた。
いつも本作をお読みいただきありがとうございます。
今後のストーリー展開をよりスムーズかつ、よりキャラの魅力を引き出す為、#35、#36にかけてのクロム社の社長の口調や雰囲気を一部修正いたしました。
なお、物語の展開や設定自体に大きな変更はありません。そのため、これまで読んでくださった方は、わざわざ最初から読み直していただかなくても、そのまま最新話をお楽しみいただけます。
ご理解いただけますと幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




