#47 黒の魔女
中央公園の噴水広場では、センジたち彩流支部の遊撃隊がかつてないほど激しい苦戦を強いられていた。
黒雨のカーテンの向こうから、七色の光線に狂ったようにおびき寄せられた大量のスポイラーの波が次々と押し寄せてくる 。どれほどブレードを振るい、銃弾を浴びせても暗闇から湧き上がってくるバケモノの数は増すばかりだった。
「クソッ……! 弾が、カートリッジがもうねえッ!!」
前線で死力を尽くすハンターたちの叫びが雨音に掻き消される。誰しもが連戦のなかで、大量に補給したはずの予備カートリッジも、ついにその底をつき始めていた。
さらに最悪なのは、戦い続けているハンターたちが無我夢中でそれぞれのColor能力を乱発し続けたことによる『カラージャム』が起こっていることだった。
無秩序に混ざり合あったCollarの残滓は濁り黒くなって暴発する。既に現場のあちこちが穴だらけになっていた。
本来ならスポイラーも同様に暴走するはずだが、幸か不幸か元々黒に染まりきっているためあまり意味がないようだが。
自らの放った歪んだ色の反動に、ハンターたちは次第に巻き込まれ崩れ落ちていく。
それに追い打ちをかけるように、容赦なく降り注ぐ黒雨による沈色のせいで、四肢は細胞から固まり、身動きが取れなくなる者が続出していた。
「ハァ、ハァ、ハァ……!! まだです……っ、まだ……!!」
血を撒き散らす最前線の中心でセンジも例外ではなく、すでに肉体の限界を完全に迎えていた。
何度も何度も身体からカートリッジへのCollarの直接補給――インク・ブラッドを繰り返したせいで、左腕はもう使い物にならなくなっていた。
それだけではない。
自らの生命力そのものである色彩エネルギーを無理に削り続けた結果、センジを象徴していたあの輝かしいまでの瞳の黄色も、いつもは優しげに揺れていたミルクティー色の髪も、今や白く薄くなってしまっていた。
視界が白濁していく。身体の感覚が、指先からゆっくりと消えていく。
押し寄せる黒が、すぐ目の前まで迫っていた。武器はカラ。動けるハンターはもう数えるほど。
誰もが、ここまでかと――万事休すかと思った。
――シュゥゥゥゥゥンッッッ!!!!
一条のまばゆい星が落ちてきた。
此方に近づくそれをよく見ると、拳大の水晶玉のようなものだった。
噴水の真上でピタッと固定すると次の瞬間――、
空をハッキングするようにドームが、巨大な噴水を覆い尽くすようにして展開される。
内側に遺されたセンジたちが唖然として見上げるなか、降り注ぐ黒雨を完全に弾きながら外からのスポイラーの侵入をも防ぐ。
黒い津波が、透明な防壁に激突しては悔しげな声を上げる。死のカウントダウンが止まった。
「……っ、これは、一体……!?」
ハンターたちは驚きを隠せなかったが瞬時にセンジは指示を飛ばす。
「まだ動ける者は武器を構えなさい!! ドーム内に残ったスポイラーを速やかに処理するんだ!!」
空の武器であっても、ハンターたちは安全地帯となったドーム内の残党を叩き伏せていく。
さらにセンジは、色が薄くなった瞳でドームの外の黒雨に打たれていた仲間たちの姿を捉えた。
「外にいる者たちをドームの中へ、急げッ!!」
潰れて動けなくなっていた仲間たちが、次々と安全圏へと引っ張り込まれる。黒雨から逃れ、一時の安息を得た前線の誰もが、息を荒くしながらその天頂を見つめた。
「一体……何なんだこれは……?」
内側からライトに照らされたシャボンのような美しい奇跡に思わず呟やく。
「――っ、向こうの空から、何かがくる……!」
白濁した眼を見開き、雨を裂いて猛烈な速度で突っ込んでくるナニカを捉えた。それは、中央公園の上空を覆い尽くしていたスポイラーの群れを蹴散らしていく。
ドカッ、ドカッ、ドカッ!!!
やられたスポイラーが地面へ激しい音と共に墜落する。
ドーム外に落ちたとはいえ油断はできない。慌ててハンターたちが武器を構えるが、その真っ黒な身体には純白の斬撃跡が残っており、ピクリとも動かなかった。
「あの白い跡……、まさか――ッ!?」
そう思った時――、上空を飛び回っていた影が真下に向かって一気に急降下するッ!
バシャァァァァァァンッッッッ!!!!
着地の衝撃と同時に大量の白い飛沫が盛大に巻き上がり、周囲のスポイラーを次々と巻き込んいった。その激しい飛沫を浴びたスポイラーの群れは真っ白に脱色されていき、そのまま悲鳴を上げる間もなく倒れていく。
一瞬にして、広場を埋め尽くしていた絶望が消え失せる。
真っ黒なカラーデータをデジタルでデリートしたかのように一方的だった。
――――爆心地にその人物は一人、雨に打たれていた。
銀色の刃が鈍く光る、細身の万年筆のような形をした一本の槍。
軽く振るうとペン軸のような刃先から、純白が血振りの如く飛ぶ。
くるりと華奢な肩の上に乗せる。
Colorを侵食し細胞を硬化させるはずの最悪の雨に、傘もコートもなく生身で打たれながら立つ、黒髪黒目の女――シヨウの姿があった。
「――おい、嘘だろ……?」「なんだあいつ……? 雨に打たれながら平然としてる……!?」「あの黒髪黒目……まさか、センジたちと一緒にロビーに突っ込んできた異世界人か!?」「なんでまともに浴び続けてるのに硬化しないんだ……!?」などと、この世の常識を無視したあまりにも異質な光景に驚愕と恐怖の感情に、現場は溺れ始めてた。
だが、満身創痍の状態でライトの前に立っていたセンジは目の前の光景に対し、別の意味であり得ないと呆然する。
そして呼吸もままならない身体に鞭を入れ、スポイラーとは異なるその黒い影に向かって烈火の如く怒鳴りつけた。
「――シヨウッッ!!!! お前、何故ここに来たッッ!!??」
しかし――、ジレのフードを被ったソレは無言で立っていた。
ただ無言のまま、激しい黒い雨を気にもせず、真っ直ぐに雨より黒い瞳でセンジを見つめ返す。
周囲のハンターたちはセンジのあまりの怒声に驚く。
いつも温和な男が誰かに対してこうも感情を荒げる姿など、珍しいにも程があったからだ。
「一般人の、なんの戦闘能力もないお前が、なぜこんな死地へ自ら飛び込んできたのですか!!??
ここがどれほど危険な場所か分かっているのかッ!?」
いつもの理性的な落ち着きを完全に失い、彼は血の滲んだ黒い腕を震わせながら全力で怒鳴り散らす。
「異世界人が何故ここに……?」と激しい疑問を浮かべたのは現場のハンターたちだけではない、通信と公園のカメラ越しに状況を見ていた支部の面々も同じだった。
しかし、スポイラーは人間たちの事情などお構いなしだった。
七色のライトと、未だ色彩豊かなハンターたちという極上のエサを喰らい尽くしようと、再びドームを壊さんとする。
シヨウは黙ったまま光源に照らされてギラリ――と光る刃と化した軸先を前に、ひらりと跨がる。
白い穂先を後方に展開し、軽やかに飛んだ箒は、キラキラと白い軌跡を描きながら敵を叩きつけ、先端の刃では斬り刺していく。
スポイラーは真っ白な箒の筆跡とペン先による斬撃を与えられた。
その傷口から徐々に白が広がっていき――物言わぬ石膏像に成り果てる。
両刃槍のようになった槍をくるくる操り、アクロバティックに夜雨の中を舞うフード姿は、突如として現代に現れたモノクロの魔法使いだった。
上空のスポイラーが次々に倒れると――、何台かの搬送用ドローンが白と黒の混戦地帯を抜け、ハンターたちの元へと飛来する。
「なんだこのドローンは!? 支援物資か!?」
自動着陸したコンテナが勢いよく開く。
そこに入っていたのは、今まさに枯渇しかけていたカートリッジの山と沈色硬化を食い止めるための医療用支援物資の数々だった。
「おい、このインク、黒インクじゃないぞ……!? 真っ白だ!!」
* * *
――――PALLET彩流支部 【管制室】
「どういうことだ、このドローンは……!?」と、タッカーやSEたちが驚いている作戦室の自動扉が突然開いた。
「――おいッ、キングロード!! お前、今までこのクソ忙しい時に一体どこをほっつき歩いてやがったんだッッ!!??」
静かに部屋へと帰還したキングロードは一切表情を崩さず、淡々と歩く。彼は手持ちの電子端末をデスクへと置き、ラボの制御画面へとラインを直結させた。
「騒ぐな、タッカー。俺はハンターたちの全滅を阻止するため、地下のラボでカートリッジの作製などを行なっていたのだ。
……あの異界の彼女がもたらした漂白剤のロジックを元にさらに改良を重ねて精製した、新型の白インクのカートリッジをな」
「白いインクだと……!?」
「ああ。ただし、これは周囲の物や人の色をも消してしまう、濫用できない危険な代物だ。彼女には彩色体がないので関係のない話だがな。
……とはいえ、いくつか混ぜた漂白剤は酷く強力なものだ。Collarに関係なく人体にとって毒になる」
彼の口から語られる裏工作の内容に一同唖然としていたが、タッカーは勢い衰えずキングロードに問いかけ続ける。
「毒だと!? ――いや、そんなことよりキングロード、何故あの異世界人があそこにいる!?」
一同を代表した疑問に対して彼は、メインモニターに映し出される黒雨の中で万年筆型のランスを駆るシヨウの姿を静かに見つめるだけだった。
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次回は本日6/21 18:00に投稿します。




